第20話 ギャル子ちゃんの進言

 このところ、水樹がおかしい。


「ジーっ」


「おい、水樹、何やってんだよ」


「別に……」


 学校帰りに遭遇しても、半径数メートル以内に近づいてこない。

 原因は、火を見るより明らかだ。


「何イチャついてるんですか?」


「おわっ! 椎名!? なぜここに!?」


「何でって、水樹ちゃんと遊んでましたから」


 俺が椎名と話していると、水樹が慌てたように椎名に手招きする。


「椎名ちゃん! そのケダモノに近づいちゃダメ!」


「何だよケダモノって……」


「ハルにぃは胸の大きな女の子に目がないの! ほら、今だって凝視してる!」


「えぇ……? ゴリラさんは性欲もゴリラさんなんですか? 節操ないんですか? 恥ずかしくないんですかぁ?」


「見てねぇよ!」


「ハルにぃの変態! スケベ! 鬼畜! ロリコン! ペド野郎!」


「お前、どこでそういう言葉覚えてくるの……」


 先日の柚との一件にて、最後に登場した小島が完全に火種となった。

 スタイルの良い小島を見て以来、こんな調子だ。



 そしてそれは、水樹だけではない。



「ハル先輩」


「どうした、柚」


「もしかして、また胸の大きな人見てました?」


「何でだよ!」


 バスケ部の後輩、柚も同じだった。

 翌日のバスケ部の練習で遭遇した時、疑いの目を向けられる。

 こいつもここ最近は、ずっとこんな調子だ。


 練習後の片付けをしていると、柚がジト目で近づいてくる。


「私、知りませんでした。ハル先輩、ああいうタイプが好みなんですね」


「そういう訳じゃねぇよ。ただあいつは、大切な友達なんだ」


「告白されて、キープしてるんですよね」


「断ろうとしたらちょっと待ってくれって言われただけだ」


「ハル先輩は、相手が許可出したらキープするんですか?」


「うぐ……」


 この間の水樹と柚のバトルの時、三人目が出てきてから完全に俺の信頼は地に落ちた。

 いや、ちゃんと断っていない俺が悪いのか。

 いつまでも優柔不断だから良くないんだ。



「ちゃんと答え出さねぇとなぁ……」



 とは言っても。

 今は俺も色恋で悩んでいる場合ではないのだが。


 バスケの練習もあるし、もうすぐ三年にとっては重要な中間試験もある。

 そっちに集中したいのに、なかなか思考がまとまらない。


『ハル先輩は大切な時期なのに!』とか水樹に怒っていた柚も、今はあんな感じだし。


 昼休み、購買のパンを買って屋上で一人食べる。

 この時間帯の屋上利用者は案外少なく、落ち着いて考え事するには打ってつけだ。


 というかここ最近は教室にいると鉄平が騒ぐし、他の場所言ってもロリコン呼ばわりされるし、柚とあったらジト目で睨まれるし、聡実は真顔で「今度は巨乳に手を出したの!?」とか聞いてくるし。


 何をやっても最低の気分なのだ。


「どうしたの、ハル。元気ないじゃん」


 声を掛けられてハッと顔を上げる。


「小島か……」


「隣座っていい?」


「ああ」


 寄りにもよって渦中の人物が俺の前に現れるとは。

 そうは言っても、何だかんだ、俺が弱った時にいつも居てくれるんだよな。


「なんか最近、色々噂になってんね」


「誰かさんのせいでな」


「あ、もしかして怒ってる?」


「そういう訳じゃねぇけど。ただ、みんなと色々気まずくなっちまっただけだ」


 俺はそっとため息を吐く。


「何でこんなことになっちまったんだろうな。俺はみんなと、楽しくやれればそれでよかったのに」


「ごめんね、ハル。私が告白したから困らせちゃったね」


「別にそんなことねぇよ。お前からの告白は、その……素直に嬉しかったし」


「ハルにとってみんな大事なんだね。だから大切にしたいって思ってる。ハルは人が好きなんだ」


「……まぁな」


「優しいね」


 小島はにんまりと笑った後、俺にそっと耳打ちした。

 距離が近い。


「ねぇ、ハル。だったらさ、私と付き合ってみなよ」


 耳元で撫でるように囁かれ、心臓が高鳴る。

 と言うか今、何て言った?


