第37話 夜の魔女の思惑
「魔女…?吸血鬼なんじゃ……」
フウは今起きていることが理解が出来なかった。
突然現れたシュビィの風貌はいつも見ていたものとは変わっており、そして何よりもクラマを吹き飛ばしてしまうほどの威力を持った技を使ったからだ。
シュビィは困惑しているフウを見て近づき、血を流す患部に触れる。
そして血を操作して止血した。
「とりあえずこれで失血死することは無いわ?邪魔にだけはならないようにしてよ?」
「ちょ、ちょっと待ってくれ!あれはなんだ!一体何が起きて…」
「うふふ…知りたいわよね?教えてあげる」
「私の名前はシュビィ·ワルプルギス。魔界の頂点に君臨するいわば魔王よ」
「種族は魔族。まぁ正確に言うと吸血魔人族っていうのになるんだけどね?」
「まぁ、色々聞きたいことがあるだろうけども簡潔に私の目的を話すわ?」
「私の目的は、翔ちゃんを魔王にすること」
「そのためには人を辞めてもらわないといけないの。彼の本当の能力を使う為には人間のままでは器が足りない」
シュビィは嬉しそうに話す。
「翔を魔王に…?一体なんの為に?」
フウがそう聞くと、シュビィはニヤリと笑みを浮かべる。
「…私はね尽くされるより尽くしたいタイプなの」
「私は自分より強い男に仕えたかった」
「…は?」
「でもね?私の世界では私より強い男なんていない。だから、私は自分より強くなる可能性のある男を探していた」
「そして見つけたのが翔ちゃんだった。でも、彼は人間のままでは私より強くなれない…だから、人をやめてもらうことにしたのよ」
「結構苦労したのよ?私の血や魔力を少しずつ彼に浸透させて身体に慣れさせて、最後は1度死んで空っぽになった状態の彼に私の魔力を一気に流し込んで身体を作り替える」
「思ってたよりもこの世界は平和で時間がかかったわ?」
そこまで話したシュビィにフウは掴みかかった。
そしてふらつく身体で立ち上がりにらみつける。
「自分より強い男を探していた…?」
「そんな事のために翔を1度殺したのか!!!」
「そんな事のために人を辞めさせたのか!!!」
シュビィはその手を払い除けてため息をついた。
「はぁ…あのねぇ、私はちゃんと翔ちゃんに聞いた上でやってるの」
「私は彼を私より強くしたい。彼は強くなりたい。利害の一致、いえ、最早運命と言うべきかしら?」
そう言って翔の方を見て「順調ね」と言いながら嬉しそうに笑う。
「大丈夫よ。彼が完成すれば、あのクラマとかいう骨如きに負ける筈が……」
その言葉が掻き消えるような大きな爆発音が聞こえた。
その爆発音と共にクラマがこちらへと向かってきていた。
「ま、あまりほかの世界の事象に干渉しすぎるのは良くないのだけれども……」
「私の未来の主が誕生するまでの間の時間稼ぎぐらいなら許されるわよね?」
「フウちゃんは下がってなさい?巻き込まれたくなければ」
そう言ってシュビィは多種多様な色をした魔法陣を展開する。
「
「
「
「
「
「術式展開」
「
その言葉と共に様々な属性の魔法陣が展開される。シュビィはその中から火の魔法陣へ手を入れ、燃え盛る大剣のようなものを手にする。
「さぁ、少しだけ遊んであげる」
「随分と舐められたものですね!!!」
クラマ身体の一部を黒い炎を纏わせて突っ込んできたのを、シュビィは燃え盛る剣で受ける。
クラマがそのまま後ろからありとあらゆる属性を付与した、骨の破片を飛ばす。
シュビィはそれを気にすることなく、剣を振るう。
クラマはその剣を手で受けているが、歪むことない顔がどこか苦しそうに見える。
絶え間なく飛ばしている破片は、1部は夜に飲み込まれ、1部は土に埋められ、1部は風で吹き飛ばされ、1部は雷で粉々にされ、1部は水で受け流される。
(なんだこれは…自動で動いているのか…?そうじゃなければ、彼女はたった1人でこの数を同時に動かしているというのですか…?)
