第42話 凡と姫

 昼休みになり、俺は一人で頭を抱えていた。

 俺が実莉みのりのことをみーちゃんと呼んでから、確実に学校中の男子たちから向けられる視線が変わったのだ。

 俺たちが付き合ったとバレたのは明沙陽あさひの言葉が始まりだったが、その時からも薄々変化は感じ取れた。だがあまり気にならない程度のもので、ただこちらに視線を向けてくるだけだった。


「んー……」


 そして今も、こちらに視線を向けてくる者が多く見られるのだが……。


「おい京也きょうや、どうしたんだよ? そんな頭抱えて」

「お前、気付かないのか? 俺に向けられた殺気が……」


 前まで殺気は感じられなかった。でも今となっては、こちらに殺気を向けてくる男子たちが多く見られるようになったのだ。

 俺なんかした? 普通に怖いんだけど……。


「あー、俺はよくあることだし、もう慣れたからよくわからねーわ」

「お前すごいな……なるほど、確かにお前はクソイケメン野郎だから殺気を向けられるか。じゃあ、なんで俺は今殺気を向けられてるんだ……?」

「お前がクソ野郎だからじゃね?」

「おい」


 なんで俺がクソ野郎になるんだ。普通にいつも通り過ごしてるだけなのに。

 今日になって何度ついたか分からないため息をつき、今までの自分の言動を振り返ってみる。

 ……うん、やっぱり一昨日と昨日の実莉とのデートしか思い出せない。


「……きょうくん? 頭抱えてどうしたの?」

飛鳥馬あすまくんもしかして、一昨日と昨日のみのりんとのデートが楽しすぎて学校なんて嫌になっちゃった?」

美音みおん!?」


 考えても考えても何が起こっているのか全く分からず悩んでいると、どこかに行っていた実莉と八重樫やえがしが教室に戻ってきた。


「八重樫、正解」

「やっぱり!」

「ちょっと京くん!?」

「八重樫の言う通り、それもあるんだけど……今のクラスの状態を見て気付くことがあるだろ」

「「クラスの状態……?」」


 実莉と八重樫は首を傾げながら、同時に教室を見渡した。

 すると八重樫だけが何かに気付いたのか、「あー、なるほどね」と言ってこちらに視線を戻す。


「飛鳥馬くん、どんまいっ!」

「なんだよ!? 何か分かったなら教えてくれよ! 俺は今、怖くて仕方ないんだよ!」

「別に教えてあげてもいいけどー、本当に分からないの?」

「ああ、見当もつかない」

「じゃあ教えてあげるけど、放課後ね」

「……は? なんで今じゃないの?」

「みんながいない時の方がいいかなーって」


 八重樫の考えていることが分からない。

 終始ニヤニヤと笑っており、こいつもこいつで殺気を向けてくる奴らと同等の怖さを感じられる。

 実莉と明沙陽も理由を知りたそうにしていたが、八重樫は俺にしか教える気がないようだった。



 放課後、俺は八重樫と二人で部活の練習場所である競技場に向かっていた。

 ちなみに実莉は用事があるらしく、一人で先に帰ってしまった。


「……で、なんで俺はクラスの奴らに殺気を向けられてるんだよ」


 殺気を向けてくる奴らに、何かをした覚えはない。そもそも話したことすらない奴らだけでなく、名前すら知らない奴らにも殺気を向けられている状態だ。

 本当に明沙陽の言った通り、俺がクソ野郎だからなのだろうか……。


「恐らく……というか絶対なんだけど、みのりんと付き合ったのが原因だよね」

「え……?」

「みのりんが学校中の男子たちに裏でなんて呼ばれてるか知ってる?」

「知らないけど……」

「……は? 姫?」

「うん。みのりんって、すごく可愛いでしょ? 飛鳥馬くんは知らないと思うけど、みのりんすごい人気あるんだよ」


 実莉が、学校中の人気者……?


「でもみのりんには、女子たちにすごくモテてる桐崎きりさきくんっていう幼馴染がいた。だから男子も女子も仕方ないって思ってたんだろうけど……」


 最終的に実莉と付き合ったのは、明沙陽ではなく俺だった。


「それなのに付き合った相手が飛鳥馬くんだった。だから男子たちは飛鳥馬くんに殺気を向けてるんじゃないかな?」

「俺じゃ実莉と釣り合わないってことか……?」

「うーん、そうなのかもね。飛鳥馬くんも意外とイケメンなのに。陸上部の子たちにもモテモテだしさ!」

「実莉もそんなこと言ってたけど、告白された試しがないから半信半疑だ」


 半信半疑。というか、ほぼ信じていない。

 そうなのだと信じたいが、正直実例がないため信じられないのが事実だ。


「告白された試しあるじゃん」

「……は?」

「みのりんだってそうだったでしょ?」

「あー、確かに……」

「まあ、男子たちから殺気を向けられたくないなら、飛鳥馬くんが頑張ればいいんじゃない? みのりんと釣り合ってるって周りの人たちに思われるように」

「……そうだな。頑張るしかないか」


 八重樫の言う通りだ。

 確かに実莉は、俺にはもったいないくらいに可愛い……否、可愛すぎる女の子。

 と付き合っているなんて、誰もが良くは思わないだろう。

 俺が胸を張って実莉の彼氏だと言えるような男になるしかない。学校中の男子たちが何も言えなくなるような、実莉に釣り合う男になるしかない。


「(……まあ、私はもう釣り合ってると思うけどね)」

「……え、なに?」

「なんでもないよー。それより部活頑張ろー!」

「お、おう?」


 八重樫がなんて言っていたかは分からなかったが、俺はとりあえず実莉に釣り合う男になるために頑張ろう。

 そう心に決めて、競技場に向かって走り出したのだった。

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