第八章 料理をする幽霊

第30話

 これは数年前の都内某所のアパート。夜は9時ごろ。コウはルームロンダリングで転々とし、とある東京のアパートの一室に住んでいた頃だ。


 こちらもまた死亡事故だが出血したわけでもなく、築数も浅く、部屋もとても綺麗に使われていたおかげで他のルームロンダリングの部屋に比べて過ごしやすかった。

 他のところはあまりにも真新しすぎたり、怨念が強すぎて苦労したり、中には簡単な清掃をしただけで依頼される場合もあったりもした。お金がないコウは安く都会に住むとなったらどんな場所でも構わない、わがままは言えない状態だった。


 だからこそ早く由貴を探して共に過ごそうと思ったが全く連絡がつかず、以前の通り交際しても親しくなるにつれてその相手の背後にいる心霊や怨念やご先祖様のせいで気疲れしてしまうため1人の方が良いのだ。


 何かいい匂い。だが匂いが強くなるにつれて不安になる。


「……火事?!」


 1ldkの間取り、部屋からリビングを抜けて台所に向かう。


「よっす」

 と、台所にいたのは見知らぬ金髪の20代くらいの小柄な女性であった。

 季節外れのタンクトップに半ズボン姿にそれよりも先に女性のファッションもメイクも時代ハズレである。一周回って流行っているとはいうものの。ネイルもかなり派手である。その爪で料理したのか? とコウはまじまじと見る。タイプではないわけでもないが……すぐに彼女は幽霊だというのはわかった。


「よっす、じゃない! 火事かと思ったじゃないか」

 火事ではないとはわかってほっとするものの、コウは怒る。女性はお構いなしに何かを煮込んでいた。良い匂いはそこからか、とコウは納得する。


 お腹の中からグウウウウと音を鳴らしたコウ。晩御飯は軽く夕方に食べたものの、それから数時間後にお腹が鳴るのはこの美味しい匂いのせいなんだろうかと考える。


「もうすぐできるから食べる? お腹鳴ってるし。あっくんはね、仕事終わって帰ったらすぐ食べたいって言うから。卵もたくさんあるし、まだ帰ってこないからお兄さん先に食べる?」

 と、その女はニコッとしている。そんな笑顔にコウは頷くしかなかった。

 最近はまともにご飯を食べていなかったことに気づく。ほとんど差し入れの弁当とか簡単に食べられるものだった。


「は、はぁ……じゃあいただきます」

「そろそろ卵入れるから待ってて」


 女性は卵3個を器用に割って菜箸でかき混ぜる。ぐつぐつ煮込んだフライパンの中にそれを満遍なく入れて蓋をすぐ閉め、数秒数えて火を消した。


「あまり火を通さんだな」

 コウはそう言う。自炊は昔していたし、実家の居酒屋の手伝いはしていたからある程度は作り方がわかる。だが今は作らないだけで。

「火が通ってる方が好き?」

「普通そうだろ」

「じゃあそうしとくね」

 と女性が火をつけようとしたがコウは首を横に振った。

「気にしなくていいよ、ごめん」

 とコウが言うと女性は笑った。

「さっきから思ってたけどあなたは東京の人じゃないね、アクセント」

「……悪いか、直すつもりはない。上京して数年……たまに地元に戻るし、こっちにはそう友達いない」

「私も友達そんなに居ないから。昔からの友達くらいかな。あなたも⚪︎ixiやったら? あ、私ね美佳子。あなたの方が年上かしらら。呼び捨てでいいよ」

「⚪︎ixi……聞いたことはあるけど……●witterや●nstagramで精一杯だよ。それもろくにやってないけどな。……美佳子……さんて呼ぶね、呼び捨ては良くないって母さんから言われてる。あ、俺はコウ。好きに呼んで。美佳子さんは結構陽キャに見えて陰キャなんだね」

