第20話 帰郷

「ヒソヒソ……」


村長に連れられて中へと案内されたものの、やはり少し居心地が悪い。

周りの村人は家の中にいるものの、こちらを見ては怪訝そうな顔を向けている。


「こ、こちらが私の家ですが……」


「そうか。」


「お邪魔しま〜す。」


僕とフウは家の中に入っていった。翔はと言うと家に親をを呼んでくるといってどこかに行ってしまった。

凛はと言うと、ニコニコとしながら僕らの間へと座った。きっと、仲がいいということをアピールするためにあえて近くに座ったのだろう。


「そ、それで凛ちゃん、どうして君は生きているんだい?」


村長は未だ信じられないといった顔で、凛をまじまじと見る。


「単純にコン様が優しかったからですよ?」

「それと人を食べないのと、人間の食事の方が好きだからだそうです。」


「ほ、他の村の生贄達はいったい……」


「それはいつもどこかの村に送っていたらしいですよ?寿命や、ほかの理由で死んでしまった人とはどうすることも出来ないけど、生きている人なら呼び戻せるらしいです。」


「そうですよね?」そう言って、凛は僕の方を向いた。僕は静かに頷いた。

それに恐る恐る僕の方を向き声を震わせながら言った。


「な、なぜこちらに返してはくれなかったのですか……」


「……君たちは、もし僕が返していたらその生贄をどうした?」


「ど、どうしたと言われましても……」


「何か起こった時に、その生贄のせいにするのでは無いのか?」


「そ、そんな事は…!」


そこまで声を出して、村長は口を紡いだ。恐らく心当たりがあるのかもしれない。


「僕はそういった人間を見てきた、だから、返さなかった。それだけだ。」

「そもそも僕は人間の生贄を欲した事はない。ある時お前たちが勝手に持ってきただけだ。」


「そう…ですか…」


村長は顔を伏せ、何か言いたいこともありたげな顔していたが、言い出せずに伏せてしまった。


「連れてきたぞ!!」


その言葉と同時に扉が開き、翔を含め3人の人間をつれて来た。

後ろにいた人間を見た途端に凛は勢いよく立ち上がった。

そして後ろにたっていた人間は凛を見るやいなや、こちらへと飛び出し、凛を抱きしめる。


「ほんとうに生きてたんだな……凛…!」


「あぁ…本当に本当に良かった…大きくなったわね…凛ちゃん…!」


「お父さん…お母さん…!」


凛が親と呼んだそのふたりはそれを聞くなり、泣き出してしまった。


─────────────────────


「この度は凛を生かして頂きありがとうございました。」


凛の父と母はこちらに向けて頭を下げる。


「おひとつお聞きしたいのですが、なぜ他の生贄はどこかに送っていたのに、凛だけはそばに置いていたのですか?」


凛の母は顔を少しあげて、こちらに恐る恐ると言うように見る。


「なぜと言われてもな……こいつが住み着いてしまったのと、こいつのいる生活に僕自身が好ましいと思った…というのが理由になるのか…?」


「あとはこいつの作る飯が美味かった。」


「うんうん、もう凛ちゃんの飯がない生活とか考えらんないよな〜。」


僕がそう言うと、フウは横で頷いた。それを見た母と父は驚いたような、どこか肩の力が抜けたような顔をしてたが、村長は驚愕の顔を浮かべる。


「あやかしが…人間の食事を…?」


「?なんだ、もしかして知らないのか?俺たちあやかしは人間の飯が超好きだぞ?」


「1部だがな。」


凛と翔以外は信じられないものを見るかのような顔をしていた。

村長の方は一向に信じられないと言うような様子だが、凛の両親達は凛の顔をみてからニッコリと微笑んだ。


「にわかに信じ難い話ですが、凛ちゃんの顔を見るに、この数年間は何不自由なく生活していたようですね。私の名前は優夏と申します。」


そう言って頭を下げた。

それを見た父の方もこちらを見て言った。


「娘がとても楽しく暮らしていたのが、顔を見れば分かります。私の名前は暮人、本当にありがとうございます。」


そう言って母親同様に頭を下げた。


