逆恨みも大概にしてください。


 立て続けに起きるモートン家の礼を失する行為の数々には、ステフだけでなく、フェルベーク公爵家とブロムステッド男爵家もおかんむりだった。

 それに加えて今回の水没事件は彼らを本気で怒らせてしまった。


 正式な抗議だけでなく、モートン侯爵一家が出席する場には参加しないとあちこちに公言しているそうだ。

 そのせいで、モートン侯爵一家に近づく人はいないらしい。もともと負債で首が回らなくなった時点で、遠巻きにされるようになっていたそうだが、ここに来て彼らはぎりぎりの崖っぷちに立たされていた。


 フェルベーク公爵家は色んな場所へ圧力をかけて経済制裁したとか。

 ブロムステッド男爵家は、それ以上の制裁を加えた。


 ブロムステッド領には、生活に必須のなくてはならない主要産業があって、それが欠けたらかなり生活に影響の出るものばかりだ。

 それを別のところで購入する手もあるけど、割高で質が落ちる。金銭的に困窮しているモートン家には厳しい制裁だろう。

 普段は穏やかな伯父様伯母様だけど、怒らせたら怖いのである。


 娘のやらかしで立場がなくなったというモートン家の当主は平伏して謝罪してるけど、許せる限度を超えているため当然のことながら門前払いだ。

 マージョリー嬢は現在、王城の地下にある貴族専用の牢へ収容中で、少なくとも無罪にはならないだろうって話だった。

 でもやっぱり貴族という特権階級があるから、どこか甘い処分になるだろうなと私は思っていた。


 意図的に悪意を持って傷つけたにも関わらずに、侍女さんには怪我を負わせたのに、私を殺そうとしたのに、だ。



◆◇◆



 今となってはお城の中が1番安全なのかも。

 そんな気分でのほほんと中庭を侍女・護衛さんたちとともに歩いて散歩していた私は、平和を噛み締めていた。


 ──パリーンッとなにかが割れる音と、興奮した獣の鳴き声が聞こえるまでは私は平和を謳歌していた。


「何事だ!?」


 異変を察知して即座に警戒してみせた護衛騎士たちは私を背中へ庇う姿勢を見せた。すると、がさがさっと茂みが動き、それらは飛び込んできた。


「フシャーッ!」

「うわぁっ!?」


 見た目は愛らしい猫のはずなのに、その猫の目は明らかにイっていた。鋭い牙の生えた口を大きく開けて騎士の頭へ飛びつくと、ガブリと噛み付く。


「いてぇぇ!」


 細く鋭い牙が首の柔らかい皮膚に喰い込んだようで、現在進行で被害に遭っている騎士が悲鳴を上げる。


「お、おい大丈夫か」

「ゥナァァン!」

「な、なんでここに猫が」


 まさかの刺客に騎士も戸惑いを隠しきれない。

 しかもその猫は図体も大きく、凶暴なのだ。他の騎士が引き剥がそうとするも、猫が爪を立てており、なかなか剥がれない。


「私におまかせを。こう見えて、私は猫の扱いに慣れて…」

「ミギャアアアーッ!」

「きゃあっ!?」


 自信満々に猫の処理を買って出た侍女だったが、さらなる刺客が彼女を襲った。彼女の背後から飛びついてきた影が、彼女の腕に噛み付いてきたのだ。


「いたぁぁい!」


 侍女は涙目で悲鳴を上げた。いくら猫の扱いが得意でも、痛いもんは痛いだろう。


 突然出現した猫たちはやけに攻撃的で、騎士や侍女を混乱させていた。

 お腹が空いているとかそういう雰囲気はない。敵意を持って襲ってきた風に見えるが、私達は猫になにかしたわけでもない。

 猫たちの勢いは収まる気配はなく、血の味に興奮したのか余計に凶暴化しているように見えて、どこか異様だった。


 ここで丸腰のまま手を出しても、私まで怪我をする流れだ。

 なにか大きな布かなにかで猫の視界を奪ったら捕獲できるだろうか。私はくるりとあたりを見渡した。


 そういえば、庭師さんが植物に霜がつかないように大きな布を使用していたことがある。道具置き場にあるかもしれない。

 運良くここから距離も近い。ちょっと拝借して猫を引き剥がしてしまおう。


