第31話

 コウは美佳子お手製のプリンを食べながら話を聞くことにした。


「わたしはね、一応養鶏場継ぐっていうテイで農学校出身だったんだけどさ……やっぱりおしゃれ好きだし、都会に憧れて、ちょうど親とも仲悪くて逃げるように東京に来て、好きなブランドのお店で働いてたの。まぁ楽しいし、芸能人もたくさん見たし。でも何か物足りなかった」

 美佳子は綺麗に塗ったキラキラの爪をいじる。


「美佳子さんは倖●來未さんか浜●あゆみさんといえば倖●來未さんの方が好きそうやな」

「うんうん! よくわかったねー、大好きー!」

「お兄ちゃんがよく聞いてたんだよね」

「そうなんだーんでさ、でさ」

 美佳子は話を逸らされるのは嫌なようだ。コウは黙って聞くことにした。普段は話が長いのは嫌いだが女性というのもあってかまぁいいか、となっているようだ。


「仕事は楽しかったけど家は寝て帰るようなもん……ご飯もレトルトとかコンビニ弁当。抜く時もあったわ。あと友達もできなくて。そんな私を見かねた地元の友達からメールが来たの」

「ほぉ」

「それが招待制のWebサービス⚪︎ixiだったの」

 コウはまたでた、⚪︎ixiと思うが彼女にとっては重要なコンテンツだったようだ。


「⚪︎ixiに招待されてから地元の友だちと交流するようになってすごく懐かしい気持ちになったし仕事もセーブしなきゃなぁって少し都心から離れたアパレル店に転職したんだ」


 やっぱり話が長くなりそうだ、と思いながらも底にカラメルがあるかもしれないとか期待しながら奥を掘り進めても無いことに少しガッカリするコウ。でも普通にプリンは美味しい。


「転職してから余裕が出てから親とは何とか仲直りできてさ、うちからたくさん卵が定期的に送られてきて。食べることをおざなりにしていた私はおばあちゃんやお母さんが教えてくれた料理を思い出しながら毎日自炊するようになったんだよー」

「食は大事だよね。俺もできるだけ自炊してたけど……今はなかなかね」

「そうよね、大変だけど。時間があればできるってことね、なるほど」

「大変だけど、健康のこと考えたら……なんだけどねー」

「私も、最初のころの不健康な生活が祟って病院通い……ほんとだめよねぇー」

 美佳子は見た目丸っとしていて、病気をしているようには感じ取れなかった。


「でもさ、彼氏はなかなかできなくってさ。そしたらねっ! たまたま⚪︎ixiのなかでのコミュニティで『農学校卒業した人』というのがあってそこでの集まりが近くであったから行ったの。そこで出会ったのがあっくんなのです!」

 話のゴールが見えてきた、とホッとし底つきたプリンの容器を美佳子にご馳走様、とコウは渡した。


「まわりの中で派手すぎて浮いていた私に全く振り向いてくれなくて……一応お友達になったけどさ。で、あっくんが熱出して倒れた時に押しかけてたまご粥を作ってあげたら……そこで告白されたの」

「押しかけたまご粥!」

「押しかけとか言わないで……ついでに風邪もらっちゃったけどいい思い出」

 美佳子は思い出に浸っていた。


「それから付き合い始めて半年、私の実家の養鶏場に行きたいって、あっくんが言ってくれたの」

「自分から彼女の実家に行きたいっていうのはなかなかいないよなー」

コウは強引な美佳子に若干引きつつも、まぁ悪くはないかな、という印象でもある。


「でしょー。ずっと料理作ってあげてたし、ふふふ彼の家の実家の酪農場はお兄さんが継いでて、自分もなにかやりたかったって。だから実家の養鶏場見て僕に継がせてください! って私のプロポーズの前に言ったのよ……」

 コウは笑ったが、少し怒った顔の美佳子を見てへこへこした。


「でも嬉しかった……ちゃんとあの後プロポーズし直してくれたし。だから私もあと半年仕事をして引き継いで退職なのよ」

「そか、ちゃんとしてるんだなぁ……あっくんは」


 自分のラブロマンスを語って美佳子はスッキリしたようである。が。

「それにしてもコウくんはなんでここにいるの」


 そろそろ本題に迫ってきたわけである。コウはドキリとした。


「ここは私が借りてるアパートで、あっくんと同居始めたの。半年後には出ていくけどなんであっくんじゃなくて見知らぬあなたがここにいるですかっ」

「今更だな……そんな俺にも丁寧に料理を出してくれた。しかもあっくんのためのプリンまで」

 すると美佳子はハッとして少し顔を赤らめた。


「だってお腹空いてたみたいだし。それにプリン出したのは……料理を褒めてくれるから。あっくんはいい人だけど、照れくさいのか何なんか知らんけど褒めてくれない。豪勢に食べてくれるだけでもまぁいいかなぁと思ったけどさ。だからついつい」


 美佳子はしどろもどろ。コウを不審な目で見る。本当に今更すぎる。確かに互いに見知らぬ同志なのだが。


「あなたは一体何者?」

 美佳子がそう尋ねる。


「美佳子さんは今何してるんですか」

「あっくんを待ってるの。最近仕事が遅いのよ……遅すぎる! なんか誰かと会ってたりしたら……」

「待ち続けてたんですね」

「続けてたって……てかもう10時。そろそろだわ。まだかなぁ」


 窓の外はすっかり暗い。コウは一旦部屋に戻った。そして再びコウは台所へ。


「……て、どうしたの。それにその横にいるのは」

 コウの横には1人の中年の男性がいた。


「あっくんの……お父さん? にしては若いし……親戚? お兄さんはお義母さんにそっくりだし」

 美佳子は見知らぬ中年をじっと見る。その中年男性は眉を下げる。悲しそうだ。


「美佳子……ただいま」

 と。そう、この中年男性はあっくんこと、阿久津良平である。


「はっ? あっくん? うそよ……どうしたの、朝は普通だったのに一気に老けこんで。仕事忙しかったの? それとも誰か……女と呑んで、イチャコラして!」

 美佳子は阿久津に詰め寄る。阿久津はコウを見て首を横に振る。


「美佳子さん。まだわかってないのですね……」


 コウが2人の間に入る。

「彼は阿久津良平さん、あっくんです」

「うそ、うそよ! でも顔は似てる……」

「あなたは仕事から帰ってきてあっくんの帰りを待っていた」


「うん、いつものように……」

「だけど患っていた病気が要因であなたはこの台所で死んだ……15年前に」

 とコウが告げると美佳子は口をあんぐり開ける。


 そして声が籠る。

『し、死んだ? わたしが……何を言ってるの。私はここにいて……しかも15年前だなんて!』

 美佳子は狼狽えている。阿久津はさっき首を横に振ったのは美佳子が見えないことだった。

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