7.消失

─────最後に鮮血の森産ブラックホーングリズリーの全身.......以上で合計が金貨32枚と銀貨50枚での買い取りで、外部価格の手数料金貨1枚と銀貨50枚を引いて金貨31枚でございます。」


目の前にドサッと硬貨の山が積まれた。


「「金貨31枚!?」」

「想像以上に高値で売れてしまいましたね......」

「ホタル.....この世界での貨幣換算をもう一度教えてくれ」

「銅貨100枚で銀貨1枚、銀貨100枚で金貨1枚です」


銅貨1枚がおよそ100円だとして、

日本円に換算すると.......およそ3150万円!?

今日の夜代どころか普通に家でも買って定住できるレベルの金額だぞ!


「いややばすぎだろ。そんなに貰って良いのか...?」


突然大金をぽんと出されたら、誰だって戸惑う。

怖いので受付嬢に確認をとる。


「正当な金額でございます。

理由を申し上げますと、鮮血の森の魔物は凶暴で、どれもランクがAランク以上、その上討伐数が異常に少ないので素材は貴重なんです。

それが死体丸ごと。

さらにどの死体も腐敗が見られず状態がとても良い点から、このような高額買い取りとさせて頂きました。」


「そんなに強い魔物だったのか.....」


魔物のランクはE、D、C、B、A、Sと強さが決められていて、それぞれのランクに通常のAランクと上位Aランクがあるらしく、Aランクの魔物は、王国騎士団の精鋭50名が相手してようやく倒せるか否か、という規定になっているそうだ。

鮮血の森の魔物討伐に、軍が出動したこともあるとか。そんなAランクの魔物を一撃で倒していたホタルは一体何者なんだ...

とんでもない化け物が身近に居たもんだ。


「それでは有難くいただきます。

ご主人様、どうぞ」

「どうぞと言われてもだな.....その大金はホタルが稼いだものなんだから、俺が受け取る訳にはいかないだろう....」

「ですが僕はご主人様の魔力を頂いているから化身として実体化出来ているんです。

そもそも僕の存在自体がご主人様の能力でもあります。

ですからこのお金はご主人様が稼いだと言っても過言ではないです。」

「うぅむ.....せめてホタルが預かっていてくれ。さっきのスキル、使えるだろ?」

「かしこまりました【異空間収納】」


そう言ってホタルは現れた空間の裂け目に硬貨が入った袋を入れた。

【異空間収納】

先程素材を出すときにホタル使っていたスキルだ。

持ち物を異空間に収納できる。

異空間内は時間が進まないため、保存も効く。

容量は魔力保有量に依存、ということらしい。

とても便利なスキルだよな。

俺も覚えられるなら覚えたい。

これがあったら一生部屋を綺麗な状態で保つことが出来るだろう。


「おい見たかよ今の魔法!?」

「無詠唱だったな....さっきも使ってから間違い無い」

「しかもあれ、時空間魔法じゃなかったか...?」

「いくらなんでもそれはないだろ」


しまった、こんな大金を手に入れたから、俺達に注目が集まってしまった。

たかられないように、早々にギルドを出るとしよう。


「行こう、ホタル。ディナーにしよう。」

「はいご主人様」

「お待ち下さい!」


カウンターを離れようとした時、受付嬢に呼び止められた


「ん?」

「冒険者登録をしていきませんか...?

それほどのお力があれば、冒険者としてもきっとご活躍なされると思うのですが....」


冒険者登録ねぇ.....

いつまでも偽造の身分証を使う訳にもいかないし、この世界で職を手に入れるにはいいかもしれないけれど....

これから先の方針が決まるまではなんとも言えないな.....


