第16話 夜は赤く染まる

「なんだよそれ……俺様の下僕たちはどこにいったんだよ!!!!」


ヴオルグは叫んだ。辺りには自分と目の前にいるだけだ。


「夜が喰らったんだよ全部。」


翔は、もはや人とは言えぬ様相をしている。緋色の目に黒く禍々しいモヤでできた、その体躯に似つかわぬ翼のような何かを生やし、周りに黒くドロドロとしたもの纏っていた。


「ちっ、人間のくせに!!」


ヴォルグは影から影を瞬時に移動し、目では追えぬ速度で翔に襲い掛かる。

辺りには金属音のようなものと同時に、火花が散っている。

翔はそこから1歩も動くとなく、ヴォルグ見ることも無く、ただそこに立っている。

ヴォルグの猛攻を全て突如と現れる黒い壁が遮って、翔には届かない。


「《夜統 蝙蝠》」


翔のその声一つで、辺りに無数の黒い物体が現れ、それは蝙蝠のような形へと変化し、ヴォルグに襲いかかる。


「…っ!邪魔クセェ!!」


ヴォルグは咆哮一つで、全てのコウモリをかき消して、翔を見るとその場に既に姿がなかった。


「どこ行きやがった?」


また影に消えたのか??そう思い自分を潜ろうとしたその時、突然後ろに気配を感じ咄嗟に避けると、斬撃が飛んでくる。


「そこか!!」


振り向くが、そこには何もいない。影に潜ったような形跡も無い。


「どうなってんだよいったい……」


いらだちを隠せないヴォルグは、周りを見境なく攻撃し始める。


「くそっ!くそっ!くそっ!!どこにいんだクソガキが!!!!」


「《夜統 変色蜥蜴》」


その言葉と共に、目の前に当然翔は姿を現し、そのままヴォルグの下腹部に蹴りを入れる。


「ぐはっ…!」


その蹴りの衝撃でヴォルグは吹き飛ばされ、後ろの大木に体を叩きつけられる。


(俺様のこの巨体をあの小さいガキが蹴り飛ばしただと……?)


