第38話  火山への遠征

馬車は王都を出発した。

 ドゥエゴ火山を目指して、街道を走っていく。

 御者の男が御者台にて馬の手綱を引き、俺たちは荷台に乗っていた。

 隣に座るメリルが俺の肩にもたれかかってくる。


「むふふ~。パパの隣はボクちゃんのものだもんね♪」

「くっ……。父上の隣の席に座る者を決めるじゃんけん……あそこで私がチョキを出していれば今頃私が隣だったのに」


 エルザは自分の手を見つめながら悔しげにしていた。


「エルザはバカの一つ覚えみたいにグーばっかり出すからね~。パーを出しておけばまず負けることはないもん」

「私は騎士ですから。正々堂々、己の拳一つで戦います。チョキやパーなどの軟弱な手で勝つつもりはありません」


 チョキとパーは軟弱な手なのか?


「そもそもジャンケンの手の由来って、グーが石で、チョキがハサミ、パーが紙や布っていうことらしいから。グーは拳でも何でもないわよ」

「えっ? そうなのですか?」

「騎士の誇りを重んじるのなら、比較的剣に近いハサミのチョキで戦うべきでしょ。それならさっきの勝負も勝てたのに」

「うっ……。不覚でした」

「さすがアンナは物知りだねえ」

「これくらいは常識よ。常識」

「私は教養のなさを晒してしまいました。恥ずかしいです……! 父上に剣だけの脳筋女だと思われてしまうっ……!」

「別にそんなことは思わないが」


 愛する娘だ。

 ただ健康に生きていてくれるだけでいい。


「旦那たち、暢気ですねえ。いつ魔物が出てくるかも分からないってのに。……そもそもなぜこの時期に火山に向かうんです?」

「調査のためだよ。火山で巨大な魔物の目撃情報があったから。エンシェントドラゴンかどうか確かめに行くんだ」


 仮に奴とは違う魔物だったとしても、放っておけば被害が出る恐れがあるから討伐するつもりではあるが。


「エンシェントドラゴンっていうとアレですよね? 十数年前、ふもとの村を一つ丸ごと焼き払ったとかいう……。村は火の海になって、地獄絵図のようだったとか。当時、俺も人伝てにその凄惨さを耳にしましたよ」


 御者の男はそう言うと――。


「しかし、そんなおっかない魔物を探しにわざわざ出向いてくるとは、旦那たちも物好きなんですねえ。討伐任務じゃないから、報酬金も出ないんでしょう? 旦那、もしかして何か因縁でもあるんですかい?」

「――っ」


 痛いところを突かれた。

 俺とエンシェントドラゴンの間には因縁がある。

 ……俺だけじゃない。

 娘たちと奴の間にもまた因縁が存在していた。

 娘たちの故郷が焼き払われたのも、本当の両親と別れることになったのも、全ては奴を討ち倒せなかったからだ。

 御者の男の言葉を誤魔化そうとしたが、動揺したせいで変な間が出来た。今から何か口にしても不自然になる。

 かと言って、黙っていると詮索されてしまう。

 そう思っていると、アンナが代わりに言葉を紡いだ。


「因縁どうこうとかじゃなくて。放っておいたら被害が出るかもしれない。なら、理由としてはそれで十分でしょ。ねえ?」

「アンナの言う通りです。父上は大きな視野で物事を捉えられる方。王都の者たちのために剣を執ったのでしょう。私もまた同じです」

「ボクはただ単にパパが行くから付いてきただけ~」

「ははあ。さすがは騎士団長やギルドマスターの父親だ。立派な考え方ですなあ。俺にはとても真似できそうにねえや」


 御者の男は今の答えで納得してくれたようだ。

 娘たちに助けられたな。

 もっとも、彼女たちの言葉も間違ってはいない。

 エンシェントドラゴンを放って置いたら、またあの時のような被害が出る。その前に奴を倒さなければならない。

 馬車はしばらく街道を走ると、深い森の中へ入った。

 樹齢数百年は下らないような巨木が、鬱蒼とそびえ立っている。折り重なった葉が空を覆い隠しているせいで、日中なのに夜のように暗い。

 空気もひんやりと澄んでいた。

 左右に巨大な木々の立ち並ぶ暗い道を、真っ直ぐに進んでいく。


「気をつけてくださいよ。この森には魔物が多く生息してますからね。運が良ければ遭遇せずに抜けられますが」


 御者台に座った御者の男が、手綱を引きながら言った。


「だとすれば、今日の俺たちは運が悪いのかもしれないな」

「――えっ?」

「馬車の周りを魔物たちが遠巻きに取り囲んでる。聞こえないか? 土を踏みしめる足音が四方八方でするだろ」

「ええええ!?」


 御者の男が悲鳴を上げた約十秒後。

 前方の茂みから黒い影が飛び出した。

 ブラッドウルフ。

 獰猛な狼の魔物。鋭い爪と牙、そして筋肉質の脚。統率の取れた群れで獲物を屠る中々に厄介な敵だった。

 辺りの茂みや木々の間に、次々と赤い目が浮かび上がる。

 瞬く間に十匹近くになった。

 俺たちは荷台の席を立つと、地面へと降りたった。

 アンナは非戦闘員なので待機だ。

 俺は御者の男にも声を掛けた。


「あなたは御者台で待機しておいてくれ。一歩も動くんじゃないぞ。ここでじっとしてる限りは身の安全を保証する」

「あ、ああ……。だが、大丈夫なのか? 三人であれだけの数……」

「ちょっと分が悪すぎるかもしれないな」

「ええっ!? お、おい、あんたらが死んだらあっしらもおしまいなんだぞ!? それをちゃんと分かってるのか!?」

「ん? 何か勘違いしてるみたいだな。違う違う。分が悪すぎるのは、俺たちじゃなくてブラッドウルフたちの方だよ」


 俺はそう言うと、腰に差していた剣を抜いた。


「正直、こっちは一人でも充分すぎるほどなんだ。それを三人掛かりで行くのは、相手に少々申し訳ない気がするな」

 

 ☆


数分後――。

 俺たちの目の前にはブラッドウルフの骸が転がっていた。

 十匹近くいた群れだが、一匹残らず討ち倒した。

 当然のように俺たちは無傷だった。


「ま。ざっとこんなものだろう。それにしても二人とも、良い動きだったな。普段よりも調子が良いんじゃないか?」

「ふふ。父上と久しぶりに共闘できるので張り切ってしまいました」

「ぶぅ。もっとパパに見て貰いたい魔法があったのにー。この子たち骨なさすぎー。準備運動にもならないじゃんかー」

「こりゃあ、本物だ……」


 御者の男は戦々恐々とした表情をしていた。

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