6.衆道

「冒険者ギルドです」

「おお、でかいな」


そこはオレンジ屋根で、大型ログハウスのような造りの、とてもオシャレな建物だった。

テラスに飾られた植物達の緑がアクセントになっていて、清潔感があり非常に美しい。

ギルドには酒場が併設されているらしく、テラスからは仕事終わりの冒険者達が木製のジョッキを片手に談笑している姿が見られる。

冒険者ギルドという名前から、もっと質実剛健でざっくばらんとした印象の建物を想像していたから、実際正反対の小綺麗な外装は、俺の目に鮮烈な印象を残した。


「ご主人様、ここで素材を売りましょう」

「冒険者ギルドは素材の買い取りもやっているのか」

「冒険者でなくても、Dランク以上の魔物の素材であれば、通常価格で買い取って貰えるんです。」

「便利だな。買い取りに関してはよく分からないから、ホタルに任せてもいいか?」

「はい! 最初からそのつもりでしたし、喜んで!」


心なしか意気込んで見えるホタル。

サラサラの銀髪が揺れて夜の街でも輝いて見える。

その美しい髪を両手でワシワシしたい......

そんな欲求にかられるのを必死で押さえ込んだ。

平常心だ、平常心。

俺にはカナタという絶対の存在が居る。

それ以外の輝きは、全て中身の無い偽りだ。

サラサラの銀髪もまやかしだ。


「それとご主人様、ギルドの中には野蛮な連中もいますので、念の為僕のそばから離れないで下さいね。」

「おう」


絡まれるのか。怖いな。

毎回思うんだけどホタルはどこでそんな情報を仕入れてくるんだろうか。

昨日まで俺と一緒に日本に居てストラップをやってたんじゃないのか.....?

ホタル知恵袋の情報量は計り知れない。


「入りましょう」

「ああ」

「おい、そこの兄ちゃん。

見ねえ顔だなぁぁ、あ゛ん?」


秒で絡まれたあああああ!


「おいおい可愛い嬢ちゃんまで連れてるじゃねえか、ああ゛ん?」


なるべく穏便に済ませたいところだが、ホタルの方を一瞥すると、殺気立った目でいかつい格好の男を睨み、手を刀に添えている 。

今にも切り伏せてしまいそうだ。


「何か用か....?」

「お前どこからきたんだ? あ゛ぁん?」

「青帝国だったかな」

「青帝国だってぇ?めちゃくちゃ遠いじゃねえかあぁん?」

「そうだな、疲れたから早く宿をとって休みたい。もう行っていいか?」

「ああ゛ん?、そんな事よりこんな奴とつるんでないで俺とたのしいことしようぜぇ??」


話が通じてるのか通じてないのか分からんな。

ホタルの方をじろじろと舐め回すように見てから、欲望むき出しの目で言ってくる。

この男はやばいやつだ。


「すまないがコイツは俺の物なんだ。お前に渡すつもりは無いぞ。」

「ご主人様...!?」


俺の言葉になんだかよく分からない複雑な表情をするホタル。


「ああ゛ん!? 何言ってんだてめぇ?そっちの嬢ちゃんのことじゃねぇよ!」

「ん?」

「だから俺とたのしいことしようぜって言ってんだよ兄ちゃん!!ああ゛ん?」


コイツは何を言ってるんだ?


「ご主人様、この様な変態大馬鹿不埒者は今すぐ殺すべきです。いえ殺しましょう。いや殺す....!」

「ああ゛ん?よく俺様の顔を見て変態大馬鹿不細工野郎なんて言えたもんだなぁこら。しばき倒すぞオィ」

「おまけに聴覚にも問題のあるお方でいらっしゃるみたいですね治療費は半分出しますので今すぐ医者に診てもらった方がいいんじゃありませんか?」

「なんだとこの小娘が、ああ゛ん?」

「ああん!?」

「まてまてまて!早まるな。一体どういうことだ」


「言い方が悪かったなぁ、あ゛ぁん?

俺と肉体同士を激しくぶつけ会おうぜって言ってるんだよぉ、あ゛ぁん?」

「んんん?」


喧嘩を吹っかけられたのだろうか俺は。


「いくらご主人様が魅力的な殿方であるとはいえ、そのような破廉恥な事、僕が許しません!」

「上等じゃねぇか、やってやろうじゃねえかああ゛ん?」


破廉恥?

