第2話 散歩

 呼び鈴が鳴らされて玄関に出ると。


「ハルにぃ、来ちゃった」


 水樹がそこに立っていた。


「尚弥はどうしたんだよ」


「お兄ちゃんは今日用事だって。ハルにぃどうせ春休みで暇でしょ? 遊んでよ」


「何だよそれ……まぁ別に良いけど。俺も部活休みで暇だったし。ちょっと散歩でもするか」


 すると「えぇー!?」と水樹は顔をしかめる。


「女の子と遊ぶのに散歩って、そんなんだからモテないんだよ?」


「うっせ! 仕方ねーだろ、金ねーんだから」


 こうして水樹と一緒に散歩に出かけることになった。

 と言っても何かおごってやれるような金もないし、基本は適当に歩くだけだ。


「こうして見ると結構変わったんだね」


「まぁ時間経ってるからな」


 昔よく遊んだ場所を中心に、見て回るようにする。

 水樹は久しぶりの光景が嬉しいらしく、心なしか目を輝かせて見えた。


 思えば水樹もこの街は六年ぶり。

 こうして二人で歩くのも久しぶりだ。


 当時小学校低学年だった水樹は、本当に俺によく懐いてた。

 昔はどこ行くにしても付いてきてたっけ。

 今では見る影もないけど。


「ほらあそこ、昔よく行ったおもちゃ屋。店のおじさんが亡くなっちゃったんだよな。あっちの肉屋は改装して綺麗になった。よくおふくろから小遣いもらってコロッケ食ったろ」


「ハルにぃ」


「あん?」


 見ると水樹はいつものいたずら小僧のような、いたずらっぽい笑みを浮かべている。


「よく覚えてるんだねー。そんなに私との思い出が大事だったの?」


「まぁ、そうだな」


「んぐっ! じゃ、じゃあさぁ、そんな大好きな大好きな水樹ちゃんと歩けて嬉しいんだ?」


「当たり前だろ」


「あが……。じゃ、じゃあさ、そんな大好きな水樹ちゃんと一緒に歩けて、今どんな気持ち?」


「うれしいよ、普通に」


「んぅっふ」


 俺が返答するたびに、水樹は顔を真っ赤にして言葉に詰まる。

 何がしたいんだこいつは。

 そこでようやく意図に気づく。


「お前さては、また俺のことからかおうとしたろ?」


「別にぃ? 私はただ、ハルにぃが欲しがってるなーって思っただけだよ」


「中二ごときに手玉に取られるかよ」


 なんやかんや話しながら歩いていると、かつての感覚も取り戻すもので。

 出会った当初はぎこちなかった水樹との会話も、ずいぶん弾むようになった。


 昔みたいに大好きなお兄ちゃんと妹って感じじゃなくなっちまったけど。

 これはこれで慣れるものだ。


「ねぇハルにぃ、他に行くとこないの?」


「駅前はもう見たか? 昔と違って今はファーストフード店とか、レンタルショップとか、ゲーセンとか、結構出来てるんだぜ」


「まだ見てない。今の家も、お父さんの車で来たから」


「じゃあ行くか」


 俺が歩き出すと、ハッとした顔で水樹が顔を上げた。


「もしかしてハルにぃ、変なところ連れこもうとしてないよね?」


「連れてくかよ」


「どうかなぁ。だってハルにぃ、この前も私に罰ゲームでエッチなことさせようとしたじゃん」


「あれはお前が勝手に熱暴走してやったんだろうが!」


 前言撤回。

 やっぱり疲れる。


 歩いていると、ふいに目の前から女子二人組が歩いてくるのが見えた。

 俺たちと近い年代だ。

 何気なく眺めていると、片方が知り合いだと気づく。


「水樹、ちょっと知り合い居るから声かけるわ。念のため言っとくけど、その舐めた口調、俺以外にするなよ?」


「焼きもち?」


「純粋な警告だよ」


 すると向こうもこちらに気づいたのか手を振ってくる。


「ハルじゃん」


「よぉ、聡実」


 同じ高校のバスケット部の木下 聡実さとみだ。

 女子バスケット部のキャプテン。

 同じキャプテンと言うこともあり、何かと接点は多い。


 いつもは長い髪の毛を後ろで縛っているが、今日は下ろしているらしい。

 大人な雰囲気があって、新鮮だった。


「買い物か?」


「あ、うん。ちょっとね。そっちこそ、何して――」


 そこで聡実は水樹を見て、何かを悟ったかのように口を閉ざす。


「あ、ごめん。邪魔したね。意外と……年下好きなんだ?」


「違うから! こいつはただの幼馴染み! 六年ぶりに戻ってきたから、色々見て回ってんだよ。ほら水樹、挨拶しろ」


 水樹は俺の後ろに隠れながら顔をのぞかせて、ペコリと頭を下げた。

 さっきまでのギャップに面食らう。

 こいつ意外と人見知りなのか。


 聡実はさほど気にした様子もなく「こんにちは」と手を振ってくれる。


「あ、そうだ。この子も紹介するね。私の中学の頃の後輩で、四月から女バスに入る予定なんだ」


「見神 柚です」


 聡実の隣の女子が頭を下げる。

 ショートカットの背の低い子だ。

 目が大きくて、少し幼い顔立ちをしている。

 男子からモテそうだな、という印象を受けた。


 どこかで見た気もするが、よく覚えていない。

 記憶をたどっていると「あのっ!」と声を掛けられた。


「こ、近藤先輩ですよね! 男バス男子バスケット部の!」


「おう。俺のこと知ってるのか?」


「私、聡実先輩に誘われて去年のインターハイの応援行ってて! そこで近藤先輩の試合見て、憧れて、ここのバスケ部に入ろうって!」


「柚はねぇ、ハルが憧れなんだって。スポーツ推薦蹴ってまでこっちの高校来たんだから」


「ちょちょちょっ! 聡実先輩!?」


 あからさまに焦る柚に、聡実は「にししし」と笑みを浮かべた。


「この子、背は低いけどめっちゃバスケ上手いんだ。たぶんすぐレギュラーになると思う」


「おー、マジか! 楽しみだな!」


 盛り上がっていると、クイクイッと服を引っ張られる。

 水樹だった。

 確かに、あまりほったらかしにしたら悪いな。


「じゃあ俺たちそろそろ行くわ。また学校でな」


「うん、またね」


「よ、よろしくお願いします!」


「おー」


 聡実たちと別れてしばらく歩く。

 水樹は妙に静かだった。


「悪かったな。あいつ、同じ高校の同級生でさ」


「ハルにぃ、女の友達いるんだ。童貞のくせに」


「だからそれ関係ねーだろ――」


 ふと見ると、何だか水樹はむくれていた。

 見るからに不機嫌そうだ。


「もしかしてお前、焼きもち焼いてんのか?」


「ひぇあ!?」


 図星だったのか、あからさまに水樹はぎくりとした表情をする。

 その様子がおかしくて、思わず意地悪い笑みが浮かんだ。


「何だぁ、大好きなお兄ちゃんに大人なお姉さんの友達がいて焦ったわけかぁ」


「ばばばば馬鹿馬鹿馬鹿じゃないの!? ハルにぃみたいなヨワヨワザコ童貞に焼きもちなんて焼くはずないじゃん!」


「いやぁ、嫌われちまったのかと思ったけど。やっぱりまだまだお兄ちゃんっ子なんだなぁ。安心したよ俺は」


「そんなこと言ってない! 言ってないってばぁ! 信じてよぉ!」


 どうやら俺の幼馴染みは。

 まだまだお兄ちゃんっ子らしい。

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