第10話 異界のあやかし

「《吸血鬼》……。聞いた事ない種族だな。」


『それはそうでしょう。だって私、この世界の住人じゃないもの。』


その女はそう言いながらニヤリと笑う。

この世界の住人では無い……?それは言葉通りなら今この場にいることは完全にイレギュラーでしかない。これが翔の本質なのか……?

いや、そもそもありえない話だ。異世界への干渉なんて完全に人が扱える理を超えている。

目の前の女は考え込む僕を見て不敵に微笑む。


『キツネちゃんが驚くのも無理は無いわ?実際私も驚いたし。』

『翔ちゃんの《固有能力》いや、こっちの世界では本質と呼ぶのかしら?それは、別世界から私のような異種族を呼び出し、その力を扱う能力。《召喚》こちらの世界では《口寄せ》とでも言いましょうか。』


どうやら、翔の力は完全に僕の理解を超えたものだった。


「なるほど、これが《言霊系》か……なんとまぁ出鱈目な力だ。」

「それで吸血鬼よ。翔の体を乗っ取って、一体何の用だ?」

「返答次第によっては……」


僕はいつも隠している妖力少し解放した。

木々は揺れ、そしてこの場の温度がゆっくりと上昇していく。吸血鬼はそれを見て慌てたような口調で僕をなだめる。


『ちょっ、ちょっと待って?私はあなたと戦う気は無いわ。今の翔ちゃんの能力の練度と、私との繋がりの薄さでは戦いにすらならないし、貴方の力量は知っているわ!』

『私は、貴方と交渉に来ただけ!』

『大体無理やり乗っ取っただけだから、ほとんど力なんて使えないのよ!』


それを聞いた僕は、妖力の解放をやめて出していた尾も全て引っ込めた。


「交渉……?」


『そう!交渉!絶対に悪い話では無いわ?』


「……まぁいい、聞くだけ聞いてやろう。こっちに来い。」


疑いを辞めた訳では無いが、この状態で戦ってしまっては翔が無傷とはいかないはずだ。

そんなことしたらあいつになんて言われるかわかったものではなかったので、あまり気乗りはしていなかった。

僕は、吸血鬼を神社の中へと招いた。


─────────────────────


「それで、吸血鬼。この僕と何を交渉しようと言うのだ?」


僕は自分用にお茶を持ってきたものを飲みながら、話を聞く体勢になる。


『あの、私のお茶は?』


「?なぜ僕がお前のものまで準備しなければならない。」


『あ、いや、いえ、いいわ大丈夫。貴方はそういう人だったわね……』


吸血鬼は呆れた様な声を出しながら、本題に入る。


『単刀直入に言うわ。私、翔ちゃんがこの世で一番好きなの。私が翔ちゃんを落とす手助けをしなさい。その代わりに私は貴方の恋愛を手伝ってあげる。』

『もちろん、手助けといってもそんなに難しいものでは無いわ?あの小娘を、翔ちゃんに近づけないようにしてくれればそれでいい。』


「……は?」


今なんて言ったんだこいつは。そして今何の話をされているんだ。

僕がポカンとした顔をしていると、吸血鬼は首を縦に振りながら『わかる。わかるわ』と言った。


『私がなぜ翔ちゃんが好きなのかが疑問なのね?』


「いや違う。そこも確かにそうだが、それよりも僕の恋愛って一体なんの──」


『安心して?ちゃんと説明してあげるから!あれはそう…翔ちゃんが生まれたあの日の話……』


こいつは人の話を聞かないやつだなと、僕は悟ったので、黙ることにした。


─────────────────────


話があまりにも長かったので要約すると、どうやらこいつは翔が生まれた時からは翔を通してこちらの世界のことをなんとなくだが、見ることができたらしい。

細かな理由までは分からないが、本質とは生まれつき備わっているもの。ただ気付いてないだけで身体の内側に秘めているものなので、このような他者の干渉が前提の本質なら理論上は吸血鬼側が一方的に繋がりを感じて、こちらの世界を見ることは可能だ。

それで見ているうちに、翔の努力家な所や、本当は泣き虫な所などを見ているうちに好きになったそうだ。


『努力家で強気なのに、実は泣き虫だなんて、最っ高にギャップ萌えだと思わない?!』


と、言っていたがあまり言ってる意味がわからなかった。

だが、翔があの人間の事が好きなのがとても気に食わないらしい。


「要するに、あいつが邪魔だという事か?」


『そう!あの小娘、私の翔ちゃんを誑かしているのよ!』

『私が先に好きになったのに、翔ちゃんと私は会えないのをいい事に抜けがけされたのよ?!』

『本当は八つ裂きにしてやりたいし、最大限の苦痛を味あわせてやりたいと思っているわ。』

『でも、そんな事したら翔ちゃんに嫌われてしまうでしょ?だから我慢してるの。』


『偉いと思わない?』 と、そんな物騒なこと言っている顔とは思えないほど、にこやかに笑っていた。

そんな吸血鬼を見ながら僕は若干引きながらみていた。そもそも見た目は翔なのだ。傍から見れば、女の声を出しながら自分の好きなところを熱弁している奴という、異常な光景でしかない。