こっちの世界では喧嘩は破廉恥なものに含まれるのか...?

それよりホタルが完全に刀を構えてしまっている。

怪しげな赤い光が刀身に帯びてきてしまっている。

もうバチバチの臨戦態勢である。

男の方も やるかぁ? とか言って拳を握りしめてるし。このまま喧嘩が始まったら絶対死人が出る。

大分カオスな状況になってきたな。


「やっちまえぇえ!」

「女に手を出すなんて最低だなぁあ!」

「おらぁ!」

「何すんだてめぇ!」

「ぐはぁっ」

「やったなあぁ!」


面白がった野次馬たちがさらに空気を悪化させてく。

なんならもう既に殴り始めている奴らまでいるぞ。

やめろやめろ、いくらなんでも頭に血が登るのが早すぎるだろう。

どうなってんだこの世界は。


「ご主人様は渡さない!覚悟おぉぉぉ!」

「死ねやあ゛ぁぁぁぁぁぁ!」


ああもう何でそうなる


「お前ら落ち着けよ【蛍の光】」


混沌としていたギルドの大広間に、ぼんやりと明るい青緑色の光の玉が次々と現れ、人々のあいだをゆっくりと流れていく。

あたりは時間が止まったように静まり帰り、人々は魅惑的な輝きに釘付けになっている。

さっきまで殴り合っていた連中やホタル達も喧嘩を辞めて、魂が抜けたようにその場で呆然と光を見つめていた。

ストラップの恩恵で使えるようになったスキルの1つ、【蛍の光ほたるのひかり】。

このスキルは、対象の範囲にいる人間の戦意を失わせることが出来る。

まさかこんな場面で使うことになるとは思わなかった。

しかし戦意を失わせるだけでなく、多くの人の意識を光に集中させることが出来るようだ。

乱闘に参加していない冒険者や受け付け嬢なども光に夢中になっている。

結構効力が強いな。

俺はぼんやり光を見つめるホタルの肩を叩いた。


「おいホタル、大丈夫か?」

「........はっ!......ご主人様これは一体」

「俺のスキルだよ。少しは落ち着いたか?」

「申し訳ありませんでした......ボクとした事が.....ついカッとなって取り乱してしまいました。」


ホタルは俺の事になると周りが見えなくなることがあるらしい。

自分の許容できない範囲の事まで一生懸命やろうとするから、たまに空回りしたりボロを出したりする。

普段は冷静沈着としているけど、実は感情的になりやすい要素を秘めているようだ。

振る舞いは妙に大人びているが、まだ見た目相応のあどけなさが残ってるんだな。

というのが1日一緒にいて分かったことだ。


「あまり気負いするな、お前はお前らしくしていればいいんだ。無理する必要も無いからな。」

「ご主人様......ありがとうございます」


ホタルはなにかを考え込むように、整った眉をひそめて俯いた。


「さて、もういいか。」


スキルを解除し、飛んでいた光が消えると、人々の意識が戻っていった。


「い....今のは....?」

「なんだか心がスッキリとしている..!!」

「先程の高度な魔法は一体.....」

「俺はなんで喧嘩なんかしていたんだ?」

「すまなかったな突然殴ったりして」

「あぁ俺も悪かった....」


ギルド内は先程の騒ぎが嘘のように和やかな空気包まれ、皆が笑顔で和解しあっている。

これはすごい効き目だな。

使えるのが夜限定じゃなければ、世界中の戦争を止めることが出来るだろう。

割と地味なスキルだと思っていたが、使い方によってはとてつもない効力を発揮するかもしれない。


「おい兄ちゃん、突然絡んで悪かったな、久しぶりに生きの良い奴を見かけたから、興奮しちまった。そこの嬢ちゃんも悪かったな。」

「い...いえ、私もあそこまで感情的になってしまい申し訳ありませんでした.......ゴシュジンサマヲユウワクシタコトハユルシマセンガ」

ホタルがそっぽを向きながらなにかを呟いているのが聞こえた。

「ああ゛ん、いいってことよ!今日のところは諦めてもう帰るぜ!またな兄ちゃん!」


「ああ、元気でな」


もう二度と会いたくない。

とにかく丸く収まってくれたようで何よりだ。


「ホタル、素材を売りに行くぞ」

「はいご主人様、あちらです!」


俺たちは広場の端に設置された、素材買い取り用のカウンターに向かった──────

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