「てめぇ、一体どこからそんな力を出してやがるんだ!!!」


見ると、翔は黒く、どこか光り輝く衣のような物を羽織っている。


「《夜統 月下の羽衣》」


翔は一瞬にして距離を詰め、ヴォルグに猛攻をしかける。

もはやヴォルグはその猛攻を捌くことで手一杯だ。


「くっそ!らちがあかねぇ!」


ヴォルグは上空へと跳躍し、木の枝に捕まったまま叫ぶ。


「《影よ》!!!」


その言葉に翔の周りの影が蠢き出す。


「俺様の妖術の真価はここからなんだよ!!」


「《影縫い》!!」


影が翔の身体にまとわりつき、拘束した。

翔は身動きが取れずに、その場で影を剥がそうと身体を動かす。


「そう簡単に抜け出せねぇよ!!」


そう言ってそのままヴォルグはまた唱える。


「《影よ》!」

「《影武者》!」


影は形を変え、人狼の姿へと変貌する。


「そいつを八つ裂きにしてやれ!!!」


人狼の形をした影たちは、未だ身動きが取れない翔に襲いかかった。

だが、襲いかかろうとしてまたもや、飲み込まれるかのように消える。


「なっ……!」


ヴォルグは愕然とした。翔の今使っているのは、自分と同じ影の能力の派生と考えていたからだ。同じ妖術がぶつかった場合、より練度の高いものが主導権を得る。

最初の戦闘で、主導権は間違いなく自分自身にあることを確信していたから、尚更ヴォルグは動揺を隠せない。


「お前の…お前の妖術はなんなんだよ!!!」


ヴォルグは翔に向かって叫ぶ。

翔はヴォルグの方に手をかざしながら、静かに答える。


「俺の妖術はいわば《吸血鬼》」

「その吸血鬼は夜を統べる。」


「今この場は俺の支配領域なんだよ!」


その言葉と共に至る所から黒く禍々しい物が、がヴォルグに襲いかかる。

ヴォルグはそれを受け流しつつ、避けるのが困難なものには影で防ぐ。


「意味わかんねぇ力だが、まだまだお前には使えてねぇみてぇだなぁ!!」

「そんなスピードじゃ、俺様には当たんねぇよ!!」


そのまま、ヴォルグは翔へと襲い掛かる。

翔は黒い壁を作り出し、ヴォルグの攻撃を防ぐ。


「防ぐのだけは1級品だなぁ人間さんよぉ?!」


「くっそ……!」


『翔ちゃん!もう時間が無いわ。次の攻撃がラストチャンスだと思いなさい!!』


「わかった!」


翔は後ろに飛び、ヴォルグから距離をとり、集中する。

翔の手の中に夜が集約されていき、剣へと変貌を遂げ、青白く光り出す。


「どうやら最後の攻撃らしいな……。受けて立ってやるよ!!!!《影よ》!!」


ヴォルグはそう言って、四本の足で前傾姿勢を取り身体に影を徐々に纏わせていく。

お互いに力を高めていき、ヴォルグは全身に影を、翔は右手に夜を纏わせていく。


「来いよ!!クソガキ!!!」

「《影武装 牙狼》!!!!」


「やってやるよクソ犬!!!」

「《夜統 白夜》!!!」



2人はお互いに突進し、最後の一撃を交わし

た。

2人がぶつかるその衝撃で辺りに土煙が起こり、翔が放った青白い光が膨張して辺りがよく見えない。やがて少し収まりだし、2人の影が写し出される。

完全に土煙が去り辺りを見渡すと、たっていたのはヴォルグだった。

凛は悲痛の声を上げる。


「翔くん!!!!!!」


かろうじて息はあるが、限界まで力を使いまともに立つことが出来ない。


「ちくしょう……動けねぇ……」


翔はもはやそこから1歩も動くことができなかった。

ヴォルグはと言うと立ってはいるものの、息も絶え絶えで、口からは血を流していた。


「ハァ…ハァ…あぶねぇ…ギリギリだったぜ……」

「まぁいい…あのガキを喰えば元通りだ…。」


そう言って凛の方へと足を動かす。


「おい…やめろ。それ以上近づくんじゃねぇ!!!」


翔は動かないからだを必死に動かそうとするが、まるで動かない。


『翔ちゃん…もう無理よ…これ以上はもう…』


シュビィは何かに耐えているかのような声で翔を諭す。


『あなたは、一人で充分に頑張ったわ。これ以上はもうどうしようも──』


「うるせぇ!!勝てなきゃダメなんだよ!!俺は…俺は…!」


翔は動かない身体を必死に動かし、歩くヴォルグの足に噛み付く。


「っ…!なにしやがるクソガキ!!お前は負けたんだよ!!」


その翔をヴォルグは蹴飛ばし、その衝撃で翔は木に叩きつけられる。


「へへ。これでようやく喰える…」


「いや…やめて…」


凛は怯えたような声を出して後ずさる。

ヴォルグはその凜の首をつかみ、そして頬に爪で傷をつけ、その傷跡を舐めて血を飲む。

その瞬間に傷は徐々に癒え、妖力が増していく。


「おぉ…こんなちっぽけな血だけでこの妖力……すごいぜこいつは……」


「おい、やめろ…やめてくれ…」


翔は悲痛の叫びをあげる。

凛は少し涙を流しながら、怯えたような顔をしてヴォルグを見る。

ヴォルグはそれを見てニヤリと笑った。


「ハハ!いいねぇ…その顔、最高だ…」

「お前を喰らって、俺様はもっと強くなる!!」

「安心しろ?お前を喰ったあとはあそこに寝そべってるガキも喰ってやるからよぉ?俺の腹ん中で仲良くしてろ!!」


「やめろぉ!!!!!!!!」


翔は泣きながら声を荒らげた。

ヴォルグはそれを横目に大きく口を開け、凛を口の中に落とそうとした瞬間──


目の前から凛が消えていた。

気づけば、ヴォルグの後ろには9本の尾を生やした狐が、凛を抱えて立っている。

その狐はゆっくりと語り出す。


「なぜ、翔がこんなにも傷ついている?」


この場の温度が少しずつ、上がっていく。


「なぜ、この山がこんなにも荒らされている?」


ヴォルグは全身の毛が逆立つかのような感覚に襲われていく。


「なぜ、こいつの…の顔に傷がある!!!」


その言葉と共に辺りが燃え出す。まるで、コンの怒りに呼応するかのように木々は燃え、空気の温度は上がり続ける。

燃える炎でその場は赤く染まっていく。


そのキツネは、今までにかつて無いほどに激怒していた。




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