第5話 激闘!?

 小綺麗になった私たちは、その後あてもなく散策する。歩く。歩く。歩く。探す。探す。探す。何もない。何もない。何もない。あ、少しだけ包帯を拾ったんだった。貯水タンクはシャノンが片手で持ってくれている。本当に頼もしい。


 「あれ?なんか街並み変わった?」


 「さっき大学って書いてたよ。」


 「ここ、大学か!大学って何だっけ。」


 「学問をするところ。多分。」

 

 「食べ物は無さそうだね。」


 「食べ物はないかもね。」


 「学問って楽しいの?」


 「読書は楽しいけど。学問と言えるほど何かを学んだこともないからわからないね。」


 「リナ、頭いいのに。」


 「フローの頭がお粗末なだけだよ。」


 「楽しくなかったらなんのために学問をするの?」


 「それは…………」


 「それは?」


 「人間が想像できることは、必ず人間がそれを可能にさせる、と誰かが言った。」


 「なにそれ。」


 「つまり想像を創造するため、ということだよフローレンス君。」

 

 「うわ、何か言ったつもりになってる!タイムマシンは作れるということですか。」


 「んーそれは不可能なことが証明されていた様な……。」


 「ダメだね学問は。」


 「今……のところ不可能ってだけだから!」


 「お二人とも、そのくらいに。なにか見えます。」


 久しぶりにシャノンの声を聴いた気がする。なにかいる、と言われても目の前には黒ずんだ大学の棟と、キャンパス内に不法投棄されたであろう永遠に続く瓦礫の山々しか目に入らない。


 「瓦礫しか見えないけど…………。」


 「瓦礫の上で何か光っています。」


 ……確かに何か点滅している?いや、微かに動いている。四足歩行型のロボットの様だ。背中には一抱え程あるガトリングガンが装備されている。だが右足がないらしく、前のめりに倒れてガシャガシャともがいていた。


 「戦闘ユニットだ。壊れているけど、気づかれないうちに離れよう。」


 と、後ろの二人に話しかけた瞬間、鉄の杭を地面に打ち込んだような鈍い銃声が響いた。

 しまった、と思う暇もなく二筋の弾丸が目の前のコンクリートの建物に着弾し、灰色の破片が飛び散る。


 油断した。


 「伏せろ!」


 そう言い終える前に、シャノンのライフルが火を噴いた。ターンと軽く、はじけるような銃声。フローレンスを地面に引き倒しながら目をやると、ボディを貫かれた戦闘ユニットが、光を失い頭部を瓦礫に突っ込んでいる。戦闘ユニットのガトリングガンからは白煙が立ち昇っていた。


 「あ、あぶなかっ」


 「まだ!」「まだです!」


 他にもいるかもしれない、と考えた時にはもう既に遅かった。今の銃声に反応したのか、瓦礫の山々のところどころから赤い点滅と共に半壊した戦闘ユニットがぞろぞろと這い出してきている。いったいどこに隠れていたというのか。


 ターン、ともう一度シャノンが発砲し、飛来してきた円盤状の戦闘ユニットを撃墜。続けて2発の銃声と共にフローレンスも私の背中越しに近くの敵を破壊した。だがここまでだ。射撃精度は悪いものの、敵達は一斉に発砲を始めた。大学の棟の屋上からまでも戦闘ユニットが顔を覗かせている。見当違いの方向へ飛んでいく放物線がほとんどだが、シャノンは私たちの前に躊躇なく歩み出る。


 「逃げないと。」


 「あっち!」

 

 大学の棟内に駆け込み、扉を施錠する。がむしゃらに奥へ駆けることしかできないが、銃声はだんだんと聞こえなくなっていった。


「…………た、助かった?」


 私とフローレンスが肩で息をしている間、シャノンは周りの様子を伺ってくれている。


「ほら、建物内にはいないんだよ。」

 

 すぐに雲母船に戻ろうと言いかけた途端、銅鑼のごとき轟音がそれを否定した。地面が震え、大気が押し寄せてきた。


 「……一体どこから。」


 続いて響く轟音。爆撃でもしているというのだろうか。


 「建物ごと包囲されています。」


 生意気にも敵には連携をとる能力も持っている様だ。

大穴が開いた壁から数体の戦闘ユニットがなだれ込んできていた。耳鳴りもそのままに、とっさに近くの教室へ入る。見られてはいないはず。


 「ここも多分やばいよ。」


 「わかってる。シャノン。情報をまとめて案を出して。」


 「建物内になだれ込んだ四足歩行ユニットの内一体がロケットランチャーを背負っていました。他にヒト型ユニットも見られました。マシンガンとブレードを装備したアンドロイドです。片腕片足がない様で、追跡能力はおそらくほとんどありませんが危険度は高いです。建物の周りは飛行ユニットが複数徘徊しており、屋外はより危険でしょう。ここで隠れるのが最適かと。」