「別に僕は何もしていない、寧ろ彼女には感謝しているぐらいだ。頭を上げてくれ、僕は下げられるほど何かした記憶は無い。」


「そうそうこいつはなんっもしてない、してたのは凛ちゃんだから。」


「凛はコンのお世話係だもんな〜。」


「はい!お世話してました!!」


「おい、お前ら余計なこと言うんじゃない!!」


僕らのいつも通りの会話を見て、両親は微笑ましく笑い、村長は自分の理解の完全の外の風景にもはやよく分からない顔をしていた。


「ありえない……人間とあやかしがこんなにも……」


そのままよろよろと歩きながら、奥の方へ行ってしまった。


「家主がどこかへ行ってしまったが、僕らはどうすればいい?」


僕がそう言うと、凛の両親は僕の方を見て言った。


「それなら、私達の家に!是非ともご馳走させてください!」


「えぇ、うんっと美味しいご飯を作りますね。」


その言葉を聞いた凜が、嬉しそうな顔をして笑った。


「久しぶりのお母さんのご飯…。コン様、お母さんのご飯はとっても美味しいですよ?なんせ私のお母さんですからね!」


「そうか、それは楽しみだ。では、お言葉に甘えさせて頂こう。だが、その前に…」


僕はどうしてもひとつ聞きたいことがあった。


「なぜ凜を生贄として送ることを承諾したんだ?」


「そ、それは……」


両親共々苦い顔をして俯いてしまった。どうやら何か事情がありそうだ。


「私から志願したんです!お母さんたちは最後まで反対してたけど、ほかの人たちは賛成で、私も自分から行くといったのもあって、それで……」


「なるほど、ではなぜ自分から志願したんだ?」


「それは、えっと……」


自分から志願したという理由には、何となく理解ができる。最初の僕に対しての態度は生贄として嫌々連れてこられたにしては、とても元気だったのと、僕に対しての態度もおかしかった。

もしかすると、喰われることが無いのを前もって知っていたからなのかと考えていたぐらいだ。まぁただの僕の憶測だが……


「ま、まぁいいだろ?とりあえず凛の家に行こうぜ?」


翔はどこか上擦った声を出しながら、外へと促す。

それに続いて、外に出ると前には数人の村人たちがたっていた。

僕とフウを見るや嫌な顔をして、それ以上に凛を見て憎悪の目を向ける。


「なんだ?なんでそんな顔で凛ちゃんを──」


「よくのうのうと戻って来れるもんだな、この半妖娘が。」


「生贄であなただけ助かるなんて、やっぱり半妖だったみたいね!!」


「私の娘を返して!!この化け物!!」


口々に凛を糾弾する村人に苛立ちを覚えたが、それよりも気になった言葉があった。


「半妖…?」


「やめろ!凛は人間だ!」


翔は凛を庇うように前に出て、糾弾する村人たちに吠え、凛の両親は凛を庇うように抱きしめる。

とうの本人は俯いたまま返す言葉がないかのように、まるでもはや言われることを諦めたような顔をしていた。


「あの事件は俺だって帰ってきたじゃねぇか!!」


「たしかに翔くんも帰ってきたかもしれない。だけど、翔くんは1人でそこの半妖に庇ってもらって逃げきれたって言ってたじゃない!」

「それなのに夜をすぎて明け方になって1人で帰ってきた。他の子供はみんな死んで、1人だけ生き残った?そんな話信じられるわけないわ!聞けば、あやかしが守ってくれたなんて意味のわからない事をいう始末よ!」


「ついには生贄になってもなお、生きてやがる。あやかしが喰わなかったのは、お前が人間じゃないから以外になんの理由があるんだ!!」


「違う!それなら俺も生きてるのはおかしいだろうが!!」


「ふん。お前も本当は半妖なんじゃないのか?あの事件の生き残りはお前とそこの娘だけだ。最近はお前もおかしな挙動や、誰もいない所に話しかけたりするって村の中では噂になっているんだぞ!!」


「そ、それは……」


翔は心当たりがあるのか言葉を詰まらせる。それはそうだ、翔にはもう自分が本当に人間だと言い切ることができない。寧ろあやかしだと言われた方が飲み込める程に彼の力は人から離れてしまっている。