「ハルが迷ってるのは、自分の幼馴染みちゃんへの気持ちがハッキリしないからだよね。そっちが決着ついたら、私と後輩ちゃんのことも考えてくれる」


「それもあるけどよ……。インターハイ終わるまで、俺はバスケに集中したいんだよ」


「うん、知ってる。だからさ、私と付き合ってみなよ」


「何でそうなる」


「私だったらさ、別れても気にならないよ。元通り友達に戻ってあげる。ハルの邪魔もしない。ハルも、余計な噂から解放されるし、後輩ちゃんも諦めてくれる。水樹ちゃんはまぁ、どうなるかわからないけど。でも、ハルがもし水樹ちゃんのこと好きなら、ハルならどうにか出来るでしょ」


「お前はそれでいいのかよ」


 俺が尋ねると、一瞬だけ小島は悲し気に目を伏せた後、すぐにいつもの笑みを浮かべた。


「……別にいいよ、それが、ハルの助けになるなら」


 彼女は俺の目をまっすぐ見つめる。


「それにもしそれが実行されたら、最低でもハルの『元カノ』にはなれる訳でしょ? 知ってる? 元カップルって結構復縁率高いんだよ? 14%だってさ」


「高いのかよそれ」


 思わず呆れ笑いが出る。


「私とハルなら100%に出来るよ、きっと」


「バカ……」


 俺は空を見上げる。

 五月の空は青くて、日差しが柔らかくて、ずっと見ていられる気がした。


「俺は嫌だよ、お前とそんな適当に付き合うなんて」


 俺が言うと、小島は少し緊張したように息を呑んだ。


「お前は大切な友達だし、親友以上だと思ってる。だから、関係を大切にしたいし、告白の返事も適当にしたくない」


 俺が言うと、何だか嬉しそうに小島は俺の顔を覗き込んできた。


「えーと、ごめん?」


「なんで疑問形なんだよ。こっちこそ、ありがとな。心配してくれて。励ましてくれたんだろ?」


「いや……ハルが弱ってるところに漬け込んで落とそうと思っただけ」


「おい」


 何だかおかしくなって二人して笑う。

 でもすぐに、小島は真剣な表情になった。


「でもね、ハル。恋愛なんて傷つけるもんなんだよ。私も、後輩ちゃんも、多分それは覚悟してる。水樹ちゃんは知らないけど、欲しい物があるならちゃんとハルにアプローチしなきゃ。さもないと奪われる」


 そう言う小島は何だか大人びて見えた。


「だから理不尽だけどさ、ハルも誰かを選ぶなら、あるいは誰も選ばないなら、ちゃんと人を傷つけることを覚悟しなきゃダメだよ。辛くてもね」


「傷つける覚悟、か」


「八方美人だと全員傷つけるし、ハルも傷つくってこと。ハルがみんなのこと大切に思うなら、ちゃんと答え出してあげなきゃね」


「それに」と小島は続ける。


「心配しなくても、ハルなら大丈夫だよ」


「大丈夫って、何がだ?」


「みんなのこと。ハルが誰と付き合って、誰を振ろうが、ハルならちゃんと繋がりを大切にして行ける」


 その時チャイムが鳴った。

 俺が立ち上がろうとすると、小島がもたれかかってくる。


「おい、小島。授業……」

「だからさ、ハル」


 シャンプーの良い香りがして、ドキッとした。


「もう少しだけ、このままで居させてよ。ハルと話せる、この関係でさ」


 そして彼女はしばらく俺に身を預けた後。


「行こっか」


 静かに立ち上がった。


「でもさ、もし他の子がこのままハルにそんな険悪な感じなら、私がさっさと落としちゃうから」


 そして彼女はいつものようにニシシと笑う。

 その屈託のなさが、何だかいつも通りで嬉しい。


「そんなにすぐ落ちるかよ」


「楽勝だよぉ。だってハルなんて、おっぱい押し付けたらすぐ赤くなるし」


「あ、おいやめろ! 引っ付くなって! 胸押し付けてくんな!」


「アハハハ、かーわいーの」


 彼女の明るさが、救いに感じた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る