第10話(最終話)

 病院についたのは10分後だった。

 既に待ち構えていた看護師と清時に採血キットを渡し、看護師はその中身を確かめて小走りで病院の奥へと消えていった。


 これから2時間から3時間ほど血液検査を行い、転化加害者と被害者の適合を確かめる。

 清時は看護師の背中を見送って、病院の屋外喫煙スペースに向かった。そこで電子蒸気タバコを冬の吐息のように白くもうもうと吐きながら言った。


「本当に本人か、確認したよね?」


 これに犬神はマスクの鼻元をきゅっと抑える。


「やった奴の服は血まみれだった。あの血の匂いから察するに、飲酒状態の若い女だ」

「それじゃ、間違いない」

「ほんとにそんなんでいいのか?」

「今のお前のその顔で遺族には会わせられないよ。父親だって、半分ハッタリで口説き落としたようなもんなんだから」

「同じ鬼籍でも人狼は見た目の刺激が強すぎるか」

「そうゆうこと」

「じゃあどうする、このまま俺は外で待てと?」


 これに、清時はポケットから車の鍵を出して投げて渡した。


「それ持って地下の駐車場にいって、うちの車で寝てなよ。これ吸い終わったら、中のコンビニでなにか買って持っていってあげるから」

「じゃあサラダチキンのプレーン」

「はいはい」


 そう言い合って、犬神は歩き出した。


「あー、骨ガムとかあったら要る?」


 この言葉に、犬神は中指だけ立てて返す。


「そんなんよりも、後で焼肉おごれ。肉が食いたくてたまらない」


 清時は白く息を吐きながら笑顔で「りょーかい」と応えた。




 午前2時過ぎ、無事体液変異検査の一致が確認された。

 それをうけて、被害者高槻雛南はカテーテルによる輸液という形で吸血転化血液の摂取を行った。

 体液検査の結果を受けて、清時は血統的処置の準備を整えた。真祖ないしそれに親しい血統者の血液摂取の準備を、月院のみでなく彼女の生家のある望月市の暮葉の血統でも整えるよう手配したのだ。これで覚醒後、雛南本人の意思で所属する血統を選ぶことができる。


 これから12時間から24時間ほどで覚醒を迎え、それと共に彼女の体質は本格的に定期的に人血を摂取する必要がある吸血体質になる。それから3ヶ月程度を経て、体の全細胞が吸血体質に変わり、犬歯が大きなものに生え変わる。


 今後、彼女がこなすべき課題は多い。戸籍の変更をはじめとした各種、市役所の専門窓口とのやりとり、血飲みとしての社会適応、そして当事者としてあらゆる差別などに対する警戒である。

 月院清時は親族に、それらについて可能な限り協力することを約束して、彼らの前を去った。

 以上をもってこの事件の夜の月院清時と犬神融の勤めは、ひとまず終いである。


 深夜3時頃、清時は駐車場に降りて、自分の乗ってきた霊柩バンに乗った。

 助手席では犬神がマスクを外した顔で腕組みをして寝息をたてている。

 一瞬、清時はそれを起こしてやりたい悪戯心に駆られたが、それを自分で鼻で笑って、車のドアを閉めた。

 その音で、ぴくんと犬神の耳が立つ。そしてムクムクと体を伸ばし、大あくびをして目を開いた。


「済んだのか」

「うん、問題なし。今日のところはお仕事しゅーりょー。あとは明日の夜、暮葉の血統担当者に引き継ぐ感じ」

「そうか、加害者は?」

「12時過ぎに逮捕されたってさ。血液提供はもう済ませたって教えてあげたら、刑事さんから『誰でしょうね』って聞かれたから『どうにかして届けたんじゃないですか?』って答えといた」

「おい、それ後で現場から病院に移動した俺に事情聴取来るやつじゃん」


 犬神はそう言ってぐずるように寝返りを打った。

 それを清時は尻目にエンジンをかける。


「まあまあ、その時はうちの弁護士出すから。それより肉食べ行こう」

「この時間に開いてる店なんかあるか?」

「何いってんの、私の地元は天下のキタシンだよ。ホルモンのうまい店がまだ開いてる」

「いいねえ。人の金で食う肉ほどうまいものはないからな」

「うわあ、本当におごらせる気なんだ」


 犬神はふっと一瞬真顔になって、にやりと連なった歯を見せた。


「うわあ、なあにその怖い顔」

「なあ、割り勘にしてやるから、もう一人誘ってもいいか?」

「誰さ」

「牙も生え揃ってない若い血飲みだ。たまには栄養あるもん食わせてやらないと」

「えー、いいけどぉ」


 やや怪訝な顔でそう返事をする清時。

 車は駐車場の料金支払いのところで一端停車する。


「はい決まり、ちょっとお前に紹介しておいたほうが良さそうな子がいる」


 そう言って、犬神は先ほど交換したばかりの電話番号にかけながら、カーナビをいじって行き先を変更した。向かう先は北新町の雑居ビルだ。数時間前、犬神が訪れたネットカフェが入っている。


「もしもし、無事解決しました。それでですね、詳しく説明するついでにお食事でも……」


 そう犬神が話し始める。それをやや不服な顔で聞きながら料金精算を済ませる清時。

 車止めが跳ね上がり、発車した。地下駐車場から病院前のロータリーに出る。そこには既に警察の車両に混ざって報道の腕章をつけた人影が見え始めていた。


 空はまだ濃く暗い。日の出まで、数時間ある。

 夜が明ければ、犬神は一夜にして生えた体毛が抜け、頭部の骨格も人型に戻る。

 清時は月院寺の庫裏の完全遮光された暗い部屋で、明日の夜まで眠る。


 キタシンの街もまた始発が始まる朝まで、動き続けている。

 その深い夜の街の真ん中へ向かって、黒いバンは静かに走り去った。


(終)

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鬼籍の街ー人狼探偵と吸血真祖ー たけすみ @takesmithkaku

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