第十二話 再会

 ロンタールをってから一週間ほど。国境に近い町――ラナドラまでやって来た俺達は、とりあえずここで一晩を明かすことにした。


 やはりラキュルが同行していることで、移動速度は俺一人の時よりも落ちている。魔法による補助も行ってはいるが、それでも基礎体力のなさだけはカバーのしようがない。元々が骨が浮いて見えるくらいの体格である。こればかりはもっと食事を取らせて肉を付けるのと同時に体力づくりをしていかなければ、克服は出来ないのだ。


 この分だと港町――レディンスベルに辿り着くには、後三日はかかるはず。ここまで来るのにだいぶ無理をさせているので、休息のために数日はここに滞在することも考慮に入れておくべきだろう。


「まだ少し早い時間だけど、今日はここで宿を取ることにしよう」


 俺がそう言うと、ラキュルは申し訳なさそうにしながらも、コクリと頷いた。本人も俺の足を引っ張っていることを自覚しているようだが、それでも疲労には勝てなかったらしい。


 宿屋を決めて荷物を下ろすと、ラキュルは大きくため息をついた。


「ダメですね、私。ディレイドさんに気を使っていただいてばかりで」

「気にするな。ラキュルはよくやってるよ。疲れたろ? 食事にしよう」

「ですが、本日分の鍛錬がまだ終わっていません」

「確かに鍛錬は続けることに意味がある。けどな、それで無理をして身体を壊しちまったら意味がない。休む時にしっかり休むのも鍛錬の内だぞ?」


 ラキュルは納得行っていない様子だが、これに関しては俺自身が身をもって体験しているので間違いはない。当時は師匠に酷く説教されたものだ。おかげで、ただでさえほとんどしてくれない魔法の指導が、延々と先延ばしにされた時期がある。


「何度も言うけど、まずは肉を付けることだ。そんな痩せた体じゃ、鍛えたところでたかが知れてる」

「食事はきちんと取っていますよ?」

「もっと肉食え、肉。お前が食ってるの野菜ばっかりじゃないか」


 もちろん食の好みはあるのだろうが、野菜ばかりでは体力づくりと言う面では向いていない。体を鍛えると言うのなら、やはり肉を食べるのが一番だ。


「お肉は……その……。値段の割りにあまり美味しいとは思えなくて……」

「ああ~。そりゃあれだ。お前が安い肉ばっか食ってたからだ」


 値段の安い肉は筋張っていたり、無駄な脂身が多くて臭みが強かったりする。そんな肉ばっかり食していれば、肉が苦手になるのも無理はない。


「俺が前に頼んだ肉は美味かっただろ?」

「……そういえば」


 俺は給仕をしている女性を捕まえて、上等な肉メインの料理を注文する。資金に余裕があるからこそ出来ることだが、ラキュルの体力増強はそのままパーティーとしての質の向上に繋がるのだから、投資としては悪くない。やって来た肉料理を見て、ラキュルは目を見開いた。


「えっと……これは……」


 安価な魔獣の肉ではなく、丁寧に育てられた家畜の肉。それも希少価値の高い部位の肉で、見たところ料理人の腕もよさそうだ。もちろんその分値は張るものの、見るからに美味そうな一品である。


「いいから。食ってみろ」


 意識してかしてまいか、ラキュルはゴクリの喉を鳴らして、皿の上の肉にフォークを刺した。途端にあふれ出る香り高い肉汁。まぶされているのであろうスパイスの香りも相まって、実に食欲をそそられる。これほどの一品は、俺ですら滅多に食べていない。


 恐る恐ると言った感じで肉を口に運んだラキュル。口に入れた肉を一噛みした瞬間、パッと目を輝かせた。


「何ですか、これ!? 本当にお肉なんでしょうか!」


 いい感じに白い脂が網目状に入った部位は、噛むとほろほろと口の中でとろけ、極上の食感を与えてくれる。ラキュルがこれまでに口にしていた、筋張っていて脂臭い肉とはまるで違う。本当の肉と言うものは、こういうものを指すと言っていい。


「これが、人類が長年かけて生み出した本来の肉ってやつだ。今でこそ魔王軍の侵攻のせいで供給量は減ってるけど、代用品の安い魔獣の肉とは違うだろ?」

「これが本当のお肉……。こんなに美味しいものがこの世界にあるなんて……」

「まぁ、これは極端な例だけどな。肉の味も捨てたもんじゃないだろ?」

「そうですね。これは毎日食べるにはちょっとお値段がかかり過ぎなのでしょうし」


 確かに。いくら体を鍛えるためとは言え、この料理ばかりを注文してしては、いくら金銭に余裕があっても出費が大きいと言わざるを得ない。


「効率よく体を鍛えるなら、鳥肉がいいらしいぞ。それなら値段が手頃なメニューも多いし」

「鳥肉ですか。お肉の種類を考えて食べたことはないですけど……」


 そんなこんなで食事を終えた俺達は、腹ごなしに町を散策することにする。ロンタールほどではないが、かなり活気のある町だ。道の両側には各種の商店が立ち並び、それぞれが客で賑わっている。


「賑やかですね。この辺りには魔物がロンタールに出没したという話は届いていないのでしょうか」

「いや、届いてると思うぞ? それでもな、大抵の人にとっては他人事なんだよ。最前線で命張ってる奴もいれば、平和な土地でのうのうと生きてる奴もいる。世界ってのはそういうもんだ」


 俺は女神の神託を受けていたから、いつかは勇者様とともに最前線で戦う心づもりでいたが、大抵の人間はそうではない。自分には関係がない、どこか遠い場所の話だと思っている。


