第十三話 とりあえずピクニック

 最初はラキュルの疲労度合いを見てラナドラへの滞在日数を決めるつもりでいたが、スフレとノルが現れたことで状況は一変。事情が事情だけに勇者パーティーへと送り返す訳にも行かないので、二人に冒険者登録を進めたところ、俺のパーティーに入ると言って聞かず。半ば強制的に四人パーティーに。優秀なヒーラーとスカウトなので、パーティー入り自体は願ってもないことなのだが、問題となるのはやはり人間関係だ。長身で勢いのあるノルにラキュルはすっかり萎縮してしまっているし、普段は誰が相手でも区別なく接するスフレがラキュル相手にはどうも溝があるように感じる。それぞれ思うところはあるだろうが、パーティーとしてやって行くのならこの調子ではいけない。俺はパーティーの質を高めるため、ある決意をした。それは――。


「ピクニックに行こう」


 三人は最初こそ面食らっていたが、そのうちノルが吹き出して笑い始める。


「何だよ、それ。せっかく冒険者になったんだから、依頼とかこなすんじゃないのかよ」

「そうだね。冒険者になって最初にやることがピクニックって……」


 スフレは少し困った様子だ。そして、何やら考え込んでいた様子のラキュルが不意に口を開く。


「いいと思います。ディレイドさんはたぶんこう思っているんですよね? 私達には仲間意識が足りないと」


 これまでの経緯もあって人間不信のがあるラキュルだが、なかなか思考は鋭い。俺にとっては未知の系統であるとは言え、流石は術師と言ったところか。


「う~ん。まぁ、ディルはともかく、そっちの娘とは一緒に戦ったこととかないし、そう言われると確かにその通り。お互い知らないことが多過ぎる」


 テーブルを挟んで俺の正面に据わっていたノルは、思いの他素直に、ラキュルの言葉に頷いた。その隣に座っているスフレも、その点に関しては同意のようだ。


「それで? ピクニックに行くったって、行き先はどうするんだよ」

「この町の南東に、海が見えるみさきがあるらしいんだ。どうせ行くなら景色がいい方がいいだろうし、そこにしようかと」

「岬ってことは周囲はがけだよね……。安全面はどうなの? 周りが崖じゃ魔獣とかと出くわした時に逃げ場がないし……」


 こうして危機意識が高いのは、やはり最前線にいた影響だろう。安全の確保は生命の維持に直結するので、染み付いていると言うのは悪いことではない。しかし、今俺達がいるのは安全な後方。以前のような急な魔物の出現がないとは言い切れないが、基本的には平和な時間が流れている地域である。


 もちろん警戒を解くつもりはない。周囲に魔法陣を張って魔力の流れを読み取っていれば、ノルの手を煩わせなくてもいいくらいの安全圏くらいは確保出来るだろう。それを踏まえての提案である。それをそのまま伝えると、ノルが了承してくれた。


「わかったよ。そこまで言うなら、場所も計画もディルに一任する」

「ああ。その代わりと言っては何だけど、持って行く食事は三人に任せていいか?」

「食事……ですか?」


 ラキュルは若干困惑した様子だ。しかし、薬品の調合が出来るのならば料理くらいは出来るはず。料理上手のスフレが一緒にいるし、食材の目利きはノルに任せればいい。共同作業で少しは距離が縮まればと言う考えだが、果たして受け入れてもらえるだろうか。


「私なんかが作ったものを食べていただくなんて、いいんでしょうか……」

「何だよ。元奴隷だから自信がないのか?」


 ラキュルの言葉にノルが反応する。


「いえ、そういう訳では……。ただ、私は料理をしたことがないので……」

「確か薬の調合は出来るんだよね? だったらたぶん大丈夫だよ。料理も要領としてはあんまり変わらないから」


 スフレも、ラキュルに歩み寄ろうという意思はあるようだ。この様子なら、打ち解けるのにそう時間はかからないかも知れない。


「それじゃあピクニックに出かけるのは明日の朝。それまでに食材の購入と調理を頼む。俺は一応危険がないか、現地を下見してくるよ」


 今日の内に危険そうな魔獣などがいたら一掃してしまえばいい。それが街の人のためにもなるし、帰りがけに魔力感知の魔法陣を配置してしまえば、当日の負担も軽減される。一応この町のギルドに寄って、その手の討伐依頼がないかどうかだけチェックしておこう。


 そういう訳で一時解散した俺達は、それぞれ役割を果たすために行動を開始した。女性陣は食材の準備へ、俺は現地の下見へ。ノルがいれば仮に暴漢の類と出くわしたとしても対処してくれるので、心配する必要もない。こちらは一応ギルドに立ち寄って岬周囲の情報を確認したが、特に討伐対象になりそうな魔獣は確認されておらず。ロンタールの西の平原同様、ワイルドシープが生息しているくらいだそうだ。念のため現地の視察もしたが、情報通り、周囲にはワイルドシープの群れが散見されるだけで、特に危険のありそうな魔獣の姿はない。野生の鳥が上空を舞っているところを見るに、食べ物を狙って降りてくる可能性はあるかも知れないが、それなら接近してきた時点で俺かノルが気付くだろうし特に問題はないだろう。


 予定通り、帰りがけに岬の周囲に魔力感知の魔法陣をいくつか設置して、町へ帰還。女性陣と合流したところ、食材は無事確保し、明日の早朝に宿屋の調理場の一部を借りる手はずも整えたとのこと。何が仕上がって来るかは女性陣次第だが、例え失敗作であったとしても、任せた以上は完食する所存である。


