第19話 そしてみつどもえに
なんでここに水樹が居るんだ。
「水樹、何やってんだお前」
「結花ちゃんと映画行くから、一緒にちょっとお茶してたんだけど……」
水樹は柚をいちべつして、何かを察したように目を細めて俺をにらむ。
「ふぅん、ハルにぃ、デートしてたんだ」
「いや、デートっつーか」
言い淀んでいると「デートです」と柚が言葉を被せてきた。
「私たち、本当は遊園地行く予定だったんですから」
「何言ってんだ柚」
「ふぅん、よかったねーハルにぃ。童貞でヨワヨワのザコザコのくせにこんなに可愛い女の子にモテて」
「ハル先輩が……雑魚?」
柚の眉がピクリと吊り上がる。
この状況だから、俺は何言われても仕方がないとは思うけど。
良くないことになる気がした。
しかし水樹はそのことに気づかず、言葉をつづける。
「でもこんな雨の日に遊園地なんて、ハルにぃはホントにセンスないんだねー。遊園地行くなら、事前に天気予報くらい見ときなよ。だからハルにぃはザコザコなんだよ?」
すると。
バン! とでかい音が店内に鳴り響いた。
ゆったりとした音楽に似つかわしくない、張り詰めた空気が流れる。
真っ赤な顔をした柚が、机を叩いていた。
涙をためて怒っている。
「悪かったですね、センスないザコで!」
「えっ……?」
困惑する水樹に「遊園地行こうって言ったのは柚なんだよ」と俺は耳打ちした。
水樹は「あっ……」と声を漏らす。
「あなた、水樹さん、ですよね。楽しいですか? ハル先輩にそんな好き放題言って」
「おい、柚。俺は良いから」
「だってそうじゃないですか! 幼馴染みってだけで、ハル先輩を好き勝手して! こんなに考えてる私は振り向いてもらえないのに……!」
柚は水樹をにらみつける。
水樹は怯えたように一歩下がった。
「言っときますけど、ハル先輩は大事な時期なんです。インターハイもあるし、受験も近いし、ハル先輩にはサポート出来る人が必要なんです! 迷ったりしてる場合じゃないのに! あなたがいると、ハル先輩はいっつも噂されるし、ロリコンだの言われて、散々ですよ!」
「そうなの……? ハルにぃ?」
「柚、やめろ」
「あなたは良いかもしれない。何もしなくても、ハル先輩が全部上手くやってくれるから。守ってくれるし、助けてくれる。甘えさせてくれるし、大切にもしてくれる! でもそれだけじゃ、いつかきっとハル先輩の大切なものを奪ってしまう!」
「柚!!」
俺が凄むとハッとしたように柚が冷静さを取り戻す。
彼女の呼吸は荒れていた。
そして自分が言ったことを理解したように、定まらない目で、俺を見る。
「あの……私……」
俺を見て、彼女は顔を青くした。
さすがにこれでは、俺も言わざるを得ない。
「言いすぎだ、バカ」
水樹は泣きそうな顔で、うつむいていた。
「私……傷つけるつもりじゃ……。ごめんなさい!」
「おい、柚!」
柚は走って店を出て行ってしまう。
追いかけようと思ったが、水樹をこのままにもしておけない。
どうしようかと思ってると、クイクイと服を引っ張られた。
「ゴリラさんはさっきの女の人を追いかけてあげてください」
「椎名……!」
「ラブコメの波動を感じ取って来てみれば、この体たらく。この貸しは重いですよ、ゴリラさん」
「すまん、すぐ戻る」
◯
店を出て柚を探すと、駅のところで柚が立っているのが見えた。
この雨なので動くに動けなかったのだろう。
「おい、柚。大丈夫かよ」
俺が声を掛けると、柚は乾いた笑みを浮かべる。
「私……格好悪いですね。感情的になって飛び出したのに、家にも帰れなくてこんなとこで立ち往生して」
悲し気な目を彼女は浮かべる。
「最低なことしちゃいました。勝手にハルさんを呼び出しておいて、水樹ちゃんに張り合って、出来てないところ指摘されて、当たり散らして」
「あれはまぁ……水樹が悪い部分もあったから仕方ねぇだろ。つっても、あいつも悪気があった訳じゃないっていうか、俺に対する怒りだったと思うし」
「私、水樹ちゃんに焼きもち焼いたんです。特別扱いされてるのがうらやましくて……なのにハル先輩のこと好き放題言ってて、たぶん、ハル先輩が大変なのも知らないんだろうなって思ったら腹が立ってしまって。つい酷いことを」
柚は言うと、目に涙を浮かべる。
「あんなこと言うつもりじゃなかった。ハル先輩はすごい人で、でも今大変な時期で、なのに今日は私のわがままに付き合ってくれたんだって……そう言いたかったんです」
「そっか」
お茶飲みながら話してた時は大人びた表情を見せていたけれど、たぶん柚はこう言う恋愛ごとが得意じゃないんだと思う。
無理して俺を誘って、慣れないからミスをして。
