最強で最高な二人

麻木香豆

第一章 再会

第1話

 まだ冬も始まったばかりか。とても冷え込み朝夜はもう凍え死ぬほど寒い。

「もう僕はダメだ」


 都会のとあるビルの屋上。熊のように大きな体の青年由貴ユキは仕事でここの清掃に来たことがあり、夜は屋上に行けることを知っていた。

 しかもこの建物に入るには裏の窓が開いていてなんとかして由貴は入ってここまで登ってきた。不法侵入と言われたらおしまいだが、そんなのは関係ない。言われたからには自分はいないのだからと。


 夜景が遠くに見える。このビルは市街地とは離れたところのある寂しげな場所に建っている。


 彼は大学卒業後、一度は家電販売店の正社員として働いたのだが、過大なノルマやパワハラで精神を病み一年で辞めてしまい、その後はアルバイトで食いつないできた。

 しかしここ数年の不景気と由貴の遅刻が重なりクビになってしまったのだ。


 実家に帰る金も無く、反対を押し切って実家を出た手前連絡も取っておらず、かつ公共料金も家賃も払えずに大学の奨学金も滞納、今度住んでいた部屋から退去命令、そして借金だけ残り、頼る当てもなく露頭に迷って最後にこの屋上に来た。


「こんなに真っ暗だなんて。僕の最後の死には相応しいなぁ」

 日中はここまで暗くはない。夜に来たのは初めてである。あまりの暗さに少し驚いている。


「ああ、それでいい……それでいいんだ。こういう運命なんだ」

 柵を越え、そっと目を瞑る由貴。足はガクガク震える。覚悟はできていたはずなようなのだが?


 その時だった。

「それでいいの?」

 と声がした。


「えっ」

 由貴の横に黒ずくめの長髪の女の子が立っていた。


 よく見てみると女の子の手にはかぼちゃの何か。それが仄かに光っている。

「カボチャのお化け?!」

 由貴は目を擦ってもう一度見る。

「ジャックオーランタン」


 女の子は差し出す。格好はよく見たらそれに合わせてなのか猫みたいな格好だ。しかもミニスカート。そして谷間が見える。由貴はドキッとした。目線に困る。

 しばらく女性と話してはいないからだ。そしてあまり女性に免疫がない。ダメだと思いながらも何度かちらちらと見てしまう。


「いやいや、君……なんでそこにいるんだ」

「ん、あなたこそなんでここにいるの?」

「それは……」

「ハロウィンのコスプレ撮影しにきてたんだけどさ、それは全部嘘で。カメラマンの男に暴行されて……そっから記憶がないんだ」

「うげっ……最悪だな」

「……誰か私を助けにきてくれないかな」

「このビルの中にいるってこと?」


 うん、と彼女は頷いた。


「まだここにいるってことは探せばいいんだろうけども、俺は今から……」

 と地面を見た瞬間。


「バカ、何やってるんだ!」

「わぁっ!」

 男の声が聞こえて由貴は後ろから引っ張られて柵の中に倒れ込んだ。



「いててっ、このっ。なにをする、僕はここから死のうと……ん?」

由貴は振り返ると全身ブラックスーツにサングラスを身につけた男が立ってるのに気付く。

その男はとても驚いている。

「……由貴?!」

「コウ?!」


 何故この誰も知らないような場所に数年ぶりの顔馴染みの再会があるとは。

 互いに驚く。昔との格好は違えど、暗い中だけどすぐわかった。


「由貴、こんな屋上から飛び降りようとして……」

「それはその……あっ!」

 由貴は振り返った。もう一人柵の向こうにいた女の子のことを思い出したのだ。


 だが柵の向こうには誰もいない。

「……もしかして女の子、飛び降りたんじゃ。いや、違う……どこかこの建物中に閉じ込められてるって」

 由貴は慌てて階段を降りる。

「待て、由貴。落ち着いて!」

 コウも追いかける。

「下手に電気つけるとセキュリティが作動する」

「でもここの建物の裏の窓からは入れた」

「セキュリティの穴をくぐり抜けたんだな……不法侵入だぞ」

「どうせ死ぬ予定だったから、つい」

「ついって。考え直せ。さぁこっちから行くぞ」

 由貴はコウについていくがコウこそどうやって入ったのか、自分だって不法侵入でないのか? と疑問に思いつつも一緒に降りて由貴が入った窓とは違う窓から出た。

どこまでもセキュリティに弱い建物なのだろうか。それは由貴が掃除をしていた頃から思っていたのだが。


「なんだったのか、あの子は」

「まだおまえもみえてるのか」

「うん、コウも?」

 コウはうなずいた。



 この二人は幼稚園の頃から幼馴染で、コウが投げた紙飛行機が由貴の頭にコツンと当たったことがきっかけだ。子供の頃というものはそういう些細なことでよく喧嘩があり、二人はしょっちゅう喧嘩した。


 神経質で頑固ですぐ泣いて気を引かせようとするコウに、鈍臭くて不器用な由貴がどんぐりをたくさん拾って渡して和解していた。


 そんな2人が再会したのだ。由貴はコウに抱きつく。


「な、なんだ……由貴!」

「とにかく助けてくれてありがとう!」

「死のうとしてたんだろ、満月の引き潮の時間……弱ってるお前を誰かが連れて逝こうとしたんだな。あっちの世界に、っぐうううっ!」


 ぎゅうううっと由貴はさらに抱きつく。由貴の方が背が高く、大きいためコウは苦しむ。


「苦しいっ、昔よりお前大きくなってるし、なんだこのくっさいにおい!」

「死ぬ前にと、なけなしの金で入った銭湯のボディソープの匂い……」

「どきつい」

「確か期間限定、金木犀の匂い」

「やめてくれ、匂いがうつる!」

「……たのむ! コウ。しばらく家に入れてくれないか!」

 由貴は頭を下げる。


「お前と全く連絡取れんくなって同級生からも聞かれた。お前の由貴はどうしたんだって」

「お前の由貴、て言い方」

「……僕ら仲良かったからな」

「お前の由貴。ねぇ」

「くりかえさんでもいい。おばさんに聞いても連絡取れなくなったからってもしかしたら最近流行りの神隠しかもしれんって大騒ぎしてんぞ」

「神隠しって最近ってあるのか、どちらかといえば昔やろ。それに家族とは連絡とってないし……喧嘩して出たからもう」

「……まぁ、そうだろな」

 コウはある程度事情は知っている。


「まぁ、ゆっくり話を聞こうか」

とコウが言うが由貴はお腹が空いているようだ。

「まず、何か食べようか」

「うん……」


 

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