「まぁ、世界中が最前線にいるみたいな雰囲気だったら、精神が磨り減り過ぎてとても生きて行けないけどな」


 俺は最前線にいた頃を思い出す。毎日毎日魔王軍の侵攻を食い止めるために奔走する日々。充分に戦えるだけの力を持っていた俺達勇者パーティーですら、連日続くの戦闘に精神をやられそうになったくらいだ。勇者パーティー以外の人間達は、それこそ死ぬ思いで過ごしていたに違いない。


 それでも最前線の人間達が奮戦するのは、守るべき故郷があったり、信頼できる仲間がいるからだ。勇者様の意図は少し違っているように感じたことはあるが、一人異世界に召喚された身でありながらこの世界の平和のために戦ってくれているのだから、相当の人格者なのだろう。そうでなければ女神アルヴェリュートが勇者に選ぶはずはないのだから。


「……ディレイドさんは守りたいんですよね? この平和な光景を」

「ああ。そうすることが使命だと思って育ってきたんだ。今更新しい道なんて、選ぶ余地はなかったんだよ」


 町の様子を一回りして、宿屋に戻ろうとしたところで、不意に横から声をかけられた。


「ディル?」


 懐かしい、とまでは行かないものの、久しぶりに聞く声。それに俺を愛称で呼ぶのは、故郷の連中を除けばほんの一握りの人間だけだ。


 声のした方に顔を向ければ、そこにはよく見知った、しかし意外な顔があった。


「スフレ?」


 スフレッタ=アノン。勇者パーティーの一員でヒーラーを担当していた少女だ。


「それにノルも」


 スフレの横には、これまた勇者パーティーの一員でスカウトを担当していた女性――ノルテ=ラースがいる。


 どうしてこの二人がこんな後方の町にいるのか。勇者パーティーは今も最前線で魔王軍と戦っているはずだ。


「どうしてこんなところに。勇者様は?」


 二人は気まずそうに顔を見合わせる。何か後ろめたいことでもあるのだろうか。これ以上何と声をかければいいかわからず二人の様子を窺っていると、そのうちにノルが声を上げた。


「抜けて来た」

「え?」

「うち達も勇者パーティーを抜けて来たんだ」


 予想外の一言。代わりがいた俺はともかく、いち早く敵の進軍を捉える耳を持ったスカウトと、パーティーの回復を一手に担うヒーラーが抜けて来たと言うのだから、それはもパーティーの崩壊を意味している。


「そんな……。何だって急に……」


 状況が飲み込めないでいる俺の様子を見て、ノルは説明を始めた。


「お前の代わりにパーティーに入った魔法使いいるだろ?」

「ああ。そうだな」


 俺の幼馴染であるあいつ。名前は――あえて言うまでもないだろう。俺の他に女神アルヴェリュートの神託を受けたと言い張った人物だ。


「あいつがさ、いやらしい視線でうち達を見てくる訳。しかも、それに感化されたのか、勇者とガイズのやつもそんな感じになっちゃってね」


 勇者様もガイズも元々そういう思考は持っていたのだが、俺が食い止めていた部分がある。パーティー内で男女のあれこれがあるとその後の活動に支障をきたすと思っていたからだ。


「それで抜けて来た……と。念のため聞いておくけど、勇者様の了承は――」

「そんなの貰う訳ないだろ。こっちは貞操を狙われてる身なんだよ?」

「だよな~」


 俺は右手で顔を押さえる。俺が抜けてからこんな僅かな時間でパーティーが崩壊するとは思ってもみなかった。


 もちろん最前線いる冒険者の中にはスカウトやヒーラーはいるものの、やはり女神の神託を受けた彼女達と比べると能力は低い。単独で魔物の群に突入することもある勇者パーティーの補充要因としては、能力不足と言わざるを得ないだろう。


「ディル。私達はあのパーティーにはいたくないよ」


 スフレの表情は切実だ。無理を言って引き返させたところで、問題が起こるのは目に見えている。だったらこちらで引き取って、行動をともにした方が安全か。


「ところでディル。そっちのは?」

「ああ、彼女はラキュル。冒険者としてパーティーを組んでるんだ」


 ノルの視線に一瞬ビクッと体を震わせたものの、ラキュルはぺこりと頭を下げた。


「しばらく見なかった間に、もう次の女引っ掛けたのか?」

「人聞きの悪い言い方をしないでくれ。奴隷商から逃げてきたこの娘を保護して、冒険者として一人前になるまで育ててるだけだ」

「ふ~ん。保護ね~」


 ノルとスフレ。二人分の視線がラキュルに注がれる。整った装備品はともかく、中身はまだガリガリの痩せっぽちだ。疑われるような余地はないと思うのだが。


「まぁ、いいや。ここまで来るの大変だったし、さっさと休んじゃおう、スフレ」

「あ、は、はい……」

「ディル。お前が泊まってる宿屋はどこだ?」

「この先にあるけど……」

「じゃあうち達もそこにする。案内して」

「……相変わらず強引だな」


 ともあれ、こんなところでいつまでも立ち話をしている訳にも行くまい。俺は二人を連れて、宿屋へと向かう。ラキュルがいささか緊張している様子だが、こればっかりは仕方がない。対人スキルも教養のうち。慣れてもらう他ないのである。


 そういう訳で、スフレとノルが仲間に加わることとなるのだが、ラキュルの本当の能力をどのタイミングで、どう伝えるべきか。ラキュルの鍛錬方法以外にも考えなければならないことが増えてしまった。しかし行動をともにするのなら、いずれは話さなければならない内容だ。いつまでも先延ばしと言う訳にも行かない。俺はため息をつきつつ、俺達が泊まる予定の宿屋に二人を招き入れたのだった。

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