第23話 最恐のあやかし

人狼の襲撃から数日経ち、この日は僕達を受け入れたことを示す宴会が行われていた。


「おいもっと酒持ってこい!村を救ってくれた御方達と、今後の俺たちへの祝杯をあげるんだよ!!」


「まさか人間に本当に妖術が使えるなんてなぁ……」


「これがあればあやかしに怯えずに済む!本当にあの人達には感謝だな!!」


「あんた最初はずっと疑ってたじゃない。手のひら返しがはやいわね〜」


「そ、そういうおまえだって最初は疑ってたじゃねぇか!」


そんな村人たちの声が聞こえてくる。

僕達は、この数日間はまずは隼人にのみ妖術の使い方を教えた。そして隼人は覚えがかなり良かったのと、妖術の本質が自然系だった事も相まって、かなりのスピードで使い方を覚えた。


とは言っても、まだ妖力を感じ取ってそれを形にする事ぐらいしかできず、戦闘に使える程の実力にはまだ程遠いが、「人間が使える」この事実が村人を安心させ、僕らを信用するには充分すぎるものだった。


「翔の妖術は羨ましいねぇ…あんな可愛い女の子を呼び出せるなんて。」


「俺もそんな妖術使えたらいいな〜」


「な、なぁ翔どうやったら使える?!俺ら友達だろ!」


「妖術は元々の才能みたいなもんだから、んな事言われても困るだけど……」


「なら、俺たちにシュビィちゃんと是非お近づきになれるチャンスを……!」


「えぇ……」


「私は翔ちゃんだけのものだから口説くにはあと1000年は早いわ坊や♡」


「お前も変なこと言うんじゃねぇ!おいそこ!なんで泣いてんだ!」


翔とシュビィは同年代ぐらいの村人たちに絡まれている。

確かにあいつは見た目だけならこの世界にはいない風貌をしているから、興味を惹かれるのは分からなくもない。だが、きっと妖力を感じられるようになったらあいつの異質な妖力に違う意味で引いてしまうに違いない。


「フウさん!あんたおもしれぇな!ほらこれも美味いんだ食ってくれ!」


「まじか!おっさんありがと〜!うっわくそ美味ぇじゃん!」


「まさかあやかしにこんなにも話やすい奴がいるんて思いもしなかったなぁ……」


「いやいや、全くだ!」


「しかも、よく見ればかっこいいかも…?ね、ねぇ、フウさん?ちょっとそのお面の下見せてくれたりとか…」


「ん〜?天狗の素顔を見せるのは最上級の信頼の証だから、もっと仲良くなったらな!あと、このお面は大事なもんだからあんまり外したくないんだよ〜ごめんな〜?」


「そ、そうなんですね…!ごめんなさい…!」


「な、なんて爽やかな笑顔……か、かっこいい…」


フウは相変わらずの人たらし力で完全に村人達と馴染んでいた。というか妖術を使える事が信用する為の1歩程度で、このような宴会を開かれる程にあやかしへ歩み寄って貰えたのはあいつの人柄のおかげとしか言えない。


とまぁ、ざっと周りを見ていた僕はと言うと…


「フウさんはいい人な感じするし、あの方もきっといい方なんだろうけど、話しかけずらいよな……」


「見た目は子供なのに、謎の威圧感が……」


「な、なんか睨んでる…?」


「フウさんいわく優しくていい人らしいけど、そう見えないよなぁ……」


まぁ、こんな風に遠巻きから眺められている感じである。まぁそれでもいいのだが、別に僕は仲良くしたいなんて思っていない。


「あ、いた!コン様コン様!これ美味しいですよ!一緒に食べましょう!」


色んな所に呼び出され謝罪を受けていた凛がこちらへと駆け寄ってくる。


「ああ、頂こう。」


「……コン様もしかして緊張してます?」


僕は飲んでいた酒を吹き出した。


「な、な、なんで僕が緊張なんか…!」


「だってこんなに人に囲まれてご飯食べることなんてあまりなかったのでは?というか、みんなとどうやって話したらいいかわかんないじゃないですか??」


「い、いやそんな事は……」


「私に任せてください!ちょっと待っててくださいね!」


そう言って凛は村人達の方を向いて、大声をだす。


「みなさん聞いてください!コン様はちょっと人と話すのが苦手なだけで、とてもお優しい方なんです!今も皆さんと話したいけど、どうしていいかわかんないだけなんですよ!!」