「…むっ!?」


 そう思って私は歩を進めたのだが、にゅっとどこからか伸びてきた腕に口元を塞がれて、そのまま別の場所へ引きずり込まれてしまった。



◆◇◆



 年がら年中、一定の温度に保たれている温室内に連れ込まれた私は、そのまま地面に投げ捨てられた。


「…ぃたっ!」


 どしゃりと地面に体を叩きつけられた私は痛みにうめいた。なんという乱暴な。誰だこんなことをするのは…!

 顔を上げた先には見覚えのある危険な実をつける植物が立っていた。


 あっ、ミフクラギ。


「本当に目障りな女だ。レオーネ・フェルベーク」


 嫌味なその声。

 それを確認するために振り返らずとも、相手が誰だかわかる。

 私は素早く立ち上がると、相手から距離を取るために後ろへ下がった。


 この温室へ私を連れ込んだのは、モートン兄だった。

 彼は何故か苛立たしそうに首元のクラバットを緩める仕草をしながら、私を睨みつけていた。


「格下の子爵家との縁組は私としても反対だったから、マージョリーと王族の縁を結ばせるつもりが失敗したよ。……それだけでなく、フェルベークとブロムステッドが圧力をかけてきて、我が家は大変なことになってしまった」

 

 それは、私のせいだと言いたいのか?

 だがそれはとんでもない勘違いだぞ。なぜ今になってもそれがわからないのか。


「病弱で役に立たない、そのうち消えるだろうと言われていた第3王子がここまで頭角をあらわにするとは思わなかったよ」


 私が黙って睨みつけていると、モートン兄はステフの話をし始めた。


「あの王子に取り入ろうにも警戒されて、なかなかうまくいかなかった。仲良くしてやろうと声をかけてやってるのに、それを無視する」


 それは貴族らしい打算と逆恨みも含まれているように聞こえる。相手にしてもらえないのがよほど気に入らなかったらしい。

 相手は王族だ。それなのにモートン兄はステフを格下のように見ているようだ。

 その態度は不敬に値するし、彼はどこまでいっても上から目線すぎた。


「…気に入らない。この私をコケにしてくれたんだ」


 そう言って私に近づいてきた男の目は、興奮した獣のような目をしていた。

 身の危険を感じた私はすっと片足を引いていつでも攻撃を交わせるように身構えた。


「あなたが彼を見くびって見誤っていただけでしょう。相手にされないのは、相手にする価値がないと判断されたからでしょう。あなたが打算で相手を判断するようにステフだって同じことをしただけじゃない」


 ステフにだって私的に誰と交流するかを選ぶ権利はあると思う。

 もちろん、彼には公的な立場もあるから、社交として付き合わなきゃいけない部分もあるだろうけど。


 それはそれとして、私的な交流を断られたからって逆恨みが過ぎるんじゃないだろうか。貴族だってみんながみんな仲良しってわけじゃないでしょ? 仲の良くない人とは衝突しないように距離を置くのが一番平和な過ごし方だと思う。


 それなのに、彼はそれが認められないみたいだ。ステフに拒絶されたのがよほど嫌みたい。

 ──最初にステフを拒絶したのはモートン兄妹なのに。


「仲間外れされて、悔しがっている小さな子供みたいなことを言っている自覚はある? そんなんだからステフに嫌われるのよ!」

「貴様、この私に向かって生意気な口を…!」


 カッとなったモートン兄は顔を真っ赤にして私に向けて腕を伸ばしてきた。

 殴られるのかと思ったら、その腕は胸元を掴んできたではないか。ぐっと力を込められ、ドレスの布地がびりっと嫌な音を立てる。


「私に逆らったんだ。その分のツケは払ってもらうぞ。…お前は顔だけはいいからな。十分楽しめるだろう」


 ニヤリといやらしい笑みを浮かべるモートン兄。

 私は嫌悪感を隠さずに相手を睨み付けた。

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