フォッサマグナを武蔵野へ 🚗

上月くるを

フォッサマグナを武蔵野へ 🚗





 真っ白とも銀色とも形容しがたい花すすきの群れが、川の蛇行に寄り添っている。

 これほど見事な風景をはじめて見たと思ったのは、これから向かう墓参のせいか。


 この世のものとは思えないという常套句が軽乗用車の運転者の頭をよぎってゆく。

 言い古された表現を好まないが、今日はそんなことはどうでもいいという感じだ。


 太陽の七色を分け合ったように、深紅や黄色、紺の野菊がかたまって咲いている。

 その可憐な花のリアルさが、異界と現世のかすかな違いと言えば言えそうな……。


 暑いほどの冬日ざしを浴びた運転者は、高速道路のインターへとハンドルをきる。

 これから先は車両専用道路をまっすぐ東方へとひた走るだけ、気楽な道行になる。




      🌾




 県境に近づくにつれ、車内にも冷気が入りこんで来る。

 と、見えた~! 左手に八ヶ岳連峰のギザギザな稜線。


 明治初期の御雇い外国人のひとり・ナウマンさんが、峻厳なる山脈の東側の平沢峠から東方にひろがる巨大な窪地を発見し、ドイツに帰ってからラテン語で命名した。



 ――フォッサマグナ(大地溝帯)。


 

 中央道に入った運転者がこれから向かう先の武蔵野は、地下数千メートルに異質な地溝帯が埋まっている窪地の東端に当たる、つまりフォッサマグナの大縦断である。


 少なくとも旧石器時代を端緒とし、三万年にわたる多層文化層が重なり合っている地域は日本列島でも唯一この一帯だけだと、関連資料で読んだ記憶がよみがえった。


 列島のほぼ中央部に広大に開け、年中気候温暖で水利がよく、海山の幸に恵まれた特別な地域。古都のイメージが強い奈良・京都にすら多層文化は見られないという。


 


      🌺




 両親や先祖が眠る墓地は中央線沿いの閑静な住宅街、日当たりのいい古刹にある。

 降ってわいたコロナ騒動以来三年余り、主治医の指示で首都圏に近づかなかった。


 その間に、生家を継いでくれている妹の夫が亡くなったが、家族葬にも欠礼した。

 感染の間隙を縫い、たいへん遅ればせだが泉下の義弟にも心からお礼を言いたい。


 花屋のものでなく狭庭の花や赤い実を摘んで来たのは、せめてもの気持ちだった。

 お互いの生活に追われていた四歳下の妹とも、近年は親友の交わりになっている。




     🏔️




 最近、あまり報道されないことだが、大正時代に猛威を振るったスペイン風邪も、完全終息には三十年の歳月を要したようだから、第八波間近というコロナも……。


 ついでに言えば、コロナの中国武漢発説、あれもどうなったのか、極端なゼロ政策と関係あるのかないのか、報道統制orプロパガンダは相変わらずなのかも知れない。


 つぎはいつ会えるか、いつまで元気でいられるのかも分からないのだから、絶好の墓参日和に恵まれた武蔵野で、妹と、また先に逝った人たちと心ゆくまで睦みたい。


 はるか遠くに見え出した富士山のシンメトリーに、心のなかで手を合わせながら、欲張りな運転者はこれからの時代を生き延びねばならない世代の安寧も祈っている。

 



      ※参考文献:張大石「Musashino フォッサマグナ MとFとの間」

                   (『武蔵野樹林 VOL.5 2020秋』)




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

フォッサマグナを武蔵野へ 🚗 上月くるを @kurutan

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