皆既月食のはなし

つーお.tzt

皆既月食のはなし

 ある月夜のことでした。

 男がひとり、さみしい峠をとぼとぼと歩いておりました。

 その日は妹が、隣村へと嫁ぐ日でありましたので、男は祝言の手伝いとして駆り出され、

その帰りだったのです。

 ふと気付くと、雲がひとつも出ていないのに、周りがずんずんと暗くなります。

「やや、これはどういうことだ」と男はしんと空に浮かぶ月を見ました。

 どうしたことでしょう。月が食べられるように欠けてゆくではありませんか。

「ふうむ、これはきっと月を食べるおおかみの仕業に違いない。これ以上暗くなっては困る」

 男はそう思い、空にいる、おおかみに尋ねることにしました。

「やーい、おおかみ、やーい」

「なんだ、人間か、何の用だ」とおおかみは月を半分ほど食べながらいいました。

「おおかみ、月を食べるのを止めてくれ。これ以上暗くなっては、家に帰れぬ」と男はおおかみに訴えます。

「やなことだ。おれは丸いものが大好物なんだ。」とおおかみは聞いてくれません。

 そうしている間に、おおかみは月を全て食べてしまいました。

 真っ暗の中、男は立ち止まり、困り果ててしまいました。

 そこで、男は背負った荷物にまんじゅうが入っているのを思い出しました。祝言のおくり物として貰っていたまんじゅうでした。

 男は、そのまんじゅうをふたつ、おおかみに見えるようにかかげました。

「やーい、おおかみ、やーい。ここに丸いまんじゅうがふたつあるぞ。月はひとつしか食べられないが、これはふたつも食べられるぞ」と男はいいました。

「それは良い。月は大きいから食いでがあったが、ひとつしか食べられないのがさびしかったのだ」とおおかみは言いました。

「月を食べるのを止めたなら、このまんじゅうをやろう」と男はいいました。

「止めよう、止めよう。まんじゅうをおくれ」とおおかみは嬉しそうにいいました。

 おおかみは男からまんじゅうをもらうと、ゆっくりと月を食べるのを止めました。

 そうして月が照らした野原には、すすきだけがゆらりと揺れていました。

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