 「地下への階段が見えたよな?」


 「はい。しかし、空けられた穴の向こう側です。向かうには戦闘が避けられません。」


 「そこしかない。」

 

 「先に何があるのかもわからず、推奨できません。」


 「ここで待っていても敵が増えるだけだ。」


 「それはそうかもしれませんが、私が囮になった方が、」


 「うるさ」

 

 再び凄まじい爆発音。どこかでガラスが砕かれ、ドアを削る金属音も同時に響いている。

 

 「……囮にはなってもらうよ。シャノンはわざと奴らに見つかりながら向かいの教室に移動。それにつられた奴らを私たちがあっちの入り口から撃つ。挟み撃ちにできるタイミングで。もしそれで殲滅できなかったらシャノンはすぐにこっちの教室に戻って合流して逃げる。雑だけどこれしか思いつかないし考えてる時間もない。これでいいね?」


 都合よく教室の入り口は2つあり、向こうの入り口を使えば廊下で挟撃できるはずだ。

 

 「……了解です。最初は二人で狙撃しましょう。」


 「そうだね。」


 あとは時間との勝負だ。私とシャノンは目を合わせると滑るように入り口から狙いを定めた。


 「私が撃ったらすぐにシャノンも撃ってね。」


 「はい。」


 照準を絞り、息を止める。一瞬、世界が止まったかのような錯覚に陥る。……二発の怒号が鳴り響いた。ロケットランチャーを装備したユニットが横倒しになり、小型戦車のような戦闘ユニットからも火があがる。風のように飛び出すシャノン。シャノンの残像に雨のような弾丸が降り注いだ。駆動音と共に敵がこちらへ殺到してくるのがわかる。

 ……………今だ。ドアを開け放ち、射撃する。視界が捉えた敵の数は4体。フローレンスの二丁拳銃は同時に2体の四足歩行ユニットの足を破壊した。私は這いずるように移動しているアンドロイドを狙う。しかし辛くも、両腕にガトリングガンを装備した大きなユニットのボディにそれを阻まれた。ベルトコンベア式の土台を持ったユニットだ。ガトリングガンが乱射を始め、響き渡る破壊音。シャノンも同時にアンドロイドを狙ったが、その瞬間アンドロイドはブレードを床に突き刺し、それを支点にして片腕の力だけで跳躍した。……標的は私だ。


 「避けてっ!」

 

 誰かの声が聞こえたが、身体は硬直し、本能的に自身のライフルで受けることしかできなかった。重い一撃と共にバランスを失って倒れこむ。マシンガンもブレードも失ったアンドロイドは私の首を食い破ろうと金属製の歯を覗かせた。アンドロイドとは思えないような残忍な牙と目。急所を守るために左腕を牙へと突っ込むしかなかった。鋭い痛みと生暖かい液体がほとばしった瞬間、フローレンスのバタフライナイフがアンドロイドの首を貫通した。


 「……いてぇ。」


 「大丈夫!?」


 「……いい。シャノンは!?」

 

 廊下ではシャノンが巨大なユニットにとびかかってガトリングガンに繋がる配線をすべて断ち切ったところだった。


 「申し訳ありません。私が仕留めていれば……。」


 「問題ないよ。すぐに行こう。」


「手当てを。」

  

 「ほんとに大丈夫。行こう。」


 「……はい。」

 

 幸運なことに、棟内の電気系統は生きているらしく、階段を下る度にセンサーが明かりを供給してくれている。地下一階の扉は鍵がないタイプのようだったが、奥に机やら棚やらが積み重ねられていてシャノンの怪力をもってしてもうんともすんとも言わなかった。地下二階の扉は小さな窓がついた電子ロック式の鉄扉で、私たちを匿うには最適だったが、もちろんパスコードなんてわかるわけがない。地下三階に向かっている間は地獄への階段を下っている様で生きた心地がしなかった。今からでも上に戻って正面突破を図った方が良いのではないか。大体なぜ私たちが攻撃されなければならないのか。とっくに紛争など終わっているだろうに。誰も何も言わないが、これより下に階層はない。地下三階の扉が開かなかったら……。気がつくと目の前の見覚えのある鉄扉の前で呆然としていた。そう、地下二階と同じ扉だ。余命を宣告されたかのような絶望が眩暈に変わっていくのがこめかみの辺りで感じる。