だが、僕は我慢の限界だった。自分の親しきものがこんなにも糾弾されてることが耐えられない。声をあげようとした矢先、僕より先にフウが怒りをあらわにした。


「いい加減にしろよ…?」

「人間はいつもそうだ。自分が理解できないものを全て悪として、自分に都合の悪いものは全て人のせい。」

「俺らを憎むぐらいならまだしも、同じ村の人間を…こんな子供を化け物と呼ぶお前らの方が俺には化け物に見えるね。」


少し風が吹き始め、あたりは砂埃が舞いだす。

それを見た村人たちは顔が徐々に青ざめていく。


「あ、あやかしが人間の事で怒るなんて…や、やっぱりあいつらはあやかしの仲間なんだ!」


「し、死にたくない!助けて!!」


そう言って逃げ出していった。


「フウ、そこまでにしておけ。怒る気持ちは分かるが、僕達はここの人間を殺しに来たわけじゃない。」


そう言って、僕らは外へ向かって歩き出した。


「どこ行くんですか?私もついて──」


僕は凛の言葉を遮るように、背を向けたまま言った。


「神社に帰る。やはり僕らはここに来てはいけなかった。」

「凛、お前は親の元で暮らせばいい。たまにならこっちにも来ていいが、極力来るなわかったか?」


「そ、そんな嫌です!私はコン様と一緒に…」


「人間は人間と暮らすべきだ。それに、どうやらこれ以上僕らがいることを良しとしない人間が大半のようだ。」


そう言って辺りを見渡す。目には見えないが、憎悪と恐怖が混じった視線と気配がこの村に来てから拭えない。とても居心地のいいものではなかった。


「翔、お前はどうする。」


「お、俺?」


翔は驚いたような声を出した。


「そうだぜ、翔。お前も分かってるはずさ。」

「人間として暮らすには、お前はもう強くなりすぎた。」


「俺は…」


「まぁ、すぐに答えを出さなくてもいい。決まってからでいい。」


そう言って僕らは少し浮かんで、神社の方へと飛び去ろうとした。


「ま、待ってください!コン様、フウ様!」


僕らは凛の声を聞こえないフリをして神社へと向かった。


「やはり、お前の夢は叶いそうにないぞ。

─────────────────────


「ねぇ、翔君。無理なのかな、コン様達が村の人達と仲良くするのって。」


凛と翔は両親に連れられて家に帰った後、2人で話していた。


「無理じゃねぇよ。俺達は仲良くできるんだから。」


「でも、半妖ってみんなに呼ばれる私が仲良いから、みんな信じてくれないんじゃ……」


「凛は半妖なんかじゃない!生まれつき妖力が高いんだよ!だからあの時、あやかしたちが寄ってきたんだ!」


「でも、そんなの村の人達にはわかんないよ……」


凛はうつむいて今にも泣き出しそうな顔をした。

自分たちがこの数年間で村で異物として扱われるようになってしまったせいで、コン達の誤解を解く以前の問題となってしまった。

今だからこそ凛が半妖ではなく、人間の中で異常な妖力を持っているのが原因だったことがわかるが、当時の翔もなぜ凛が助かったのかは分からなかった。あの時は翔も、まさかあやかしが人間を助けるなんて思いもしなかったからだ。

だが、今ならわかる。あの時、凛を助けたのはきっと──


「あやかしが!あやかしが来たぞー!!!!」


外から村人の悲鳴や、怒号が聞こえ出す。


「あやかしだって?!でも今は昼間じゃ…」


翔はそう言いながら、外へと飛び出した。

見ると、無数の人狼が村へと向かってきていた。


「おい、どうなってんだ?!あいつらは今コンの言いつけでおとなしくしてるはずじゃ……」


「な、なんで人狼が…コン様達との約束があったはずなのに…」


だが、よく見ると目がどこか虚ろで、妖力が以前と変化している。まるで気持ちの悪い感覚だ。


「きゃー!!!!」


「な、なんで後ろからもあやかしが……」


後ろからも悲鳴が聞こえて、後ろを振り向くと後方から既に人狼が入り込んでいる。

生息している山に気が取られていて、まさか背後から入ってくるとは誰も思わなかったのだろう。村は混乱していた。


「おいおい、なんで統率が取れてんだよ…ヴォルグは死んだじゃねぇか…!」


まるで、何かが指揮しているかのような統率の取れた侵入に疑問をこぼす。


「翔くん!外に出るんじゃない!家の中に入るんだ!」


「そうよ!翔くん外に出てはダメ!!」


家の中では暮人と優夏が翔を呼ぶ。だが、翔はその言葉を無視し、指を噛み血を流そうとした時に、影の中からシュビィが顔を出す。


「使うの?それを今使えば間違いなく村の人達に見られてしまうわよ。」

「もう、あなたは人間としては見られなくなる。それでもいいの?」


翔はそれに答えることなく、指を噛み血を流す。

そしてその血を固めて刀のような形状へと変化させる。


「しょ、翔くん?なんだいそれは…?そんなのまるで…」


「うん、これはあやかしと同じ力だ。」


翔はシュビィを呼び、自分の身体の中へと憑依させる。


(まだ、昼間だ。俺の力を完全に使うには時間帯が悪すぎる。けど……)


「あいつらは絶対くる。だから、それまで俺は……」


「翔くん!危ない!!」


暮人の叫び声と同時に、人狼が翔へと背後から襲いかかる。

が、それと同時に影が伸び、人狼を串刺しにしてそのまま影の中へと引きずり込む。


「凛、あいつらは絶対にここに来る!それまで俺がここを守る!」

「お前は暮人さん達とここにいろよ!!」


「うん!わかった!」


凛はそう言って暮人達の近くへと行く。暮人達は今起きた事が現実なのか理解が出来ずに、驚いた顔していた。


「り、凛?あれはいったい…あやかしが影の中に消えて……」


「あれは翔くんの妖術だよ!あのね、お母さんお父さん、妖術は人間でも使えるんだ!コン様達が言ってたの!」


「に、人間でも妖術が?!そんなことがあるはずが…」


「よく見ててね。翔くんがこの数年間であの方たちに何を教えて貰ってたのかを。」


翔はというと、身体の感覚を確かめるように動かしたまま、シュビィに話しかける。


「おい、シュビィ。」


『ん〜?何?』


「絶対守り切るぞ。」


『うふふ♡えぇ、勿論よ行きましょう。』


そう言って、翔は悲鳴が聞こえる方へと駆け出した。

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