第2話 ~二人の日常~

「はあ~・・・どうしてこうなった?」

 人気の少ない場所から離れ、いつもの約束の場所へと向かう。その足取りが重いのは気のせいではなく、その何とも言えない気分からため息をついてしまう。

 例え、世間一般的に良いことであっても、どうしようもなくそうしてしまう。

 どうして今の俺に告白なんかしてくるんだよ・・・。今はそんな状況じゃないっていうのによ・・・

 もしも普通の状況であれば、もしかしたら素直に嬉しいと思うこともできたかもしれない。けれど、今の俺は普通じゃない状況で生きていた。それもこれも、全部この高校に入学した時期から、住んでいる世界が変わってしまったことが原因だ。あの日からいつも放課後は図書室で、唯一パートナーと呼ぶことが出来るあの人と日々相談が続いていた。

 これから自分たち二人はどうなるのか?

 どうすればこの状況が終わるのか?

 終わらなければ・・・・・俺はずっとあの人と——————何を考えているんだろうな。俺にはそんな資格なんてありはしないのに・・・・

 重かろうがなんだろうが、目的の場所には辿り着く。図書室のドアを開けて中に入ると、独特の空気を感じる。

 放課後ということもあり、多くはないが僅かな人はいた。その数少ない皆は律儀に勉強をしている。歩きながらその光景を見て、これから先殆ど役に立たないことを必死にしているその姿を、どこか滑稽のように感じてしまう自分は、きっと驕っているのだろう。

 そんなことより先輩は・・・・・っと、いた!

 図書室の端にある勉強部屋の一つ。周囲を気にせず、四人までの少人数なら友達同士で使えるスペースだ。その部屋へと続くドアの小窓から、一人だけいる女性の姿が見える。

 全体的に色白な肌で、長くて緩やかな髪も色が薄くて白髪に近かった。胸元にかかる髪をまとめるリボンで、どこか幼く感じさせるが、実際はかなりの美人・・・・正直美女だ。学生というのが嘘だと思うほどの大人の女性な外見をしているのに、学生服を着ている姿がコスプレのように感じないのはアンバランスな魅力だった。

 そんな彼女が、普段通り分厚い本を涼しい顔をしながら読み進めている。いつもの眠たげな瞳で、瞬きの度に長いまつげを揺らしながら、ゆっくりとだが確実にページを読み進めていた。

 初めの頃は読書中に入る気まずさがあったが、ある程度慣れた今はあまり気にせずに入るようにしている。

「・・・今日は少し遅かったのですね」

 ドアを開けて小さな部屋に入ると、感情の薄い声をかけられた。普通ならその素っ気なさに不愉快に近い感情を持つだろうが、なにせ麗しき美貌をもつ存在がそうするのであれば、同性はどうか知らないが、男がそれに対して異を唱えることなどできるはずがなかった。

 なにより俺は———

「すみません・・・遅れた以上何も言い訳はないです」

 別に約束はしていないが、待たせてしまったということで謝ってしまう。

 静かに、だけど素早く荷物を置いて向かい合って座る。

「別に謝らなくてもいいんですよ・・・? 健(たける)が訳もなく遅れてくるような、そんな人でないことは知っているつもりです」

 座ったことを感じた彼女が顔を上げ、心を見透かされるような綺麗な瞳で見てくる。

 それだけで心臓の鼓動が早くなる。綺麗な女性に見つめられ、どきどきしない男はいない。

 何が『美人も三日もすれば飽きる』だ。先輩とこうして会うことになって一ヶ月は経つのに、全然慣れることなどなかった。

「・・・今日、何かありましたか? どこか、いつもより疲れているように感じますが・・・・」

「その・・・同じクラスの女子から告白されました」

「健はその娘が好きではなかったと?」

「そりゃそうですよ。特に親しくもない女子と、どうして付き合えるというんですか?」

「人に好かれるのは良いことですよ?」

「・・・そうですね。確かに告白されて嬉しいとは思います。ただ・・・・」

「他に好意を寄せている人がいるというわけですね」

「はい」

「・・・わかりました。色々あって大変でしたね。今日はもう帰りますか? これからまた大変なのですから、ゆっくりしたほうがよろしいかと思います」

 事実確認が終わると、先輩は話を打ち切ってくれた。普通の人間がする、興味本位の詮索をしないでいてくれるのが有難かった。

「いえ、大丈夫です。それに、俺は家が嫌いですので・・・・できれば先輩と長くいたいです」

 少し声が大きくなったが、多分普通に言えたと思う。先輩の反応は特に変化がなかったから、恐らく大丈夫のはずだ。

「私と一緒に居ても楽しくありませんよ? 私は誰かを楽しませたり、喜ばせたりができない人ですから・・・・」

「それでも俺は・・・その、先輩と過ごす時間が・・好きです」

 スムーズには言えなかったが、どうにか後輩が先輩に対しての好意を、緊張して伝えたくらいにはできたと思う。

「そうですか」

「でも、先輩のご都合が悪いようでしたら・・・その時は言ってください」

「別に、今日は特に用事はありませんし・・・それに、私も健と過ごす時間は好きですよ」

「っ!」

 『好き』と言われ、心臓の鼓動が痛いくらい強くなる。そういう意味ではないと分かっているというのに、それでも俺はその言葉に喜んでいた。その浮ついた感情で顔が崩れないように、必死に平静を取り繕う。そんな俺とは違って、いたって平静な先輩は、この町の地図を机の上に広げ始めていた。

「・・・少しお喋りが過ぎましたね。それではこれからの話しでもしましょうか」

「あ、はいっ!」

「健・・・」

 気持ちを切り替えようとして、つい大声を出してしまった俺へと、先輩が立てた人指し指を口にそっと当てて注意してきた。

「めっ、ですよ・・・」

 こんな小さな子供扱いも、どこか優し気な声音で言われたのでは、何も言えなかった。

 それから話し合いは瞬く間に過ぎていき、あっという間に下校時刻となった。

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