「ほら、今はこんなにもキリっとした顔をされてますが、寝起きのコン様なんてとてもクシャッとした顔をしていて、とてもかわいら─」


「お前は何を言っているんだ!やめろ!ほんっとにやめろ!!!」


僕は慌てて凛の口元を手で塞ぎ、これ以上何も言わないようにした。


「寝起きの話なんて絶対にいらないだろう!なにを考えて話し出したんだお前は!」


「むー!むー!!ぷはっ!なんで、止めるんですか!私はコン様が怖がられないように可愛い所もあるんですよって言おうと思っただけです!」


「僕は別に可愛くない!恥ずかしいからやめろほんとに!」


僕らがそんなやり取りをしていると、周りの村人が笑いながらこちらへと歩いてきた。


「なんだ、話したかったんですね。僕らもなんでこっち来て一緒にお酒飲みましょうよ。」


「そうですそうです!私達が誤解して沢山言われのないことを言ったことを謝らせてください!」


そう言って空になった僕のコップにお酒をついでくれる。


「謝罪など要らん。そんなに話したいのなら話してやろう。」


そう言って恥ずかしさを吹き飛ばすように、コップのお酒をぐいっと一気に飲み干す。


「こんな言い方してますけど、耳をピンッと立てているので、コン様はすっごく喜んで──」


「あぁ、もう黙れ黙れ!お前は喋るな!!」


その日の宴会は、人間とあやかしが初めて同じ食卓を囲んだ歴史的瞬間であり、のちに「人類と妖の共宴の日」と語られたのだった。


─────────────────────


「コン殿、フウ殿こちらへ。」


宴会のお祭り騒ぎも次第に落ち着いて、僕達はもう一度村長の家へと呼び出された。

中には凛の両親2人と、隼人そしてその隣には奥さんと思われる女性が座っている。

その女性は僕らを見るなり、こちらへと来て手を取り目を輝かせる。


「お会いできて光栄です!この度は本当にうちの翔をあそこまで立派に育てて頂きありがとうございます…!私、翔の母の舞と申します!」


「あ、あぁ特に僕は何もしてない。翔の実際的な師匠はフウだから……」


「なるほど、そうなんですね!ですが、聞けば人狼に襲われる寸前の翔を救い、妖術の修行をするよう指示したのはコンさんなんですよね??それならあなた達ふたりが私の大事な息子の恩人で──」


「おい、舞…あまりグイグイいくんじゃない。見てみろ、コンさん困ってるじゃないか。」


見かねた隼人が止めに入る。


「あら、ごめんなさいね。ついつい嬉しくなっちゃって……」


そう言って隼人の横にもう一度座り直す。

僕は1つ咳払いをして、座っている村長へと目を向ける。


「さて、顔ぶれ的に一緒に酒を酌み交わすわけではないようだ。何が聞きたい。」


僕がそう言うと、村長は一息着くように水を飲み、口を開く。


「まず、この村を救って頂きありがとうございます。」

「そして、我々人間にもあやかしに対抗ができる可能性を見出して頂けたことも。」

「ですが、ひとつ聞きたいことがあります。それはあの人狼達の襲撃です。貴方があの神社へとお住まいなられてから約200年程、1度たりとも起きなかった白昼の襲撃がなぜこのタイミングで…」

「どうやらなあなた方は何か知っているようだ。それを話して貰えない限り、この村を治めているものとして、信用を置くことはできません。」


村長はそう言ってこちらへ一直線に視線を向ける。僕はそんな村長を真っ直ぐ見つめたまま言った。


「確定は出来ないが、もしかするとという話はある。それでもいいなら話したいが、この話をするのではあれば翔と凛もこの場に呼んで欲しい。あの二人は聞いておくべき話だからな。」


─────────────────────


「さて、揃った所で話すがこれはあくまで可能性の話だ。」


僕は凛達を一瞥して、ゆっくりと話し出す。


「恐らくこの襲撃にはあるあやかしが関係している。翔には分かると思うが、あの人狼たちは感じたことの無い妖力を纏っていたはずだ。」


翔は静かに首を縦に降った。


「うん、あいつらは全員変な妖力を纏ってた。なんか、まるで何かが覆い被さってるみたいな変な感じ。」


「あれは僕らと同じ最上級のあやかし『八岐大蛇』のハクの妖力だ。あいつの妖術の本質は《恐怖》、あいつに恐怖した者はあいつの呪縛に囚われ身体の自由を奪われたり、言葉を奪われたり、恐怖する深度によってはあのように意のままに操ることも可能な恐ろしい妖術だ。」