……


「………。」


「うわーまじか。」


シャノンが取っ手を触るがやはりびくともしない。


 足取りは重いまま小さな窓から中の様子を伺ってみる。予想に反して中は明かりがついた廊下が続いていた。いくつかの部屋のドアが空いていて、研究室特有の雑多感がそのままに取り残されている。だが、開かなければなんの意味もない。

 最悪だ。どうする。どこで選択を間違えたのか。どこかで判断を間違えたとは思えない。引き返すなら今しかないか。敵の戦力もわからないし危険すぎる。できることは見つからないように祈りながら敵が分散するまで待つだけかもしれない。そもそもこんなところまで来るべきじゃなかった。深入りしすぎた。こんなとこで大した籠城もできやしない。湿った地下なんかで二人を死なせるわけにはいかない。


「リナ。まずは手当てをしましょう。腕を見せて下さい。」


「……くそっ。」


「リナ。落ち着いて。こんなところまで敵が来る可能性は低いし、水ならあるからしばらくは大丈夫。」


「……落ち着いてはいるよ。」 

 

驚いたことにシャノンは騒動の中でも水タンクを手放さなかったらしい。そんなことにも気がついていなかった私は確かに視野が狭くなっていたと言える。体の火照りが冷めると、傷がずきゅんずきゅんと痛んできた。大したケガじゃないと思っていたが、まだ血も止まっていない。


「傷を洗って包帯を巻きますね。上を向いていて下さーい。」


「わかったよ………」


「ふふっ心配しないで。大丈夫、動脈は外れています。リナは強い子ですからすぐに治りますよ。」


「そうだよリナ。ほとんど血も止まってるし大したことなくて良かったじゃん。」

 

 わかったような口を利く。ケガ人を不安にさせないため、どれだけ重症でも大丈夫だと伝えるのは定石だ。だが、今はそれがありがたい。


「はーいちょっと染みますよー。」


 痛みによるものか、悔しさによるものか、悲しさによるものか、はたまた安心によるものなのかわからないけれど、上を向いた目には少しだけ、ほんとうに少しだけ涙が滲んだ。



――――――――――――――――――――――――――――――


 だんだんと眠気を感じるようになってきた。腕の痛みも今はほとんど感じない。シャノンが見張りを始めてからかなりの時間が経っている。見張りをしてくれているとはいえ、時折聞こえてくる機械音や破壊音を聞くと易々と眠れるものではない。シャノンによると、地上一階は兵器がウヨウヨしているとのことだ。横で少し白目を向きながらお腹を擦っている小娘はずぶとすぎるのだ。だが、休むべき時に休める能力は心底羨ましい。どうにか脱出できる方法はないかとずっと考えを巡らせているが、最後はこの鉄扉の電子ロックをライフル弾で破壊し、開くかどうかに賭けるとかいう子どもじみた策しか残らないし、それが一番可能性があるような気すらする。考えあぐねて何とはなしに鉄扉の小窓を覗いてみた。


「ッッ!!」


 パソコンが起動していた。ドアが開かれている部屋に置かれたパソコンに明かりがついている。最初からそうだったのか?いや、だとしたら最初覗いた時に私なら気がついているはず。私たちがここに着いてから誰かがパソコンを使った可能性があるのではないか。


「フ、フロー、起きて。」

 

大慌てで他の二人に聞いてもパソコンは起動していなかったという意見で一致した。なぜこんなタイミングで?ここに誰か住んでいることを期待するのは希望的すぎるだろうか。普通に考えたら自動でパソコンが起動する設定になっていただけの可能性の方が高い。


「どうしよう。」


「誰かがいるという可能性は極めて低いでしょう。いたとしても手を貸してくれるとは思えません。」


「………そうだよな。シャノンは見張りに戻ってくれ。私は窓を見とくから。」


 他に手がかりはないか双眼鏡を使って内部を観察してみる。まずはパソコンだ。その時、私は心臓を背後から撫でられたかのような気持ちの悪い感情に襲われた。


 09899683 09899683 09899683 09899683 09899683 09899683 09899683 09899683

09899683 09899683 09899683 09899683

09899683 09899683 09899683 ……


パソコンの画面にはおびただしい量の数字が入力されは消去され、入力されは消去されを繰り返している。


 「なんだあれ……」


考えるよりも先に手はその数字を電子ロックに入力していた。すぐにピッという電子音と共に施錠が解かれた。


 「……あ、あいた……」 

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終点のノア ~二人の少女と一体のアンドロイドの荒廃世界漂流記~ 夜叉←やしゃ @y01550155

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