第18話 大レースへ向けて #2


 真相が明らかになったのは、ワラフが戻ってきてからだった。彼も含めた四人で話し合いがおこなわれて、そこで、俺がフィオーノブ賞に出走できることが明らかになった。


「知っていたか。さすがだな」

「いえ。たまたまですよ。ぼくがクリソン侯爵の厩舎で話をしていたら、王宮からの使いが来て、フィオーノブ賞についての説明があったです」

「侯爵様は、王都の競馬協会とつながっているからな。事前に話をしに来たのだろう。しかし、その場にいて、きっちり話に食いついくとは。さすがに一流騎手だな」

「からかうのは、やめてくださいよ」


 ヨークが手を振り、笑い声があがる。


「それで、どうするの。フィオーノブ賞、出るの?」

「男爵様はそのつもりだ。私だって、このチャンスを逃すつもりはない。行くさ。うちのウマを天下に見せつけてやろう」


 わっと声があがって、チコとミーナは手を取り合って喜んだ。ワラフも笑みを浮かべており、ヨークも楽しそうだ。


 前にも言ったとおり、フィオーノブ賞は、俺たちの世界で言うところの皐月賞だ。


 中央競馬で行われる三歳クラシック競走の初戦。四月に行われて、ここで三冠の一冠目が決まる。激戦を勝ち抜いてきた精鋭が集い、毎年、厳しい流れのレースになる。


 俺も皐月賞は一回だけ騎乗したが、乱ペースに巻きこまれて、何もできないままに終わってしまった。ひりつくような感覚は今でもおぼえている。


 おそらく、こっちのフィオーノブ賞も同じだろう。王国の各地から集まった粒ぞろいのウマが勝利を争うことになる。先だってのソーアライクより強いウマだって出てくるはずで、激戦は必至だ。


 思わず笑みが浮かぶ。


 いいねえ。相手が強ければ強いほど燃える。


 ここは、思い切ってぶったたいてやろうぜ。


「乗り手はどうするんですか。まだミスジさん、回復していませんよね」


 尋ねたのは、ミーナだった。


 あのへぼ騎手は、俺の体当たりを受けて、腰を痛めていた。どうもぶつかりどころが悪かったらしく、いまだに杖がいるらしい。頭もふらふらするといか言っているが、それは酒の飲み過ぎだろ。


 完調までには、あと【二月/ふたつき】ほどかかるらしいから、フィオーノブ賞には間に合わない。


 かといって、チコと言うのもむずかしい。


 あの後、ネマトンプ開催が終わるまで乗っていたか、三つ勝つのが精一杯だった。


 男爵様の馬に乗ったときは五着にも届かなかった。ウマの能力が純粋に足りていないように感じられるが、あの男爵様はそうは思うまい。


 となると、こいつか。


 俺がじろりと見ると、ヨークは両手を振った。


「はは。ぼくは乗らないよ。君とは相性が悪そうだ」


 おう。わかっているじゃねえか。もし指名されたら、早々に振り落としてやる。


 俺たちのやりとりを見て、ミーヤが顔をしかめた。


「何、わかりあっているの。変なの」


 確かに。何かムカつく。


「それじゃあ、別の人ですか」

「いや、男爵様にお願いして、チコのままで行くことにした。この間のレースがよかったからな」

「それじゃあ……」

「フィオーノブ賞は、まかせたぞ」


 チコは力強くうなずいた。その手は強く握りしめられている。


 これは、すげえや。ワラフのじいさま、よく押し切ったな。


 まあ、他にいい乗り手がいなかったんだろうが、の新人をクラシックレースに乗せるなんて、ほとんどありえないことだ。俺たちの世界だって、数えるぐらいしかいないぜ。


 こいつは大チャンスだ。きっちり名前を売れば、一流の仲間入りができるぞ。


 それがわかっているのか、興奮でチコの頬は真っ赤だった。気合がみなぎっている。


「それじゃあ、レースではライバルだ。よろしく頼むよ」

「ヨークも乗るんだ。やっぱりソーアライク?」

「いや、別のウマになると思う。ソーアライクは、王国ダービーを目指すんじゃないかな」


 おい、ちょっと待て。


 今、ダービーって言ったか。


 聞き間違いか。いや、違うな。確かに言っている。


 春に三歳の頂上を決めるレースがあるとは聞いていたが、まさか、それがダービーとは。驚きだね。


 たまたま同じ言い方なのか。それとも、俺の頭の中で、そういう風に変換されたのか。まあ、頂点なんだから、同じ考え方になってもおかしくはねえわな。


 前にも言ったが、ダービーは特別なレースなんだよ。


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