第22話


「……天狗様……! 何をしてらっしゃるのですか!」


 倉田にそう言われるとその男、天狗様は箱を蹴り上げて隠したつもりだったがチョコが散らばり、拍子に柱に小指をぶつけて痛がってのたうち回っている。


 散らばったチョコはブランドのものやハイブランドの関東で出回っているものである。倉田をはじめ坊主達がそれらを取り、片付けている。もはやドリフのコントのようだ。


「……あれ、もう手に入れてるんじゃん。新作のスイーツ」

 床には有名スイーツ店の包装紙が無造作に破られて捨てられていた。


「コウが前に持ってきてからすっごく気になっちゃってー頼んじゃった」

「ネットでは頼まないって倉田さんが言ってたのに。てか前持ってきたやつのお店の新作もあるよ。そんなに気に入ってるならそっちがよかったかなぁ。今日は違うやつ持ってきた」

「ほ、欲しい!! あ、かりんとう!!!」


 すかさず倉田が間に入って奪い去った。天狗様の静止を振り切って外に出て天高くチョコを投げつけ、カラス達がやってきて全部喰らっていった。


「なにをする倉田! 別にいいだろ、チョコの一つや二つ」

「確かに一つや二つはいいですよ。でもそんなにこっそり持ってたら一つや二つじゃないでしょ。あんなに食べて、あれも食べたら虫歯になります」

「虫歯にならん! ちゃんと歯磨きしとる!」


 ここからしばらく倉田と天狗様のやりとりが続く。コウも由貴も坊主もいつもの事だ、と坊主も一緒に座って2人を見ることにした。


「こないだも歯が痛いって言ってここに歯医者さん呼んだら親知らず生えてて奥歯と親知らずの間に虫歯が出来ていて歯茎も腫れて膿んで……なのに抜きたくない、抜かないって」

「だって痛いんじゃもん、前右の奥の二つの親知らず抜いたのにまた抜くなんて嫌じゃ」

「子供じゃないんだからっ。それに今回はレントゲン撮らなくちゃ手術も工事、いいや改修工事よりもひどくなるってあなたが大暴れするから」

「それはいくらなんでも誇大表現じゃっ」

「言っとくとですね、ここまで歯医者さんを派遣するのにいくらかかってると思ってるんですか。医師だけでなくて看護師、器具、それら器具や薬品を運ぶ運送費……」

「あと出張費じゃろ」

「わかってるくせに! 親知らず抜かない限りチョコは当面禁止です!」


 天狗様はうずくまって泣いている。


「相変わらずだな、天狗様」

「昔から変わらないだろ、さぁ帰るか」


 とコウと由貴が帰ろうとすると


「あほ、帰るな」


 と倉田に止められる2人だった。


 天狗様は涙を拭い、高座に座ってその前にコウはリラックスして胡座、由貴は正座をしている。

 倉田と坊主2人は天狗様のすぐ横に正座して座る。とても異様な光景である。

 そもそも天狗様の容姿は人間ではあり体が大きく鼻もでかい。


 感情が昂ぶると全身赤くなる。天狗だからと言っても絵本や本に載っているような真っ赤な天狗とは違う。

 


 本人曰く天狗様と言われているけども、ただの体のでかい仙人だとはいうが……まだコウも由貴も謎である。だが確かにこの男に命を乞い、能力を授けられたのは事実である。


「まぁあれから色々あって、地元に残ってたコウも奮闘してくれて、東京に行ってもたまに帰ってきてくれてホッとしたわい」

「奮闘じゃなくて働かされてたんだぞ、由貴の代わりに! ほぼ無休で」


 コウのげっそり具合から過酷さがわかる。


「なにゆうとる。お歳暮とかお中元とかお供えの残りとかお清めの塩とかやったろ」

「ああ、俺の給料はほぼ実家の居酒屋で働いた分だわ。そっちからはもらってないんぞ……っ」


 と言うコウに、倉田の視線が痛い。黙った。天狗様は大きな咳払いをした。


「でもこうして由貴と戻ってきてくれたってことはまた色々助けてもらわないとなぁー命を救った意味がないわい!」


 天狗様は大笑い。由貴は苦笑いする。コウは複雑な顔をしている。きっと割に合わないからであろう。


 倉田が立ち上がって由貴を見る。

「本当自分本位ですね、死ぬところを天狗様が助けてやったんですよ。しかも乞いた由貴は能力を活用せずにまた死のうとしたなんて……都合良すぎです」

「まあまあ」

 天狗様が宥めた。


「はい、都合良すぎですね。僕もわかってます」

 由貴は頭を下げる。

「また彷徨って野垂れ死ぬ気ですか。大人しく天狗様の元で働いていればいいのです、あなたたちは」


 天狗様は倉田のその言葉にウンウンとうなずく。どっちが偉い人間なのだろうか、と思うのだが。


「まあまあ。……せっかく授けたそなたへの能力、無駄にせず生きてみようとは思わないか? 頑張りたまえ」

「はい、頑張ります……」


 由貴はなんだかんだで優しい天狗様に鼓舞され、頑張らなくてはと思った。


 それしか自分は生きる方法がないから。コウはポンと後ろから叩く。

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