第37話 花嫁修業してる彼女っていいよなぁ

 借りてきたDVDのアクション映画を見終え、俺たちはそのエンドロールを眺めていた。

 現在時刻は十八時過ぎ。映画を見始める前は外も明るかったが、今では空が朱を含んだ紫陽花色に染まっている。

 俺はそんな綺麗な空から隣に座っている実莉みのりに視線を向け、ずっと気になっていたことを聞いてみる。


「そういえば実莉、本当に料理の手伝いするのか?」

「うん。家に泊まらせてもらうんだし、何かお手伝いをしないとね。料理なら得意な方だから、ちょうどいいかなって思ったの」

「なるほど……」


 母さんと父さんが言っていた通りだ。

 俺も思わず「いい子……!」と漏らしてしまいそうになる。


「じゃあそろそろリビングに行くか? 母さんも夕飯作り始めそうだし」

「うんっ」


 実莉の了承を得たところでテレビを消し、二人でリビングへ向かった。

 階段を下りてリビングに入ると、母さんは既に料理を始めており、父さんは静かに読書をしているところだった。


「あら、二人ともどうしたの?」

「実莉が料理の手伝いしたいって」

「え、実莉ちゃん本当にしてくれるの!?」

「私でよければですけど……」

「嬉しいわ! じゃあ、お願いしてもいいかしら?」

「はい!」


 そうして実莉は前にも見せた水色のエプロン姿になり、台所へ向かって母さんの隣に立つ。

 実莉の料理スキルが一級品であることは知っているため、特に問題はないだろう。でもなんか、花嫁修業してる可愛い彼女って感じが…………。


「実莉ちゃん見てると、花嫁修行って感じがして可愛いなぁ」

「父さん!?」


 先程まで読書をしていた父さんが急に背後に現れ、俺の心を読んだかのように喋りかけてきた。あまりにも突然だったため、驚いた反射で距離をとってしまう。


「可愛くないか? 今の実莉ちゃんを見てると、昔の母さんを思い出すよ」

「実莉は料理上手だから、花嫁修業として料理は練習しなくてもいい気がするけど……」

「なに!? 京也きょうや、もう彼女の料理を食べたことがあるのか!?」

「なんでそんな驚いてんだよ……」


 父さんは目を見開き、俺の肩を掴んできた。

 ……え、これから何かされるの?


「羨ましいやつめ……! 父さんなんて母さんと付き合ってから一年経っても、母さんの料理食べさせてくれなかったんだぞ!」

「いや、知らんて。でもなんで?」


 俺の肩から手を離し、昔のことを懐かしむように父さんは母さんのことを語り始めた。

 あまり興味はないが、一応聞いておこう。


「母さんな、付き合いたての頃は料理全然できなかったんだよ。それから花嫁修業を始めて……いや〜、あの頃の母さんは可愛かったなぁ!」

「へぇ〜、そうだったんだ」

「やっぱり彼女が頑張っている姿を見るのはいいよなぁ! わかる! わかるぞ! 京也の気持ち!」

「え……いや、急になに……? 怖いんだけど」


 この会話は台所にいる実莉たちには聞こえていないはずだ……聞こえていないことを願う。

 そしてなんのことかは分からないが父さんに共感され、俺は再び距離をとった。

 てか父さん、こんなキャラだったの?



 俺と実莉がリビングに来てからしばらく経ち、食卓には有り得ない量のご馳走が並んでいた。

 メインの鶏の唐揚げ。じゃがいもやきゅうり、にんじん、ハムといった食材が使われたポテトサラダ。シンプルなかきたま汁に角切りにしたトマトをたっぷり加えたトマトかきたま汁。

 どれも美味しそうで、食欲をそそられるいい匂いが漂っている。


「どれも美味しそうだな〜!」

「実莉ちゃんが手伝ってくれてほんと助かったわ! ありがとうね」

「いえいえ! お義母さんにはもっと色々教わりたいです!」

「もちろんいいわよ! 実莉ちゃんにならなんでも教えてあげるわ!」

「本当ですか!? ありがとうございます!」


 なんか実莉と母さん、いつの間にかめっちゃ仲良くなってるじゃん。

 まあ、意気投合して仲良くなってくれたなら俺にとっても嬉しいけど。


「さ、温かいうちに食べましょ」

「「「「いただきまーす!」」」」


 まずは鶏の唐揚げに手を伸ばし、口に入れる。

 中はジューシー、外はカリカリで美味しい。いつもの母さんの味だが、実莉が手伝ったという相乗効果によりいつもより美味しく感じられる。


「ん! 美味しいです!」

「ほんと? 実莉ちゃんの口にも合ってよかったわ。あ、ちなみにこの味付けは京也が好きな味付けよ」


 母さんはニヤリと笑い、向かいに座っている実莉にそう告げた。

 すると実莉はどこからかメモ帳を取り出し、「後で詳しく!」と目を輝かせながら言った。


「ふふっ、もちろんいいわよ」

「ありがとうございます!」


 そんな二人を横目で見つつ、俺はトマトかきたま汁に手を伸ばした。とろとろの卵にトマトの赤い色合いが映えていて、とても美味しそうだ。

 お椀を手に持ってゆっくりと口に近づけていくと、隣に座っている実莉がなぜかこちらを凝視してくる。よく分からないが気にせず、口に流し込む。


「どう?」

「……え? 普通に美味しいけど? 唐揚げと合ってて」

「うん、美味しいじゃないか。でも、いつもの母さんの味とは少し違うような……」


 父さんが違和感を覚えて首を傾げているところを見て、確かにと思う。

 すると母さんは、再びニヤリと笑った。


「それ、実莉ちゃんが一人で作ったのよ。作らせてほしいって言われたからOKしたけど京也、さすがに普通に美味しいっていう感想はないんじゃない? もっと他にあるでしょ」

「え、嘘!? これ実莉が作ったのか!?」

「……うん。口に合わなかった?」

「いや美味しいって! めっちゃ美味しい! 最高です! ありがとうございます!」

「……よかった」


 実莉はホッと胸を撫で下ろす。

 俺はそんな可愛い彼女から、しばらく目が離せなかった。

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