第43話 至高のレースへ #2

 レースの六日前に、調教を兼ねて、俺はコースに入った。


 形状はトラック型。左回り。


 東京競馬場によく似ている。アップダウンが少ないというのは本当で、おそらく高低差は2メートルぐらいだろう。


 一コーナーから向こう正面まではほとんど平坦で、三コーナーに入る手前ぐらい下りに入る。それもかなりゆるやかで、コーナーが大回りなこともあって、スピードに乗りすぎることはない。


 四コーナーを回ったところで底になり、そこから昇りに入る。


 最後の直線は500メートルぐらいか。残り300のところまでで昇りは終わって、あとは平坦だ。最後はちっと下っているが、影響は少ないと思う。


 コースの幅は、50メートルを超えている。正直、30頭を横に並べるなんて無理だろと思ったが、これならいけそうだ。


 芝生の状態はいい。きれいにそろえられていて、クッションの効き具合も抜群だ。


 ここだけじゃなくて、クリドランでもネマトンプでもコースはきちんと整備されていたんだよね。ものすごく手間がかかると思うけれど、どうやっていたんだろ。馬場造園課がよほど優秀なのかね。


 ここのところ雨が降っていないので、泥で脚を取られることもない。


 好天がつづけば、最高の状態でレースができそうだ。


 チコは、芝の具合を確かめるようにして、慎重にコースを回った。


 やっぱり勝負所は、三コーナーから四コーナーだな。ここで行きすぎてしまうと、最後の直線で踏ん張りが効かなくなってしまう。慎重に周りのウマを確かめながら、ポジションをあげていく。


 直線でうまく外に出すことができれば、あとはゴールに向かって一直線だ。


 これだけコースが大きければ紛れはない。ちょっとぐらいの不利は、本当に強いウマならば、何とかしてしまう。


 真っ向勝負で、どこまで行けるか。


 チコが指示を出したので、俺は駈足で四コーナーから直線に入った。


 おう、吹きつける風が気持ちいいね。薫風って感じで、春の空気を満喫できる。


 坂を登り終えたところで、栗毛のウマがたたずんでいるのが見えた。茶の上着に、白のズボン、黒のブーツだ。


 リラックスして手綱を握る姿には、もちろん見おぼえがあるさ。


 まあ、あいつも来ているよな。


「やあ、チコ」


 ヨークは声をかけて、ウマを寄せてきた。


 その時、俺はすでに並足に落としていたから、抜き去って無視することもできなかった。まあ、チコにそのつもりはなかったけどな。


「ヨーク、もう来ていたんだ」

「十日前からね。侯爵様が今度は勝つっていきりたっていてね」

「すごいね。気合が入っている」

「ダービーだからね。このウマも何とか間に合ったし」


 知っている。


 ソーアライク。ネマトンプでいっしょに走ったあいつだ。


 あの時より、抜群にウマの出来がいい。尻の筋肉は思いきりついているし、胸前なんか割れんばかりだ。脚の動きはやわらかくて、ちょっと動かしただけで相当の能力があることがわかる。


 無理せず、フィオーノブ賞を回避して正解か。まさに頂点だ。


「君のウマもよさそうだね」

「明日、最後の調整をする。思ったよりもよくなった」

「君の方は大丈夫? 怪我の影響はない」

「平気。元々、頑丈だし」


 チコの口調は、硬かった。今までとはまるで違う。


 もちろん敏感なヨークのことだろうから気づいてはいるだろうが、表情に変化はなかった。語りかける口調も、いつものやわらかさだ。


 こいつ、やっぱりすごいな。


「そういえば、明日、こっちの騎手が集まって飲もうって話があるんだ。めったに会えない一流どころも来るよ。よかったら、どう?」

「ありがとう。でも、やめておく。あたしたちのところ手が足りないから」


 今回の遠征メンバーはワラフ、チコ、ミーナ、あとは雑用係の男の四人だった。ワラフが大所帯での移動を嫌ったためだ。大レースだからこそ、知った顔だけで遠征をこなす。それがベストと考えたようだ。


「そうか。でも、気が向いたら、声をかけてくれよ。待っているから」


 さっと手を振って、ヨークは去った。その時、チラリと俺を見たが、別段、何か話しかけることはなかった。


 チコはコースを見回すと、ゆっくりと俺を前に出す。その動きには、どこか迷いが感じられた。




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