「考えておくよ。」

「分かりました。またお越しくださいませ」




◆◆◆




「普通に美味しい」


大通りにあった、適当な食堂に入った。

そこで適当なメニュー注文したが、空腹という事も相まって食べ物はしっかりと美味しかった。

ざっくりとした野性味のある味付けで、素材の美味しさが引き立てられている。


「どれも美味しいもばかりですが、やっぱり1番美味しいのはご主人様がおつくりになったこのお水ですね!」

「水は料理じゃねーよ!味なんてないだろ」

「ありますよぉ」

「味がしなくても赤い気味の悪い水は飲みたくないけどな」


ホタルもご主人様と同じものが良いと言って、同じメニューを頼んでいる。

食事と一緒に、街で採れたブドウと赤い川の水で造られた、名物のブラッディワインをすすめられたが丁寧にお断りしておいた。

またお冷の水はほんのりと赤みがかっていたので、そちらには手をつけずにスキルの【ウォーター】でつくった水を飲んでいる。

行儀が悪いかもしれないが、得体の知れない物を自分の体にいれるのは少々気が引けたので、避けられるものは避けておく。

今日こっちの世界に来たばかりだしな、最初は慎重に行動したい。

どうやらこの街では赤い川の水が生活用水として使われているようで、飲み物が基本的に赤い。

これが鮮血の街の由来だったりするのだろうか。


「さて、明日はどうしようか」

「ご主人様は何がしたいですか?」

「この世界の事がもっと知りたいな。」

「では明日は街を見て回るのはどうですか?」

「それはいいな、観光地とかはあるのか?」

「この街だと....どうやら時計塔が有名らしいですね」

「そういえば街に入った時に鳴っていたよな」

「はい、古くからある歴史的な建物だそうです」

「面白そうだな」

「時計塔までは僕が案内します!」

「頼んだぞ」


「あとあと...時計塔へ行くまでにあそことあそこに寄って......」

「それにしても街の中で流れている川も赤いのはほんとになんなんだ...?」

「赤い川!そしたら小舟に乗って行きましょうご主人様!」

「お、おう分かった」


ということで、明日は街の観光をする事にした。



◆◆◆



その後、ホタルの案内で、そこそこ安くて広々としている宿へ泊まることが出来た。

「ああ、疲れた.....」

ぼふっと柔らかいベッドに飛び込んだ。

たった1日で、色々な事がありすぎたな。

ベッドがこんなにも安らぎを与えてくれるものだったのかと、俺は今日ベッドのありがたみを改めて実感した。


「お疲れ様です、ご主人様

その...本当によろしいのでしょうか...?」

「ストラップの中に戻って寝るより、ベッドで寝る方が心地良いだろう?

それともストラップの中の方が良いのか?」

「いえ....こちらの方がいいと思いますが、念の為、ストラップに戻って確認してきます。」


そう言うと、ホタルが青緑色の光に包まれ消えた。


腰につけていたストラップを見ると、さっきまで光を失っていた蛍石が、ぼんやりと青緑に輝き出した。

ホタルが実体化を解いていて中に戻っている時は、蛍石が光るようだ。

しばらくすると、蛍石の光は消えて、ホタルが隣のベットの上に現れた。


「ベッドの方が良かったです!」

「そうか、じゃあ決まりだな。」


1人部屋を2つとろうとしたのだが、ホタルがいつでもご主人様を守れるように同じ部屋が良いと言うので、それならばと2人部屋をとったが、畏れ多いから自分はストラップの中で寝ると言い出すホタルをなんとかなだめて、ベッドに寝かせる。

この宿代もホタルが稼いだものだしな、功労者を蚊帳の外にして俺だけベッドで寝るなんて、罪悪感しか無い。


「そうだ、今日は色々とありがとな」

「例には及びません。僕はご主人様に仕える身として当然のことをしたまでです。」

「ホタルがストラップで良かったよ。」

「ボクも、ご主人様がご主人様で良かったです」

「今日会ったばかりだけどな。」

「今日が初めてではないです.....」

「なんか言ったか?」

「いえ、何も。

ありがたきお言葉、感謝致します!」


ホタルへの感謝は伝えられた。

今の率直な気持ちだ。


「もう寝ていいか....?」

「はい、おやすみなさいご主人様」

「おやすみ、明日もよろしくな。」


そう言って、俺はランプを消した。

部屋を照らすものはなくなったけれど、何故か心に、ほんのりと暖かい光が灯りはじめたようなきがした。

複雑な気分だった。


少し肌寒い日の晚に、沈黙と調和して、深海から目覚めたような、夢の光。

ゆったりと休憩を楽しむような、安らかな気持ちを与えてれる、生命感溢れる光。

それは、儚く脆く、とても繊細で精巧なガラスの靴のようで、美しい。


光。


その夜、俺はとても長く、楽しく、切ない夢のなかで、溺れるようにその光を探していたような気がした。




◆◆◆




目覚めるという感覚は不思議な物で、ずっと高くて明るい、暖かくも冷たくもある場所に浮かんでいた意識が、ふっ、と落っこちるような感覚を味あわせる。

全てがリセットされ、体に倦怠感が走るのと同時に、何処かに清々しさが生まれるのを感じて、俺はゆっくりと現実の光をレンズの中に流し込む。


鐘の音が聞こえる。


「すげーよく寝れた........ん?」


目が覚めると、ホタルが居なくなっていた。


「ホタル....?」


ストラップは光っていない。

外に出ているのだろうか。


俺は身支度を整え、静かな部屋を出て階段を降りる。

受け付けの人にホタルを見ていないか聞いてみよう。

そう、思っていた。






「これは.....一体.......」






静寂。






「誰か....居ないのか?」






受け付け、ロビー、窓の外の大通り、どこを見ても、人が居ないのだ。

静まり返った風景。

人が存在しない絵画に、ただ1点、観測者のみが存在を許されているような状態。


外に出た。

風は一切立たず、自分から生み出される音以外には何も聞こえてこない。

生き物の気配を一切感じない、この世から忽然と生が消えてしまったような感覚。


孤独

抗いようのないもない強大な存在に殴りつけたれたような衝撃が身体から湧き出てくる。


胸が苦しくなる。

分からない。

今までの情報量にも大分ついていけなかったが、ついに俺の許容量を超えた。

一体どうなっている。

朝起きたら、人が居なくなっていた。

目の前に広がる、冷酷なほどの静寂。

何故だ。

ホタルもいない。

俺、パニック状態に陥る。

誰も助けてはくれない。

怖い。

人がいない。

虫一匹見当たらない 。

俺以外、いない。

いない。


「誰か、誰か..........誰か!」


「誰か誰か誰か誰か誰か!!!!!!!!」


「誰か居ないのかあああああああああああ!!」







異世界生活2日目、街から人が消えた。



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