第39話 食料を調達する

 森を抜けた時には、すでに日が暮れかかっていた。

 なので、しばらく進んだ先にある湖の畔で野営をすることにした。

 この辺りは比較的穏やかで、魔物の数も少ない。仮に出現したとしても、視界が拓けているので対処するのも容易だ。


 馬車を湖畔に停める。

 荷台に積んでいた食料を降ろしていく。

 御者に帰った後に料金を払うと申し出たところ、


「いえいえ。もう充分にお金は貰ってますから。これ以上、旦那の財布を開けて貰うわけにはいきません」と断られてしまった。


 そういうことなら……。

 お言葉に甘えさせて貰うとしよう。

 俺たちは湖畔の傍に焚き火を焚くと、その焚き火を囲んで座った。堅焼きパンや干し肉といった非常食を口にする。


「うえー。あんまり美味しくなーい」


 メリルが干し肉を食べるなり、げんなりとしながら言った。

 舌をべろんと出している。


「お肉が固いし、塩漬けにしただけだから味も悪いし……。グルメのボクちゃんの舌にはちょっと合わないなあ」

「こら。メリル。分けて貰ったのに失礼ですよ」

「だってー」


 確かにメリルの言う通りだ。

 お世辞にもこの干し肉は美味いとは言えない。


 それもそのはず。

 干し肉と言ってもほとんど乾燥肉であり、塩漬けにしただけなので、美味しさとは無縁の味をしていた。

 これがコショウを掛けて保存したものであれば、味は段違いに良くなるだろうが、高価なので庶民は手を出せない。


「あっしももっと、美味いものを食べたいんですがねえ。やっぱり、非常食となると味が落ちるものが多いんですよ」

「パパの手料理を食べ慣れてたら、こんなの食べられないー。もー。パパが美味しいものを作るのがいけないんだー」

「ええっ!? 俺のせいなのか!?」

「メリル。贅沢を言ってはいけませんよ。口にできるだけありがたいと思わないと。胃袋に無理やり収めるのです」

「武人の考え方ねー」


 アンナがエルザの言葉に相づちを打つと、


「まあでも、味気ないのは事実よね」

 と言った。

 彼女もメリルの意見自体には賛成のようだ。

 現に堅焼きパンを食べる手は進んでいない。


「そうだな……」


 食事というのは大事だ。

 明日の娘たちの士気にも関わってくる。


「よし。俺たちで食料を調達するとするか。すぐ傍に湖と林があるし。魚やら木の実やらを集めれば足しになるだろう」


 早速、動き始めることにした。

 俺は近くに生えていた木々の枝を折った。

 その先端を鋭利に削る。


「パパ。それなあに?」

「これは銛だよ。湖に潜って、魚を一突きにするんだ」

「へえー。でも、魔法を使った方が早くない? ボクの氷魔法で湖を凍らせたり、雷魔法を使えば大漁間違いなし!」

「それだと湖にいる魚が全滅するだろ……。食べる分だけ捕らないと。生態系を壊すようなことはしたくない」

「パパは優しいんだねー」

「皆は辺りを散策して、食べられそうなものを探してきてくれ。だいたい、一時間もすれば戻ってくるから」


 俺は上着を脱ぐと、上半身裸になった。

 湖の中に飛びこむ。

 目を開けると、水中をぐるりと見回した。

 魚がいるはずなんだが……。

 お。いた。

 目の端を横切っていった魚を追った。そして右手に構えた銛を放つ。一閃――針の穴に糸を通すように魚の土手っ腹を突いた。

 まずは一匹ゲットだ。

 俺は荷台から持って来たカゴに魚を入れた。再び潜る。

 良いサイズの魚を見つけると、追いかけて銛で突いた。一時間もしない内にカゴから溢れかえるほどの大漁になった。


 ――そろそろ良いだろう。


 俺は水面に顔を出すと、湖畔へと戻った。

 すでに娘たちも焚き火のところに集まっている。


「あ。パパ、おかえり~♪ お魚取れた? ――って、うわっ! カゴいっぱいにお魚が詰まってるじゃーん!」


 メリルが俺の腰に抱きついてきた。


「これだけあれば、皆、お腹いっぱいになるだろ。そっちはどうだった? 食べられそうなものはあったか?」

「はい。我々は木の実やキノコを採ってきました」

「おお。大量じゃないか」


 藁を編み込んで出来たカゴには、木の実やキノコが山積みになっていた。よくこの短い時間で集められたものだ。


「エルザとアンナが大活躍したんだよー」


 メリルが言う。


「私は幼い頃、父上と山ごもりをした経験がありますから。木の実やキノコの生えている場所はすぐに見つけられました」

「それが食べられるかどうかを判断するのは私の役目。村にいた頃、パパに教えて貰った知識が生きてくれたわ」


 頼もしい娘たちだ。

 俺たちは収穫した食料を焚き火で調理していく。

 キノコや木の枝に刺した魚を焼いていった。木の実はそのままだ。どれも新鮮で非常食とは比べものにならない美味しさだ。

 娘たちもお腹いっぱいになって満足してくれたようだ。

 これで明日も戦えるだろう。

 食事を終えた後は、湖にて水浴びをすることになった。

 娘たちが先に湖に向かい、俺と御者の男は馬車の傍で待機。きゃっきゃうふふとした声がこちらにまで聞こえてくる。


「あー。エルザのおっぱい、また大きくなってるー! いいなー」

「こ、こんなものは剣士にとって不要です。戦う際に邪魔になりますから。私はメリルのように身軽な方が羨ましいです」

「ぺちゃぱいってことじゃんかー! ムカツクー!」

「あのねえ。メリル。あなたはまだ子供だから分からないかもしれないけど。女の魅力は胸の大きさだけじゃないの」

「ぶー。アンナ、知ったような口を叩いてるけど。恋人いないくせに」

「なっ!? べ、別にそれは関係ないでしょ!? どうして女の魅力を語るのに、恋人の有無が関係あるわけ!?」

「効いてる効いてるー♪」

「このっ! 待ちなさい! 懲らしめてあげるわ!」

「待たないもんねー♪」


 バシャバシャと水を掛け合う音が聞こえてくる。

 皆、仲がいいようで何よりだ。


「美少女三人が一糸まとわぬ姿でキャッキャウフフと楽しんでる。旦那、これは男として覗きにいかないと」

「行くわけないだろ。娘だぞ」


 俺は言った。


「後、一応警告はしておくけど。覗きに行こうだなんて妙な真似をしたら、あんたをタダでは済まさないからな?」

「わ、分かってますよぉ。旦那、目がおっかないです」

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