「だ、大体の理屈はわかったがそれになんで僕が協力しなければならない?」


僕がそう言うと、吸血鬼は首を傾げた。


『だって、貴方あの小娘のこと好きじゃない?』


「……?」


僕が、あの人間を好き?なんの勘違いをしているんだこの吸血鬼は。


「別に好きじゃない。というか、好きなわけが無い。あいつは俺の世話係だからな。」


僕はさも当然かのように言った。

好きなんかでは断じてない。そしてあいつは人間だ。恋愛など僕とできるわけが無い。


『あ、あ〜なるほどね。自覚がないタイプか……』

『まぁいいわ。貴方は今あの小娘のことを世話係と言った時点で、少し捉え方が変わってると思うんだけどねぇ……』

『とりあえず、そーゆー事だから。もうそろそろ時間かしら。』


そう言って吸血鬼は外を見た。外は薄暗いが徐々に明るくなっている。

どうやらもう朝になろうとしているようだ。


『私は吸血鬼だから、朝日は苦手なの。しかもこんな無理やりな憑依なんて朝日を浴びたら即死よ即死。』

『きっと明日の朝、翔ちゃんがここに来るわ。その時は私が身体を無理やり乗っ取ったのは内緒にしてね?また来るわ。』


そう言って、吸血鬼は影の中に消えていった。


─────────────────────


翌朝、言った通り翔が来た。何故か、小さな子供を連れて。

青白い肌に、金色の髪、赤い目しているこちらの世界には見たことない黒と赤のドレスのようなものを身にまとった幼女が、翔の頭の上に乗っている。


「朝起きたら、隣にちっちゃい子供が寝てたんだけど?!しかも夢の中の声と一緒なんだよどゆことだよこれ!!」


その幼女は、次に翔の腕にしがみついて離れようとしない。僕は大体の事情を察していたが、昨晩起きることなく寝ていた人間は、隣で慌てふためいていた。


「ど、どうしましょうおきつね様!翔くんが…翔くんが子供を!!!」


「違うぞ凜!俺もわかんないんだって!!俺の子供なんかじゃねえ!!」


「そうよ。私は翔ちゃんの子供じゃなくて、将来のお嫁さんなの。」


「お、お前も意味わかんないこと言うなシュビィ!」


僕はそんな騒がしい光景を眺めながら、ため息をついた。


「お前は何をしてるんだ吸血鬼……」


「翔ちゃんと向こうの世界が完全にリンクしたから、こうして完全体ではないけれどもこちらの世界に姿を出せるようになったのよ。この身体は思念体のようなものだし、普通の人間には見えないわ。」


そう言って吸血鬼の幼女は胸を張って、威張るような素振りを見せる。よく見るとうっすらと透けている。

とりあえず僕は、未だにアワアワとして「お、お赤飯、お赤飯炊かなきゃ!」とか言い出したこいつを落ち着かせる。


「落ち着け。あいつは翔の妖術が呼び出した、異界の妖だ。まぁいわば使い魔みたいなものだな。」


「初めまして小娘、吸血鬼のシュビィよ。翔ちゃんのシュビィよ。翔ちゃんだけのシュビィよ。」


吸血鬼は少し睨みながら自己紹介をした。


「シュビィちゃんって言うんですね、よろしくお願いします。ていうか今私の事小娘って……」


「聞き間違いじゃないかしら、誑かし小娘。」


「た、誑かし小娘?!」


「おい、喧嘩をするなよ……」


僕は呆れたような声を出しながら未だに理解しきれていない翔に話しかける。


「まぁ、細かい説明はそいつに聞けばいいが、お前自身の力の影響で現れた奴だと思えばいい。良かったな、妖術習得だ。」


「いい事なのかこれは?!」


翔は未だに混乱しているらしい。

まぁ徐々に慣れていくしかないし、何しろ何ができるのかが完全に未知数だ。異世界の力、一体何ができるんだろうか……


「大体初対面の人にそんな事言われる筋合いはありません!!」


「事実なのだから仕方ないじゃないの。翔ちゃんは私のなのよ。」


「だ、大体翔くんは貴方のものとかそーゆー話じゃなくてですね!!」


「そもそも小娘に小娘と言って何が悪いの?そんな貧相な身体で。」


「な、なんですって?!」


「きゃ〜翔ちゃ〜ん♡あの人こわ〜い♡」


「ちょっ、シュビィ!俺を巻き込むなよ!!」


ただでさえうるさかったのに、より一層に騒がしくなったな。

僕は溜息をつきながら、その光景を眺めていると、突然突風が吹く。そして久しく見なかった天狗が、鳥居の前に現れた。


「フウじゃねぇか!おい、ちょっと助けてくれ!」


「あ、フウ様おかえりなさい!」


フウはアイツや、翔の呼び掛けに答えることなく一直線に僕の元へ来た。

そしてどこか緊迫感を感じる顔をして僕の元へ来て言った。


「コン、仕事だ。」


「……僕が出なきゃ行けない程のことか?」


なんとなく察してはいるが、あまり気乗りはしない。


「上級のあやかしが悪神に変化したみたいだ。お前にしかこんな仕事任せられるかよ。」


フウは煩わしそうな顔をして吐き捨てるように言った。

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