「化け物め…!」
「あなたに言われたくないわね!!」
火の大剣を振り下ろし、クラマは後ろに下がる。
「この火…消えないわね」
シュビィは火の剣についた黒い炎が消えないことに気づき、手放して魔法陣に戻す。
クラマは体を揺らし笑うような仕草をした。
「これは私の妖術、《怨念》というものです」
「怨み、辛み、憎しみ、そのような負の感情を炎へ変換し敵を焼き尽くすというもの」
「普段であればそれほどですが、この場には死者の残穢が色濃く残っているのでね。怨念が色濃く見える」
「この憎しみの炎は1度触れれば、焼き尽くすまで消すことが出来ない。つまりは触れれば終わりのまさに一撃必殺といった所でしょうか……」
「ふーん…?」
シュビィはニヤニヤと笑った。それが少し腹が立ったのか、少し苛立ったようにクラマが言った。
「何が面白いのでしょうか」
「いや?その程度の物を嬉々として話すあなたが滑稽に見えてね?」
「なんですって…?」
「だってそんなもの……」
シュビィは火の魔法陣に触れた。
すると、その火の魔法陣はどんどん黒くなっていく
「術式変換」
「
黒い炎を纏った剣を出す。
「なっ……!」
クラマは驚愕した。まさか、相手も同じ炎を使えるなんて思いもしてなかったからだ。
「さて、私の主はもう少しかかりそうだし、その間楽しませてね?♡」
─────────────────────
何も見えない、ここはどこかもわからない。ただ暗く、どこまでも沈んでいくかのような感覚に翔はおそわれる。
(あぁ…俺って死んだのかなぁ……)
翔はそんなことを考えながら、暗闇の中を落ちていく。
だが、この暗闇には何故か見覚えがあった。
翔は止まろうとする思考を動かしていく。
「ここ、シュビィと初めて喋ったとこだ」
「てことは俺はまだ………」
翔は暗闇の中をもがくように動きながら、シュビィを呼ぶ。
「おい!シュビィ!聞こえてんのか!俺はどうなったんだよ!フウは?!今何が起こってんだよ!!」
しかし、返答が返ってくることもなくどれだけもがいても沈んでいく一方だった。
「くっそ……俺はまだ死ねねぇ!死にたくねぇ!俺はまだ何も返せてねぇ!!」
「こんなところで死んでたまるかよ!!!!」
沈みゆくことに抗いながら、翔は必死に叫ぶ。
すると、シュビィではない誰かの声が暗闇に響く。
『これが我らが王が仕えようとしている者か?』
『んだこいつ、まだクソガキじゃん』
『でもこの坊や結構可愛い顔してるわ?』
『今そんな話どうでもいいでしょうに……』
『てか、魔王様は?なんでいないの?』
『どうせいつもの癖よ癖。あの人いっつもどっかいっちゃうんだから……』
『それは我らが主への冒涜か?』
『あははー出た〜魔王様絶対主義者。あんたかったいんだよ。もっと楽して生きてこうよ』
「なんだこれ…色んなやつの声が…?」
翔は突然き声出した声に困惑する。
多種多様な声は口々に好き勝手話しているだけで、一体誰が誰なのか分からない。
その中で一際歳を取っていそうな声をした者が全員を静止させる。
『無駄口ばかり叩くな。今はこの童を見定めに来たのだから』
『あ、長老が来た長老』
『じゃ、おじいちゃん来たし、俺らは一旦引っ込む?』
『そーね。そうしましょう』
そしてその言葉を皮切りに大量に聞こえていた声は止み、老人の声のみとなった。
『さて、童。貴様が我らが王の主となるものか?』
「王…?主…?全然話がわかんねぇし、まずおじいちゃん一体誰なんだよ…」
『我は我らが魔界を統治する王、シュビィ様に仕えるものだ』
『貴様に問うはただひとつ、貴様は力をどう使う』
『圧倒的力を手にした貴様は何を望む』
「一体何の話を──」
『いいから答えよ』
その老人は翔の話を遮って、答えを聞く。
(俺の…願い…)
「お、俺はその力をみんなの為に使って、みんなを守りた──」
『そんな建前など聞いていない』
その老人は翔の言葉をまたもや遮る。
『貴様の力は貴様の為にある。他者に使うためにあるのでは無い』
『貴様は力を使って何がしたい。人を守ることが貴様が持つ最も大きい欲なのか?それは他者を守って感謝されることに優越感を感じているからなのでは無いか?』
「ち、違う!!!」
『ならなぜ力を欲する』
「俺は、俺は……」
昔から漠然的にずっと強くなりたかった。なり方なんてなんでもいい、強くさえなれればそれでいい。
