第10話

 由貴の夢の中。これは何度も見るらしい。夢のようで夢じゃないような夢。




 あの時のことだと。山で遭難して重傷を負った時のこと。


 霞みゆく意識の中、1人の大きな男がスタッと降りてきた。天気も悪く薄暗くなっていく中、その大きな男に担がれる。

 誰かわからないが助かった、と由貴は最後の力でしがみつく。


『このわしに命乞いをするだなんてな。それほど生きたかったか?』


 その声に由貴は


「はい」


 と答えたことを今になって後悔しているか、と言ったら嘘になる。


 命を助けてもらい能力も授かり幽霊がみえるようになった事でいろんなことが起きて大変であったし、大人になってからは気味悪がられて仕事も何も続かず、この能力なんていらない、こうなるのならあの時に……だなんて思ったことは何十回、何百回もあった由貴ではあるが。

 コウはどう思ってるのか、それを由貴は聞いてないがコウはその力を使って仕事して生活しているのだからいいのだろうが。この数年、何があったのか、何をどう思って暮らしていたか。由貴は知らない。


 だが一緒に助かったコウがこうして今も横にいる。と由貴は寝返りを打った。



「ってすぐそばで寝てるぅ!!!」


 目を覚ますとベッドの上、すぐ隣にはコウが涎を垂らしていた。


 昨晩あんなに部屋の中が荒れていたのにも関わらず窓ガラスは割れてない、物も壊れていない、荒れていた部屋が嘘のように綺麗になっていた。

 自分の機材も置いてあるの

 そして由貴は自分が肌着とショーツだけであることに気づく。


「なんでだ、いつの間に着替えたろうか?」


 するとコウがぬくっと起きた。


「おう、起きたか……」

「起きたかって、何呑気なことを。昨晩のことは夢だったのか??」

「は? 夢ではない」


 由貴は部屋を見渡すとキミヤスがいた和室、父親が落とされたベランダには何も気配がなく、母親と祖父のいた浴室も同様に何も無くなっていた。


「面倒だから一気にまとめて空に送った。疲れたー」

「……そんなこともできるんか」

「すごいだろ。だからお陰様で、もうずっと賢者タイムだ」

「あほか、女子がいたらドン引きだぞ」

「へへへ」

 相変わらずヘラヘラとした笑い方の虹雨も肌着とボクサーパンツ。メガネをかけて床に落ちていた部屋着を着る。


「あんなに部屋が荒れていたのにきれいになったな」

「あー、それな……」

「ん?」


 ぐううううう……


 2人同時お腹が鳴った。目を合わせて


「食べようか、ブランチだけどなこの時間だと」

「そうだな、なんか食べたい……」

「そこに服置いてるからまた今日服を買いに行くぞ」

「お、おう」


 だが既に台所からいい匂い。 


「次は火事か?」

「あほ、火事やじゃない……」

「ならなんだ」

 匂いする方向、よく嗅ぐとベーコンと卵焼きの匂い。二人は台所に行く。更にいい匂いが近づいてくる。

「……コウが作った? いや、違うか……」

 由貴は匂いと同時に何かを察した。


『よっす! おはよう……て、誰あんた』

「あんたこそ誰」

 台所に立っていたのは1人の若い女性、少しギャルっぽい。

 そんな彼女が朝食を作っていた。


『……コウの彼女だけど、ふふふ』


「ハァ? 彼女?!」

 そんなわけないと由貴は昨晩あの家族以外生身の人間は2人きりだったのにと……。でもわかっていた。


「……コウ、説明してもらおうか」

 コウは目を泳がす。


「彼女って言い方がダメだって……勝手に君が俺を好きになっただけだろー」


『ひどい、こーちゃんっ』


「こーちゃん?! 幽霊の彼女に……こーちゃんだなんて呼ばせてるのかよ」

 そう、このギャルは幽霊である。


「るっせぇ! 違う……勝手にごはん作る料理好きなギャルが付き纏ってるだけなんや」

「ふーん……ほんと?」


 由貴は鼻で笑う。昔からこいつは女の子にはモテていたなと思い出す。


「もういい、帰っていい……いつもありがとう」

『いつもって……てかお友達いるなら言ってよねー。こーちゃんの分しかないんだから』

「あとは俺がやる、もうこいつがいるからお前はもう成仏しろっ!」


 ボムっ


 とギャルがえっとした顔をして青い炎に包まれて消えた。


「うわー、簡単に女を捨てた……」

「また人聞き悪い。勝手についてきただけだし本当は成仏しなきゃいけないのにズルズル居座ってたからいいんだよ」

「うわー、一番タチ悪いやつ、昔からそうだったっけなー。女の子をその気にさせて。幽霊の女の子もそうするんだねー、こーちゃん」

「こーちゃんうるさい!! 今から朝ごはんお前の分まで作るからあっち行ってろ!」

 コウは顔を赤らめる。

「へいへーい」


 由貴はダイニングに行き料理の音を聞きながら待つ。


「ちなみに部屋の中をきれいにしてくれたのも、こーちゃん親衛隊かい?」

「だからその言い方っ……まぁそうだが……呼べば来る」

「すげぇな、お前上手く使ってんなぁ」


 コウの能力に羨ましく感じる由貴。彼自身もうまく使えばできなくないだろうが人見知りで遠慮がちな彼は幽霊にでさえもそんな調子である。コウは2人分の朝ごはんを器用に運ぶ。由貴も手伝う。


「使わないと勿体無いやろ……あの時の様子だとうまく使えてなかったんか」

「……まぁな、てか普通に美味い」


 と由貴はペロリと目玉焼きを口に頬張る。


「実家の居酒屋賄い目玉焼きだ、もっと味わって食べろ。でも相変わらず豪勢に食べるよな……ラーメン屋の時もあっという間に特盛からの替え玉おかわりだったしな」

「久しぶりのご飯だったし……てかその動画残してある?」

「残してるけど?」

「ならいい。また後で動画編集しなきゃな。あのコンビニもあるし」

「おう頼んだ。そうだ……あれも」


 コウは席を立ち浴室と和室の部屋にあったかと思うと2台カメラを持ってきた。


「昨晩のキミヤス一家退治もいいリアクションだったー!」

「浴室の時は他にも隠しカメラあったんかー!」

「もちろん!」

「幽霊操れるならキミヤス一家も自分一人で除霊できたろ……ハメやがって!」


 由貴は怒りのあまりコウの分の朝ごはんも一気に平らげた。


「あっ、お前ー!!!!」

「女たらしの騙し屋こーちゃん!」

「うるせぇ!!!」

「でもあのギャルの子、気になるなぁ」

 と由貴はさっきのギャルを思い浮かべる。

「なんだ、タイプか」

 コウの反撃だ。

「タイプではないが可愛いとは思った」

 由貴は顔を赤くしながら無我夢中でその恥ずかしさを隠して食べた。

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