第14話 私、本気出すから

「私は飛鳥馬あすまくんのことがずっと好きだったの。だから、私と付き合ってください」


 カフェで向き合い、少し恥ずかしそうに言う胡桃沢くるみざわ

 俺――飛鳥馬京也あすまきょうやは今、人生で初めての告白をされている。


「返事、聞いてもいい?」


 予想外の事態に思考が追いつかない。

 告白をされている。返事をしなければならない。

 正直、胡桃沢のことはすごく可愛いと思う。

 でも好きか? と聞かれれば、反応に困る。

 それに、俺は胡桃沢のことで明沙陽あさひに恋愛相談を受けた。今までずっと二人のことを応援していた。

 だったら応えは……。


「胡桃沢、ごめん。お前の気持ちには応えられないよ」

「理由、聞いてもいい?」

「だって明沙陽が――」


 せっかく明沙陽が勇気を振り絞って、俺に恋愛相談をしてくれたんだ。

 もしここで俺が胡桃沢と付き合ったとしたら、それをどう明沙陽に説明したらいいんだ? 明沙陽とどんな顔をして話せばいいんだ?


「ふざけないで」

「……え?」


 告白を断ろうとした瞬間、先程まで照れた様子を見せていた胡桃沢は怒りで体が震えている。


「ふざけないで。どうして今、明沙陽の名前が出てくるの?」

「……ごめん」

「ねぇ、飛鳥馬くん。明沙陽なんてどうでもいいの。私は飛鳥馬くん自身の気持ちが知りたい」


 俺自身の気持ち、か。

 今まで胡桃沢と恋愛相談の一環として、二人でさまざまなことをしてきた。さまざまな胡桃沢の顔を見てきた。


 ――俺は、胡桃沢のことが好きなのか?


 左胸に右手を当てて、自分の心に聞いてみる。

 だが、やはり答えは『分からない』だ。

 胡桃沢のことは可愛いと思う。でもそれが恋愛感情なのかは定かではない。

 だから今、自分が胡桃沢をどう思っているのか分からない。

 それが紛れもない俺の本心だ。


「胡桃沢」

「うん」

「少し、時間をくれないか? 俺はまだ胡桃沢のことをどう思っているのか分からない。だから、考える時間がほしい」

「それが飛鳥馬くんの気持ち?」


 俺は首を縦に振る。

 すると胡桃沢は「そっか」と小さく呟き、何かを決心したかのように立ち上がった。


「じゃあ、話は簡単だね」

「……え?」

「これから飛鳥馬くんを惚れさせればいいんだ」


 んんん? すごく嫌な予感がするんだが?


「告白はしたし、飛鳥馬くんはこれから事あるごとに私を意識せざるを得ない。だから覚悟しててね。私、本気出すから」


 この時の胡桃沢の表情は決意に満ちていて、本当にいずれ惚れてしまうのではないかと思わされる。

 でも、明沙陽にこの事をどう言えばいいかは一向に決めることができなかった。



 次の日、俺は寝不足ながらも学校に向かった。

 胡桃沢の告白のことや明沙陽の恋愛相談について、色々と考えていたら一睡もできなかったのである。


『俺の好きな人、実莉みのりなんだよ。ずっと好きだったんだ。中学生の頃から』

『私は飛鳥馬あすまくんのことがずっと好きだったの』

『告白はしたし、飛鳥馬くんはこれから事あるごとに私を意識せざるを得ない。だから覚悟しててね。私、本気出すから』


 昨日の明沙陽と胡桃沢の言葉が、頭から離れない。

 これからどうすればいいのか。これから何をされるのか。

 すごく不安であると同時に、すごく嫌な予感しかしない。


「明沙陽に相談されてるのに、俺はどうすればいいんだろうな……」


 はぁ、と深くため息をついてから教室に入ると、ちょうど明沙陽と胡桃沢が目の前で話しているところだった。

 俺の存在に気づいた明沙陽は、朝から元気な顔でこちらに駆け寄ってくる。


京也きょうやおっすー! お前、今日も今日とて眠そうだな!」

「まじで眠い。今日は間違いなく全授業寝るパターンだわ」

「しゃーねーな、俺がノート取っといてやるよ」

「さんきゅ。まあ、どうせお前もいつも通り寝るだろうし別の人に頼んどくわ」

「いつも寝てねーよ!?」

「寝てるから言ってんだよ……じゃあもう寝るわ。おやすみ」


 もう本当に限界だったため、俺は颯爽と自分の席へ向かう。

 そして先程明沙陽と話していた胡桃沢の前を通ると、胡桃沢がニヤリと笑い俺にしか聞こえないであろう小さな声でポツリと呟いた。


「放課後、校門前で待ってるね」


 昨日あんなことがあったからか、幻聴が聞こえたのかもしれない。

 そう思って俺は無視し、夢の世界に消えていったのだった。



 放課後、俺は部活を終えて帰ろうと思い校門に向かった。

 すると思いがけない人物が校門の前で、こちらに向けて手を大きく振っていることに気づく。

 俺に向けてではないかもしれないと思い、後ろに振り向くが誰もいなかった。

 つまり、間違いなく俺に向けて手を大きく振っている。


「なんだよ、胡桃沢」

「なんだよって酷くない? 朝言ったじゃん」

「何を?」

「放課後、校門前で待ってるねって」


 ……どうやら、朝に聞こえてきた言葉は幻聴なんかではなかったらしい。


「あー、そうだったな。寝すぎて忘れてたよ」

「飛鳥馬くん酷い!」

「ごめんごめん。で、今日もいつものカフェ行くのか?」

「ううん。今日は別の場所」

「別の場所? どこだよ?」

「内緒。行ってからのお楽しみだよ。とりあえず駅に行こっか」


 胡桃沢はそう言ってニコッと笑い、突然俺の手を引いて走り出す。


「お、おい!?」

「いいから付いてきて! 絶対楽しませてみせるから!」


 昨日の夜と今日の朝ずっと考えていた胡桃沢の告白。

 実を言うと、つい先程の部活もそのせいであまり集中できなかった。

 そして今、胡桃沢の笑顔を見ると余計深く考えてしまう。

 昨日、言われた通りだ。


(今まであまり意識してこなかったけど、本当に胡桃沢のことばっか考えてんな、俺)


 あまりにも予想外だが、苦笑するしかない。


「(ほんと、予想外すぎるな)」

「……ん? なんか言った?」

「いや、なんでもない。早く行こう」

「え? う、うん」


 せっかく誘ってくれたんだ。

 悩んでばっかりじゃこの時間を楽しめない。

 そう思って俺は逆に胡桃沢の手を引き、走って駅まで向かったのだった。

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