なぜだか分からないがずっと強くなりたかった。
強くさえあれば、あの時凛を助けたのは自分だった。強くさえあれば祖父を殺されることは無かった。強くさえあればフウの足でまといになることも無かった。
強くさえあれば……
「俺は…窮屈なんだ」
翔は今まで感じた全ての感情をゆっくりと言葉にしていく。
「強ければ、嫌な事は嫌だと跳ね除けて、好きな事ばかりやって、好きやつと楽しく遊んで暮らして、嫌な奴はぶっ飛ばして……」
「強ければ、自分が守りたいと思う人達だってもっと多く、もっと簡単に守れる」
「手が届く届かないなんて考えたくない。俺は俺が守りたいと思った人達全員守って、気に食わないと思ったヤツらは全員ぶっ飛ばしたい」
「それぐらい自由に生きたい」
「その為に俺は強くなりたいんだ。力が欲しいんだ」
これが自分の本心。最高の我儘、自分の快・不快を指針に生きたいという私利私欲な浅ましく醜い感情。
それを聞いた老人は嬉しそうに笑う。
『なるほど…それが貴様の本心か』
「悪いかよ」
『いや?それでいい』
『魔王と言うのは、普通の王とは違う』
『どこまでも身勝手、圧倒的なまでに我儘』
『だが、それを押し通してしまうほどの圧倒的カリスマ性と力を持つ』
『魔王とはどこまでも欲深く無ければならない』
『その無理難題だと思う欲望を抱き、それを叶えてしまう程の力を持つ者に我々魔物は惹かれてしまうのだ』
沈むだけだった身体が突然浮き上がっていく。
背中を手で後ろから押し上げられるような感覚になる。
「なんだ?!一体なんなんだよ!!」
『いいだろう。貴様には我らが王として認めるだけの素質がある』
『我らを使え。そして我らに貴様の強さを証明しろ』
『貴様の本当の能力の名は────』
────────────────────
「はぁ…はぁ…」
「その程度なの?張り合いがないわ」
疲労することないクラマが明らかに疲弊していたが、シュビィはと言うと無傷そして息ひとつ上がっていない。
「強すぎるだろ…」
フウは驚いてた。クラマと自分の相性が悪いとはいえ、あの場で焦りさえしなければ負けることはなかった。だが、ここまでの圧倒的に勝つ事は不可能で、何しろコンでさえも無理なのではないかと思う。
それほどまでにシュビィは強く、まだ全力では無い事にもはや恐怖を覚えた。
「早くトドメをさせよ!!お前なら勝てるだろ?!」
フウはシュビィにそう叫ぶ。
だが、シュビィは首を振る。
「干渉しすぎるとダメなのよ。後、これを倒すのは私では意味が無いの」
「こいつは翔ちゃんが倒すのよ」
クラマはそれを聞いて笑った。
「私を?あの人間が?どうやら勘違いをしているようだ…」
「確かにあなたは強い。だが、なにやら事情があるようだ」
「あなたであれば私を倒せるでしょう。ですが、あの人間がどれだけ強くなろうと、私に勝つことが有り得ない」
「ふふ、それは試して見ればわかるんじゃない?」
その時、翔を包んでいた黒い繭が割れる。
「来た…きたきたきたきた!!!!」
「遂に!遂になったのね!!」
繭がどんどん割れていき、中から吹き出すなにかにクラマは身体を震わせる。
(この私が…恐怖…?)
(なんだこれは。妖術なのか…?いや、違う!)
「こんなもの、こんなもの私は知らない!!」
「あれはなんだ!人でもない、あやかしでもない!妖力がまるで感じられない!!」
「だが、なんなんだこのプレッシャーは!!」
クラマは明らかに狼狽える。
フウはわれていく繭から目を離せない。
「あれは本当に翔なのか…?」
「妖力では無い何かが…」
その中でただ1人だけ今にも踊り出しそうな程に嬉々としてシュビィは笑う。
「あぁ…翔ちゃん。成ったのね…」
「この魔力量…私なんかよりもずっと…!!」
「さぁ見せてちょうだい!私が仕える貴方の力を!!」
「あなたの本当の能力、《魔王》の力を!!」
繭が完全に割れ中から出てきた翔の身体は、頭からは角を生やし、両目は完全に赤く光り、背からはその背丈には似合わぬ程の大きな翼を生やし、手足が黒い外殻のようなものに覆われている。
『悪魔』そう呼ばれても変わらぬ様相をした翔からはシュビィすらも凌ぐ程の強大な魔力を放っていた。
今宵は、満月。真夜中まで残り数刻……
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