彼女なりに、一所懸命だったのは知ってる。
楽しい時間を過ごしたかったんだ。
「柚、ありがとな。俺のために怒ってくれて」
「ハル先輩……」
「でも、あれくらいどうってことねぇよ。心配されなくても、俺は自分のことはちゃんとやるし、思ったことは伝えるし、嫌なら言う。誤解があるなら、ちゃんと自分で解くよ。お前が思うほど俺は周りに助けてもらわないとダメなわけじゃない」
「そう、ですよね」
「お前はさ、自分のことを考えてりゃいいよ。俺のために怒る必要はない。それで、困ったらいつでも頼ってくれ。一応先輩だから」
俺はそっと、柚に手を伸ばす。
「謝りに行こう。俺もついていくから」
「でも……」
「こういうのは、時間が立つとどんどん謝れなくなるんだ。水樹は言いすぎだったし、お前も言い過ぎた。痛み分けだ」
「はい」
柚は俺の手を握る。
俺は彼女を引っ張ると、その場に立たせた。
「後な、水樹は確かに俺に甘えてるかもしれねぇ。でもな、本当のあいつは、心の中に強い芯を持ってる。ちゃんと大切なことに気づけるし、正しい選択が出来るよ」
「信じてるんですね、水樹ちゃんのこと」
「幼馴染みだからな」
俺が笑いかけると、柚は少し目線を逸らせた。
「敵わないな――」
何か言った気がしたが。
声が小さいのと、途中で雨音に飲まれて最後までは聞こえない。
「何か言ったか?」
「何でもありません」
再び顔を上げた彼女は、いつもの元気なバスケ部の後輩だった。
◯
店に戻ると、水樹と椎名は元の席でお茶を飲んでいた。
店内の客も店員も、何でもないふりをしながら遠巻きに見守っている。
柚を見かけた水樹は、少しだけ怯えたように身を震わせた。
「ごめんなさい」
そんな中、柚は水樹に頭を下げた。
謝られると思っていなかったのか、水樹が呆然とした顔をする。
「ハル先輩とデート行きたいと思って誘ったのに、肝心の天気を確認してなくて……。そんな自分に腹が立って、つい酷い言葉を言ってしまいました」
「私こそ……ごめんなさい」
すると意外にも、水樹も頭を下げた。
「私も、ハルにぃがデートしてるって思ったら、何か腹が立っちゃって……」
「それは、すまん。全面的に俺が悪い」
どう行動すればよかったか未だに分からないが、今回の件は、元はと言えば最初から自分の気持ちをハッキリできなかった自分のせいだ。
俺が頭を下げると、水樹は「それに」と続けた。
「ハルにぃがモテるのは……私だって知ってるから」
水樹は柚に視線を向ける。
「私、ずっとハルにぃに守られっぱなしの妹分でいるつもりはないです。あと、ハルにぃのこと『ザコ』って言っていいの、私だけです。だから、その……負けません」
その言葉に、柚はそっと息を吸い込み、目を輝かせる。
「……こっちこそ!」
やれやれ、何とかこれで丸く収まっただろうか。
余計ややこしいことになった気もしたが、ひとまずひと段落ついてホッとする。
「お客さぁん、お話は収まりましたかねぇ? さっきのお支払いまだなんですけどぉ」
不意に店員に話かけられる。
俺は「騒いでしまってすいません」と振り返り――
悲鳴を上げそうになった。
「構いませんよ。何だか良いもの見れたなぁと思っていたんです」
よく見知った女性がそこにいた。
「こ、小島!?」
予想外の珍入者に思わず心臓の鼓動が跳ね上がる。
こっちの考えを読んだのか、小島はニッと悪戯っぽい笑みを浮かべた。
「感謝しなよハル。支払いもせずに飛び出して行っちゃって。私が色々サポートしたんだからさ」
「お前、何でここに」
「何でって、ここ私のバイト先。つーか、おじいちゃんが経営してるんだよね、ここ」
「マジかよ……」
カウンターを見ると、どこか小島の面影がある老人がピースしている。
お茶目老人かよ。
俺たちを見て、柚と水樹は首を傾げた。
「ハルにぃ、この人は?」
「えっと、高校の同級生の小島で」
「現在ハルに告って保留されてまぁす」
「はぁ!?」
柚と水樹が同時に叫ぶ。
そんな二人の様子を見て、ニシシと小島は笑った。
「油断してるとハルのこと、奪っちゃうからよろしくね」
「やっぱりハルにぃ、おっぱいが目当てなんじゃん!」
「ハル先輩、ふしだらです! 最低です! 下品です!」
泥沼だ。
俺が頭を抱えていると、すぐそばに息を荒くした椎名が立っていた。
「最高です……! ラブコメの波動が加速しているのを感じます!」
「何なんだよお前は……」
ラブコメの波動だけでなく。
どうやら俺の受難の日々も、ここから加速していくらしい。
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