僕の言葉に、フウ以外のこの場にいるものはザワつく。

その中でも翔と凛は落ち着いた顔をして、こちらへと向く。


「なんで、あの妖力がそのハクというものの妖力だと分かるんですか?」


その問いには僕の代わりにフウが答えた。


「あいつは昔、コンに喧嘩を売ったんだよ。現状恐らく最上級の中で最も力を持っているのは、恐らくコンだ。そのコンに対して『貴様が が最強なら、私は最恐なのだよ』とか何とか言ってさ?その時は返り討ちにされたんだが……」

「人間の昔の伝承に村ひとつから一夜にして人間が消えた事件あったろ?あれはあの蛇が能力で操って自分のところに呼び出した後に、全部喰っちまったんだ。コンに勝つ為にな。」


「けど、あいつの能力はコンがあいつ自身に恐怖しないと通用しないから、当然勝てるはずもなく、人間を私利私欲の為に大量に喰った蛇ににコンは大激怒、あいつは跡形もなく消し炭にされたはずだった。」


フウはそこまで話して一区切りをつけるように、水を飲んだ。僕以外がその続きに息を飲む。


「『八岐大蛇』は8つの首を持つと言うだろ?あれは半分嘘で半分マジなんだよ。あいつは首を8つ持ってるんじゃなくて、魂を8つに分けることが出来る。おそらくコンと戦う前に予め分けておいて、死んだ時にその魂を核に蘇ったんだろうよ。」


「い、いやいやそんな事できんのかよ。体は無いのに、どうやって生き延びて……」


翔達はフウが言っている意味が理解できないようで、困惑の表情を浮かべる。


「まぁ、人間には理解できないムズい話だけど、魂がその者の核であって全てだ。肉体なんてその魂を入れて生活するためのただの依り代でしかない。」

「魂さえ綺麗に生き残ってれば、理論上は蘇れるんだよ。まぁ普通は肉体とともに滅びるから無理だけどな〜」

「しかもあいつの妖術の性質上、最も魂に干渉することに長けてる能力だ。なんせ、相手の恐怖心とかいう心情的なものを対象に相手を縛るんだからな。」


「ちょっと難しいか?」フウはそう言って苦笑した。


「しかも多分向こうにはもう1人いるしな。もしそいつが加担してるなら、信憑性がさらに増す。」


「ま、まだいるんですか……」


村長が怯えながら声を震わせる。


「もう1人の最上級あやかし『餓者髑髏』のクラマ、あいつの妖術の本質は超異質だ。なんせ自然系でも言霊系でも無い。特異体質系の《骨》骨をほぼ無限に生成、膨張、変質させることが出来る能力だ。あれの方がやばい。」

「でも、あいつがいれば1人分の身体の骨格を作るのとかは簡単だからな。多分いるだろ向こうに。」


フウの一通りを聞いた彼らは完全に黙ってしまった。おそらく怖がらせてしまったのだろう。

だが、凛だけは僕の方に向いた。


「あの、コン様?その2人のことはわかりましたが、妖術が2つ持っていた説明がまだされてないんですが……」


「そ、そうだぜ。あの人狼たちヴォルグの妖術使ってたんだ。あんなのどうやって……」


「それは俺も気になってた。しかもなんか見当がついてるんだろ?」


翔とフウも凛に続いて疑問を零す。他の者たちがなんの話をしているのか分からないのか困惑の表情を浮かべる。


「それに関しては完全に僕の憶測だ。それでもいいなら話そう。」


その3人と他の者たちも含め全員がコクンと首を縦に振る。


「あの蛇は相手の魂に干渉を可能とする妖術を使う。そして妖術とは魂に刻み込まれている代物だ。もしあいつが、魂から妖術のみを引き抜いてそれを付け加える技術を持っていたとしたら……」

