第8話

 空気は静まり返る。コウもずっと一緒にいたにもかかわらず確信的なことを聞いていなかったようで驚いている。


『祖父をこの家で介護してたんです。僕と母で介護してたのですが祖父の息子である父は仕事が忙しいという理由で全部僕らに押し付けていました』

「それはダメだな。自分の親の世話を嫁や子供にまかせっきりなやつ」


 コウは前のめりになるが由貴はじっとして聞き入る。


「それで……」

『……コウさんにそう言われると僕もなんかアレですが、僕も世話して祖父がだんだん具合がひどくなると嫌気さしてきて手伝うのが嫌になってきました。とくによく粗相をし始めた頃から。子供の頃一年に一回会ってお年玉もらったり遊んでもらってたのに』

「なんかその気持ちわかるかもしれん」


『でも手伝ってはいましたが母に負担いってたのは確かです。下の世話や汚いものの処理は全部母任せで……風呂も母一人で入れさせてました。と言っても体を洗うだけで週に数回訪問介護の方が来てくれて一緒に入れてました』

「そうか、あそこにいたのは入浴させている時だったのか……」

『僕の母はずっと専業主婦でお父さんもそれなりに給料もありました。ボーナスも。だから母さんは働かなくてもずっと専業主婦でいられるし育児や家事以外は自由で読書買い物と気ままに過ごしてました。そんな母を微笑ましく僕は見ていました。だけどそんな生活にいきなり介護ですからね』

 

「……生活が壊れるな」


『ある日、母がいつものように一人で風呂場に祖父の体を洗いに行ってる時でした。変な音が聞こえて……あ、僕はここで本を読んでて。おかしいと思っても行かずにここにいたら血まみれの母が出て来て刺されました』


「いきなり?! そのまま死んでしまったのか……」

『でも意識はあったんです。喉元を切られて血がたくさん出て部屋の壁や床に僕の血が……。で、倒れて。少し時間経って夜になってからいつものように父が帰ってきて倒れてる僕を見て異常に気づいた父は血まみれで座ってる母と揉み合いになって父は死にました』

 由貴は言葉が出なかった。


『きっと母は介護してきたから力がついたんでしょうね……介護士さんとか周りの人に迷惑かけたくないって自分一人で抱え込んで……』

 キミヤスはボロボロと涙を流した。


「泣かないで、 あまり聞いちゃダメかな」

と由貴は声をかける。

『いえ、大丈夫です。聞いてもらえるのが嬉しくて』

 キミヤスはボロボロと泣く。止まらない。


『僕は母親の辛さを見かねてSNSに書き込みをしたり、時折尋ねる介護士さんに話をしていたけどどこも同じ、と言われてまともに聞いてくれる大人がいませんでした』

「そんなときにちゃんと大人たちが動いていたら……」

「そうだよ。キミヤスがこんなに泣くなんて余程のことだ。お父さんもしっかり介護して理解してくれてたら」

 キミヤスは顔を曇らせる。

『そのあと母も浴室で首掻っ切って死ぬんです。が、それだけでは終わりません』


「ふうむ。あの女の霊は君のお母さんか。なんで僕がここにきてお母さんとおじいさんは除霊できたか」

 由貴は考える。心霊事案を彼は引き付けるしかできない。

「まぁ最後は俺が除霊したが」

「そうだったな……」


 由貴には除霊の力はほとんどない。なぜ自分には除霊の力がないのか。


「……キミヤスは知らない親たちの事情があったんだろうな」

「何、事情って」

『……え』


 コウは立ち上がって話を始めた。


「お母さんは介護をお父さんから押し付けられた。上下関係がはっきりしてる、いわゆる亭主関白」

「キミヤスの父親のことだよ、言葉慎め」

 と由貴が嗜める。

「すまんなぁ、キミヤス」


『いえ。僕にはとても優しくもあり厳しくもありましたしが好きでしたし、母は父を慕ってました……でも僕よりも母に当たりは強かったと思います。子供ながらに思ってました』


 キミヤスは高校生くらいであろう、子供の頃から父と母の関係をそう感じ取っていたようだ。

「キミヤスがいないところではもっとあたりはきつかったんだろう。子供には見せないかんじで」

『はい、でもときたま母が失敗をしたりするとお母さんはダメだなぁとか目の前で叱ってました』

「そこだ。そしておじいちゃん、つまり自分の父親に対しても……」


『……昔からあまり仲良さそうではなかったです。おじいちゃんも昔亭主関白みたいな感じで。過干渉されるのが嫌で逃げるように東京に引っ越してから一緒についてきた母と結婚したというのは聞いてました』

「出身は」

『岐阜です』

「同郷だ……」

 由貴は自分たちとキミヤスとの意外な共通点に驚いたのだ。

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