 美佳子は笑った。なんで笑ったかコウにはわからないが美佳子は教えてくれない。


「んーよくわからないけど……見た目でよく判断される。お前みたいな派手なギャルは料理なんて上手くできるわけないって。どう思う? コウ君」


 美佳子の方はコウ君と君付けにしたようだ。

「すっごい偏見だなぁ」

「でしょ?」

 と美佳子はどんぶりを出して炊飯器の中のご飯を豪快によそってフライパンで煮たものを乗っけてドーンとコウの前に出した。

「そのギャップで驚かれるんだ。はい……かさ増し親子丼! 出来上がりー」

「うまそーな親子丼、ってカサ増し……?」

 不思議に思いながらもコウの目はキラキラ輝いた。今まで火がしっかり通った親子丼しか食べたことがなく、半熟の親子丼のキラキラしたテカリに涎が出そうになる。だがカサ増し? とコウは丼を持ってぐるりと見る。


「見た目はシンプルに。中はどっしり。どうだっ!」

「これはこれは。いただきます!!」

 コウはこぼれないようにダイニングテーブルまで持って行った。あまりお腹が減ってるわけでもないがこの匂いと見た目と重みでもう食べない理由はなかった。

 美佳子はコウの目の前に座って反応を伺う。


「食べて食べて」

 と反応を気にしてるかのような眼差し。コウは手を合わせて

「いただきます!」

 と言って用意されたカレー用スプーンで食べる。


 一口、アツアツっと言いながら口に頬張ると、ん? とコウは普通の親子丼とは違う食感に端を止め、中身をつっついた。


 出てきたのはかまぼこ、椎茸が短冊切りされて入っていた。

「かまぼこと椎茸……かさ増しってのはこのことか」

「うん。少ない鶏肉でも満足な食感、あっくんは大食いさんだからたっぷり食べさせたいからね」

「そもそもそのあっくんて誰なんだ?」

「私の彼氏ー」

 にやにやっと美佳子は笑った。


「てかさ、いつも弁当か作り置きの親子丼食べてたとか?」

 美佳子は会話よりも反応が気になるようだ。

「んまー最近はそうだけど実家の母さんはしっかり火を通す人でね。それが普通と思ってた」

「家庭それぞれだね。いろんなの食べたい」

 コウはフゥン、と言って特に違和感はないようでホクホクしながら食す。


「これ母ちゃんにも教えてみようかな。居酒屋をやってんだよねー。実家」

「いいよ。メニューに入ったら『みかちゃん考案かさ増し親子丼』て書いといてね」

「母さんやお客さんににどこのみかちゃんって聞かれるなぁ……」

「コウ君、顔真っ赤。まさかまだお付き合いしたことないとか?」

「るっさい……」

 コウは顔を真っ赤にした。


「そいやさ、卵料理得意なの? 美佳子さんは」

「あーそれはね……うちの実家は養鶏場やってるんだ。だから何かと卵と鶏は身近にあるし、食べてる。鶏さばけるわよ、こう見えても」

 と美佳子はキラキラとした爪を見せつける。それでさばくのか? とコウは思う。

「だからか。親子丼も飽きるほど食べただろ? 他のものを入れたり工夫したりしてるのかな?」

「そうそう。まぁ……この親子丼、「みかちゃん考案」じゃなくてうちのばあちゃんの「ハツエちゃん考案」と言ってもおかしくない……」

 コウは想像で美佳子の祖母であるハツエを勝手に思い浮かべる。


「もう死んだけどね、優しいおばあちゃんでさ、忙しいお母さんたちの代わりに料理作ってくれたし、教えてもくれた。お母さんはもともと中華料理屋さんの娘のだったから中華料理寄りのレパートリーだけどね」


 ははーんとコウは閃いた。

「ほぉ、何となくわかった……お母さんの中華料理屋にお父さんが卵を卸してたとか!?」


 美佳子はびっくりした顔をする。

「……うわ、当てられた。なんで?」

「卵と中華料理……もしかしてとか思って」

「そうそう、業者とその料理屋の娘が恋に落ちて大恋愛! ロマンチックー」

 美佳子はとびっきりの笑顔でテンションが上がっている。


「美佳子さんもあっくんとの出会いもロマンチックやったん?」

 美佳子はその質問に反応した。

「よくぞ聞いてくれた!!! そう、わたしたちの出会いもロマンチックぅー、もっと聞くぅ?」

 しまった、とコウは話が長くなるのが嫌いだ。


「あ、なら……お手製プリンもお出ししますので、いかがです?」

 そう聞いてしぶしぶコウは美佳子の話を聞いてやるかとこくりと苦笑いしながら頷いた。


 

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