第35話 メリルの研究

 魔法学園の教室。

 俺は非常勤講師として教鞭を執っていた。

 教室は相変わらず満席。生徒たちは皆、熱心に授業を聞いている。イレーネやノーマンなど教師陣も立ち見して受講していた。


 だが――。

 メリルの姿は席に見受けられない。


 ……おかしいな。いっしょに登校してきたんだが。サボるにしても、あいつは自分の席で堂々とサボるだろうし。


 うーむ。ちょっと心配になってきたな。

 次の休み時間にでも、様子を見に行ってみようか。

 なんてことを考えていた時だ。


「できたーっ♪ 完成ッ!」


 ガラッ!

 教室の扉が開け放たれ、上機嫌のメリルが現れた。

 満面の笑みを浮かべている。


「メリル。どこに行ってたんだ?」

「んふふー。ずっと研究室に篭もってたんだー。実験、実験、また実験。暗いトンネルの中を彷徨い歩いてたんだよ~」


 そういえば――。

 メリルは特待生として専用の実験室を与えられているのだとか。

 今まではその研究室に篭もっていたらしい。


「だけど、ついにボクちゃんの研究が完成したの! じゃじゃーん! これが賢者の名を持つボクの最高傑作だよ~♪」


 掲げられたのは――透明なフラスコだった。

 中には桃色の液体が入っていた。

 何だろう。

 見ていると不思議な気分になってくる。


「これがメリルの開発した最高傑作なのか?」

「うん。この薬品があれば、ボクの長年の夢が叶うんだ~♪。ふへへー。考えただけでもニヤニヤしてきちゃう」

「よく分からないが、凄いものなんだろうな」


 メリルはこれまでに何度も画期的な発明をしてきた。

 魔導器もその一つだ。

 今回も人々の暮らしに革命を起こすものだったり。


「メリル。その発明品、使ってみてくれよ!」

「俺たちも歴史の証人になりたいぜ!」


クラスメイトたちは賢者と称されるメリルの発明品に興味が湧いたのだろう。口々に熱の帯びた声を投げかけてくる。


「そうだねー。皆の前でお披露目するっていうのもアリかなー。その方がボクちゃん的にも燃えるしね♪」


 メリルはここで発明品を披露することにしたようだ。

 本来、今は授業中なので俺は止めなければならない立場だが……。生徒たちも興味津々のようだし大目に見るとするかな。


「で、その液体はどうやって使うんだ?」

「これはねー。使用者の血液に触れることで発動するんだよー」


 メリルはそう応えると、


「んにゃー。この日が来るまで長かったなあー。でも、これを使えばボクちゃんは今以上に幸せになれるしねー」


 よほど機嫌が良いのか、その場でくるくると回り始めた。

 タップを踏み、踊り出す。

 完全に油断していたのが原因だろう。ガッ、と足元の段差につまずき、手に持っていたフラスコが宙を舞った。


「あっ……」とメリルが声を出した時には遅かった。


 フラスコは床に落ち、パリンと割れた。

 中の液体が広がっていく。

 そしてそれはさっき俺が魔法陣の実演用のために垂らしていた血液に触れると、桃色の輝きを放ち始めた。


「あ――――っ!?」


 メリルが叫び声を出した。


「め、メリル!?」

「ボクちゃんの血液で発動させるつもりだったのに! よりにもよってパパの血液に反応して発動しちゃった!」

「それはマズイのか?」

「マズイっていうか――」


 次の瞬間――。

 桃色の液体は霧となって教室中に散布された。

 クラスメイトたちはその霧に包み込まれる。イレーネやノーマンも。しばらくぼーっと放心状態になったかと思うと。

 ポワーッ……。

 彼らの瞳の中にハートが浮かび上がった。


「カイゼル先生~」

「カイゼルさん」

「カイゼル……!」


 教室にいる皆が、俺に熱い眼差しを向けていた。

 思わずぞくりとする。

 受け止めきれないほどの巨大な好意を感じた。


「メリル。これは……?」

「皆、霧に包まれてパパのことが大好きになっちゃったんだよ。ボクが開発したのは散布型の強力な媚薬だから」

「媚薬!?」

「あーあ。これでパパをメロメロに出来ると思ったのに。これまで以上にラブラブな関係になれると思ったのに」

「…………」

「カイゼルさんっ……!」


 いきなり床へと押し倒された。

 俺の上に乗っているのは――イレーネだった。


「私……あなたのことしか考えられなくて……カイゼルさん……私とあなたの子供は何人くらい欲しいですかっ……?」

「ええっ!?」


 ダメだ。

 普段、理知的なはずの彼女が、完全に理性を失ってしまっている。制服の上もはだけて下着が覗いていた。白だった。


「イレーネ先生! 正気に戻ってください!」

「カイゼルっ!」

「ノーマン先生!?」

「私とお前は心の友! 精神的に繋がった中だッ! だが、今以上の親睦を深めるために身体で繋がろうではないか!」

「何言ってるんだ!?」

「カイゼル。お前がタチだ! 私はネコでいい!」

「何言ってるんだ!?」

「カイゼル先生!」「カイゼル先生!」


 生徒たちも雪崩れのように俺へと迫ってくる。

 どいつもこいつも正気を失ってしまっている。

 それに普段よりも力が増大しているようだ。


 俺ははっとしてメリルの方を見やった。

 もしメリルが媚薬の霧に宛てられていたら――俺への好意が暴走して、恐ろしい事態を引き起こすのではないか?

 それこそ学園全体を破壊してしまうような。


 けれど――。

 彼女はいつもと変わらず、ニコニコと楽しそうな笑みを浮かべている。


「メリル! お前は大丈夫なのか?」

「ボクちゃんは普段から、パパのこと大・大・大好きだから♪ 今さら媚薬に宛てられても全然変わらないよ」


 メリルはにっこりと微笑みながら言った。

 ……この狂気のような好意を、普段から胸に宿しているのか? それでいて理性を失わないで普通に過ごせている。

 俺は背中が冷たくなるのを感じた。

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