 翌日。


 準備を終えた俺達は、早速岬へと向かった。天候は晴れ。時折吹く風が心地よく、絶好のピクニック日和と言える。女性陣はと言えば、にこやかにとまでは行かないが、料理を介してそれなりに交流を持ったようで、雑談に花を咲かせていた。ラキュルは少々返答にもたついているが、スフレもノルも急かしたりはしないので、それなりに上手く行っているように見える。この様子が見られただけでも、ピクニックを企画した甲斐があるというものだ。


 出発から小一時間ほど。岬に到着し、シートを広げる。草むらの上に直接座ってもよかったのだが、この方がよりピクニックらしくていいだろう。設置した魔法陣を通して魔力の流れを窺ってみるが、特に危険を示す兆候もない。俺はシートの上で仰向けになって、空を見上げた。澄み渡った空は真っ青で、雲は穏やかに流れて行く。


 こんなにのんびりした気分になるのはいつ以来だろうか。こうして考えてみると、勇者パーティーを抜けてからも思いのほか気を張っていたのだと気付く。もちろん今は最前線に向かう旅の途中で、こんなことをしている場合ではないというのはわかっている。それでも、心はどこかで休息を求めていたのだろう。俺が大きくあくびをすると、スフレが口元を押さえて小さく笑った。


「あくびをしてるディルなんて初めて見た。ちょっと新鮮」

「そうか? まぁ、勇者パーティーにいた頃は寝ても冷めても戦闘ばっかりで、あくびなんかしてる場合じゃなかったからな」


 すると、ノルがため息交じりで会話に入って来る。


「でも、また最前線に行くんだろ?」

「わかるか?」

「そりゃ~な。それだけ装備を整えておいて、後方で気ままに冒険者ってこともないだろ」


 どうやらノルはお見通しのようだ。だから俺のパーティーに入ると言い出したのかも知れない。


「最終的には西の大陸まで渡って、勇者パーティーとは別ルートで魔王の拠点を目指すつもりだった。今じゃ勇者パーティーは瓦解しちまってるみたいだけど、だったら尚更、誰かが魔王軍と戦わないと」

「……あのいけ好かない勇者様なら、何やかんやで戦い続けるんじゃないか? お前が抜けてからは妙に生き生きしてたぜ? 無詠唱で古代魔法バンバン使ったりして」

「元々性格にはやや難ありの人だったけど、実力は確かだったからな。でも、そんなに簡単に魔王まで辿り着けるなら、俺がいた時に片が付いてるよ」


 思考を読んでくるグレーターデーモンですら、魔物の中では中級程度。その上には上級、超級、覇級、絶級、神級と続いている。流石に神級とされているのは魔王のみだが、人間がつけた等級とは言え神がつくのだ。一筋縄で行く訳がない。


「……俺としては、スフレとノルが仲間になってくれるのは嬉しいけど、神託の件はいいのか? 俺と違って、割りとしょっちゅうあるんだろ?」


 そう。俺以外の勇者パーティーの面々は、割りとこまめに女神からの神託があるというのだ。それも俺の場合と違って夢ではなく、起きている時に声のみが届くらしい。


「勇者パーティー抜けてからも何度かあったけどな。全部無視した」

「それでいいのかよ」

「……でも神託に従うとなると、あのままパーティーに残らないといけなかったし」


 神託の件に関してはスフレも気にかかってはいるようだが、自分の身を仲間から守らなければならないと言うのはあまりに筋違いである。勇者様とガイズ、それにあいつがどのように神託を受けているかは本人にしかわからないものの、それでも男女間のトラブルでパーティーが瓦解していては世話がない。


「ラキュルはその辺どう思ってるんだ?」


 ノルがラキュルに問いかける。突発的ではあったが、ラキュルのことを二人に話すのなら、このタイミングがいいだろう。周囲に他に人もいないので、封印術に関して口にするのにも都合がいい。


「それなんだけどな――」


 俺はラキュルとのやり取りで得た知識を、二人と共有する。最初は全く信じられないと言った顔をしていたスフレとノルだが、話を進めるに連れ、徐々に前のめりに聞くようになって行った。


「ディルと同じパターンの神託、か。確かに気にはなるけど……」

「ああ。それよりも、だ」


 二人が言いたいことはよくわかる。俺だってこの身で経験していなければ、にわかには信じられなかっただろう。


「封印術。そんなものが本当にあるのだとしたら、今までのうち達の戦い方が根本から否定される訳だが?」


 魔力の運用に頼った戦術と戦技。魔力が使えない環境下では、もちろん魔物も弱体化はするが、それ以上に人間側の弱体が大きい。ウィザードの俺やヒーラーのスフレと言った魔法職は元より、魔力で身体能力を強化しているタンクやアタッカーと言った戦士職、魔力で目耳の機能を高めているスカウトまで。その全てが使えなくなると言うのだ。残るのは人間の脆弱な肉体のみ。体格で遥かに人間を上回る魔物に対し、生身一つで立ち向かうというのはあまりにも無謀が過ぎる。


「確かにその通りだ。けどな、俺はこうも思う」


 俺は以前から密かに考えていたことを、この場でさらけ出すことにした。


「この世界の全てには意味があるはずなんだ。全ては女神アルヴェリュートの意思の下にバランスが取れているはず。封印術だって女神アルヴェリュートに連なるものなら、その存在は絶対にこの世界にとって必要なものと考えるべきだ。俺達は何かを見落としてるか、何かを勘違いしてる」

「お前の化物じみた身体能力の件はともかく。いったい何を見落として、何を勘違いするって言うんだ?」

「それがわかってれば悩んだりしないよ」


 せっかくのピクニックだと言うのに、全員の間に重い沈黙がのしかかる。それを最初に打ち破ったのは、意外にもラキュルだった。

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