第22話 魔法学園の講師
翌日の朝。
俺は魔法学園へとやってきていた。
今日から非常勤講師として勤務することになっている。
教室にメリルを送り届けた後、学園長室へと向かった。
そこにはマリリンが待ち受けていた。
「よく来たの。今日からよろしく頼むぞ」
「こちらこそ。お願いします」
「よい返事じゃ。期待しておるぞ。お主には非常勤講師として、メリルのクラスの副担任になって貰うからの」
「副担任……ですか?」
「うむ。こやつ――担任のノーマンの補佐について欲しい。分からんことは、全てこやつが教えてくれるはずじゃ」
マリリンは傍に控えていた男を紹介してくれた。
「ふん……」
ノーマンと呼ばれた男は片メガネを指で押し上げた。
年は俺と同じか少し上くらいだろうか。
長身痩躯の体型。
冗談が通じなさそうな厳粛な面持ち。
全身から漲る自信。
いかにもエリート魔法使いという風貌をしていた。
「無愛想でプライドの高い男じゃが――魔法の腕は確かじゃ。お互い、学ぶべきところも多いじゃろう。仲良うやってくれ」
俺たちは挨拶もそこそこに学園長室を後にする。
教室へ続く廊下を歩いている時だった。
「納得できないな」
ノーマンは低く固い声で呟いた。
「我が校の講師は代々、伝統ある魔法学園の卒業生のみで構成されている。お前は学園の卒業生ではないだろう」
「ええ。俺は卒業生じゃありません」
「それを非常勤とは言え特例で。メリルを学園に通わせるためとは言え、どこの馬の骨とも分からん魔法使いを――」
ノーマンは呆れたように溜息をついた。
「メリルの奴は文句なしの天才だ。魔法学園の歴史上、一二を争うほどの。だが、その親は何の関係もない。凡俗たる魔法使いが伝統ある我が学園の講師を務めるなど、我が学園の歴史に泥を塗るような話だ」
確かに講師たちからすると面白くないだろうな。
それはもちろん織り込み済みだ。
「俺は別にあなたに気に入られるために講師を受けたわけじゃない。学園長に頼まれたからそうしただけです。娘のために、ひいては学園のためになればいいと。だから講師陣にどう思われようが関係ない」
「ふん……。三流魔法使いが。一丁前なことを」
ノーマンは不愉快そうに表情を歪めた。
その内、教室の前へと辿り着いた。ノーマンの後に続くように中へ。そこは大学の講義室のような内装をしていた。
教卓から段々状に生徒の席が配置されている。
「あっ! パパだ! パパ~♪」
後ろの席のメリルが俺に気づくと、両手を振ってきた。
俺は苦笑と共に手を振り返した。
「静かに!!」
ノーマンは教卓を叩いて声を荒げた。
「彼はカイゼル――非常勤講師として我がクラスの副担任となる。以上だ。では、授業を始めるとしよう」
簡潔な紹介をすると、ノーマンは授業に移ろうとする。
俺に使う時間も惜しいということらしい。
相当、毛嫌いされているようだ。
ノーマンは魔法構文の授業を行っていた。
基本は口頭で説明しながら、時折、板書をするというスタイル。
……なるほど。中々堂に入っている。
だが――。
ノーマン自身が優秀な魔法使いということもあるだろう。説明が難しく、過半数の生徒は授業に付いてこれていない。
――もっと噛み砕いて教えてやらないと。
「メリル! 貴様! 私の授業で寝るんじゃないッ!」
「……むにゃ?」
メリルに至っては堂々と居眠りをしていた。怒鳴り声に顔を上げると、くああ、と欠伸を漏らした。
「だって、ノーマン先生の授業、つまんないんだもーん。パパがやった方がずっと面白いと思うけどなー」
「なっ――!」
ノーマンはこめかみに青筋を浮かべた。
「ふざけるなッ! 私の授業がこの凡骨以下だとッ!? そんなわけがない! いい加減なことを抜かすなッ!」
よほど癪に障ったのだろう。
唾飛沫を飛ばしながら、大声で叫んだ。
「ほんとのことだもーん」
メリルはまるで悪びれる様子がない。
魔法使いとしての実績はメリルの方がノーマンよりも遙かに上なので、言い返そうにも言い返せない。それにメリルが言ったことにより、周りの生徒たちはノーマンより俺の方が指導が上手いのでは? という空気になっていた。
「……いいだろう。そこまで言うのなら、見せて貰おうじゃないか。お前の大好きな父親の授業とやらを!」
ノーマンはそう言うと、俺の方を向いた。
「カイゼル。私の代わりに授業をしてみろ」
「――はい?」
「貴様が授業をした後、その授業のテストを行う。以前、このクラスで行った時の平均点を上回れば認めてやる」
もう俺が授業をする流れになっていた。
……まあ、俺も非常勤講師として給金を貰っている身だ。ノーマンの傍でずっと棒立ちして見ているのも気が引ける。
貰っている給金に見合うように学園に貢献しなければ。
「分かった。そういうことなら」
俺は了承すると、ノーマンと入れ替わりに教壇に立つ。
「貴様。講師の経験は?」
「ない。メリルに教えたくらいだ」
「そうか。精々、頑張ることだな」
ノーマンはにやりと笑みを浮かべた。
俺が失敗する様を愉しみにしている――そんな表情だった。
人間関係というのは面倒なものだ。
俺は苦笑いを浮かべると、生徒たちに向き合った。
「じゃあ。魔法構文の授業を再開するな」
そして授業を開始した。
ノーマンがさっき行っていた授業とは異なり、難しい説明を、身近の分かりやすいものに置き換えて説明した。
それに退屈にならないよう、生徒に適度に質問をしたり、ユーモアを交えることで笑いを誘ったりした。
すると――。
さっきノーマンの授業ではついてこれていなかった生徒たちも、目の光を失わずに俺の話を聴くようになった。
「なるほど。そういうことだったのか……!」
「めちゃくちゃ分かりやすいな」
「カイゼル先生の授業、とっても面白い!」
生徒たちの反応は目に見えて違っていた。
皆、授業の本質が理解できようになったことで、興味を抱き、前のめりに授業を受けてくれるようになった。
教室の雰囲気は和やかで、時折、大きな笑いが起こった。
「ぐぬっ……!」
ノーマンはその様を見て歯噛みしていた。
「よし。今日のところはここまでだ。後で質問があれば訊きに来てくれ。――ってその前にテストがあるのか」
俺はノーマンから受け取ったテスト用紙を皆に配る。
「確かに授業は盛り上がっていた。だがッ! 生徒たちが授業の内容を理解できたかどうかはまた別の話だ!」
ノーマンは声を荒げた。
「その場を盛り上げるだけなら、大道芸人を呼んだ方がいい! 問題は生徒が魔法の理解を深められたかどうかだ!」
しかし――。
生徒たちのテスト用紙に走らせるペンの動きは軽快だった。しばらくして回収し、講師二人で手分けして採点する。
結果を見たノーマンの顔色が変わった。
「ば、バカな……! 平均点が十点以上も上がっているだと……!? 私の授業より貴様の授業の方が上だというのか……!?」
「上とか下とかはよく分からないが」と俺は言った。「クラスの皆が、優秀であることは間違いないだろうな」
ちゃんと教えてやれば、皆、スポンジのように吸収が早い。きっと、将来は優秀な魔法使いになることだろう。
「くっ……! このままでは終わらせんぞ……!」
ノーマンは憎々しげな声を漏らしていた。
……やれやれ。
俺はむしろこのまま終わって欲しいんだけどな。
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