「なんせ、あいつの《恐怖》の力は未知数だ。制約が厳しい分それをクリアした場合何をどこまで出来るのかは僕らには分からない。だからこれはあくまでも僕の憶測だ。」


「おいおい、なんでもありじゃねぇかあいつの能力はよ……」


フウは額を押えて完全にお手上げ状態のようだ。


「あくまでも可能性の話だ。だが、もしそんなことが出来るのなら、ココ最近の異変全てに辻褄が合う。」

「ダイダラボッチの件はおそらく実験の一貫だろう。今回の襲撃も威力偵察みたいなものだと思う。」


「い、いやいやそうだとしてもなんの為に……」


翔が声を震わせて、僕へと問いかける。


「考えたくは無いが、恐らく僕への再戦だ。」

「前の戦闘も僕の能力の底を知るためのものだとすると、今回は本気で僕を殺しにくるんじゃないか?」


僕の言葉に全員が黙ってしまった。それもそうだ、今回の黒幕は僕たちと同等の力を持つあやかしが2体も関連しているのだ。恐らくあいつらふたりが本気でこの村を潰しに来た時、僕とフウが2人で全力で守ったとしても、無傷で終わらせるのははっきりいって不可能だ。

それほどまでに相手は強い。それでも……


「そんな顔するな、僕は負けない。絶対に。」


僕の言葉にフウ以外の者は少し安堵したが、まだ完全に不安を拭えたわけではないような顔していた。フウはこっちを見てニヤニヤしている。ちょっと鬱陶しい。


「だが、もしもの事を考えて村のものたちにはある程度のあやかしを追い払えるほどの力をつけて欲しい。」


「ああ、わかった。この村を村全体で守れるように強くなってみせるさ。」


隼人が力強い口調で頷いた。


「そして翔は、ここからは僕が修行を付けよう。近接戦闘はある程度身についたように見える。ここからは更に緻密な妖力の操作を習得してもらう。」

「フウには村の方の修行を頼みたいしな。生憎僕は初歩的な物を教えるのが上手くないが、翔ぐらいの実力者を教えるなら、僕にもできる。」

「お前はこちら側が切れる最後の切り札だ。人間でここまで強い奴がいることはあいつも想定外だろう。僕らと並んで戦えるレベルまでには強くなって貰わねば困る。」

「なんせお前の妖術の本質の《召喚》だって未知数であり、何ができるのかは曖昧だからな。」


「俺は人間の修行つければいいんだな〜りょーかい!」


「コン達と並んで……!おう、任せろ!絶対強くなってやるよ!」


フウは飄々としたように受け答えし、翔はどこか嬉しそうに拳を握り声を張り上げる。

その横の凛はこちらに向いて僕に問いかける。


「わ、私はどうすればいいですか…?」


僕は凛の方を見て少し微笑みながら頭を撫でる。


「そんな心配そうな顔をするな。そうだな…当分は村で暮らせ。僕と翔は神社に戻るが、ここにはフウもいるし安心だ。」

「お前の妖力が向こうにバレていたら確実に狙われる。この村にも結界を展開しておくからこの村で大人しくしてくれ。わかったか?」


「は、はい。わ、わかりました…。」


何故か凛は少し頬を赤らめて俯く。何故だ?僕は今変なことをしただろうか…?


「あいつやっぱ凛にだけ異常に優しくしてるの自分で気づいてないっぽいよな…」


「コンちゃんのいい所であり良くない所よね。ねぇ、翔ちゃん私もあんなふうに頭撫でて微笑みかけて欲しいわ?」


「うわ?!お前突然出てくんなよ…!見ろよ、村長なんか今の会話でもキャパオーバー起こしてたのに、お前が影から出てきたの見てまた気絶したぞ!」


翔とシュビィがなにやら話していたみたいだが最後の方しか聞こえず、村長を見て見ると魂が抜けたかのような顔をしていた。

蛇達の狙いは明確では無いが、おそらく近いうちに仕掛けてくるだろう。

こちらもできる限りの事はしておいた方がいい。


「翔、行くぞ。」


僕は立ち上がり、翔を呼びながら村長の家を後にする。


「言っておくが、僕の修行はフウとは比べ物にならないぐらい困難で厳しいぞ?」


その言葉に翔はニヤッと笑った。


「何でもかかってこいよ!強くなれるならなんだってしてやる…!」


「さっすが私の翔ちゃん♡私ももっとあなたに強くなってもらいたいわ?早く貴方に全てを使って欲しいもの。」


翔とシュビィはそう言って僕の後ろを着いてきた。


「そうか。では、神社へ戻ろう。」

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