ほんの少しくらいの安寧くらい与えてくれてもよくないですか?


 私が動けばその分狙われやすくなる。それだけ危険性が増す。

 私のせいでまた誰かが傷つくのが恐ろしくて、部屋に引きこもりっぱなしになった。


 王子から食事の誘いを受けてもお断りし、自分に与えられる食事も毒味の回数を減らすために品数を減らしてもらった。お昼の休憩のおやつは辞退して、口にものを入れる回数を減らした。日課の散歩だってしなくなった。


 私は自衛のつもりだったが、周りの人から見たらそれが塞ぎ込んでいるように見えたようだ。このままじゃ病気になってしまうとヨランダさんに心配され、外の空気を吸いに行きましょうと中庭への散歩を勧められた。

 わざわざ中庭のスペースにテーブルと椅子を設置してくれ、テーブルの上にはアフタヌーンティーセットまで用意してくれた。ケーキスタンドに乗っているのは素朴なクッキーやマフィンだった。


「菓子職人達の腕には負けますが、私も簡単なお菓子くらいなら作れますのよ」


 いつもであればキラキラ宝石箱みたいなケーキが用意されるものだからちょっと拍子抜けしたのが周りに伝わったようだ。ヨランダさんが照れ臭そうに教えてくれ、これが彼女の手作りだと知る。

 もしかして私が食べるのを怖がっているのを見て、他の誰かの手が加わらぬよう用意してくれたのだろうか。


「……ありがとうございます」

「どういたしまして。お茶をいれますね」


 準備されたお菓子もお茶も形式的な毒味をされたが、私もこれらに毒や異物が混入しているとは思っていない。

 優しい味のするお菓子は、お母さんが作ってくれるお菓子を思い出させた。


「おいしい」


 異物混入事件以来、私は食べることに臆病になっており、恐怖に顔を引き攣らせながら食事をすることが多かった。だから安心して食べられることの幸せを実感してなんか涙が出てきた。


「お気に召されたようで、よろしゅうございましたわ」


 私が信頼して食べたことが嬉しかったのか、ヨランダさんまで目尻に涙を浮かべて目元をそっと抑えていた。

 多分狙われている私だけでなく、周りでお世話している人も同じく恐怖を感じているんだろう。とばっちりで傷つけられる可能性だってあるんだ。

 私が安心して食べられるように身辺を警護してくれる護衛騎士さんや、側についてくれるヨランダさんや侍女さんの優しさに感謝しながら私はおやつを楽しんでいた。


 優しい風が草木を撫でる音が聞こえる。

 空からは暖かい太陽の日差しが降り注いで気持ちいい。ひと時の穏やかな時間に私は頬を緩める。


 しかし、私の穏やかな時間は僅かな時間で締め切られてしまった。

 紅茶を飲もうとソーサーからカップを持ち上げると、突然カップが爆発したのだ。

 紅茶と、砕けたカップグラスが膝の上に落ちた。バシャッとふりかかった紅茶がドレスに染みる。布に染み込んで遅れて熱が伝わってきた。

 

「レオーネ様!」

「お下がりください!」


 何事だと騒いでる暇もなかった。私は護衛騎士の1人に腕を引っ張られて背中に隠される。彼らは周りを警戒し、すでに抜刀していた。


 私は視線だけを動かして、自分が座っていた席を見た。

 零れた紅茶と、割れたカップとソーサーが芝生の上に散らばり、ヨランダさんが用意してくれたお菓子の乗ったお皿周辺も散らばっていた。

 ──なぜなら、そこに矢が突き刺さっていたからだ。


 カップが爆発したのではなく、私を狙って射られた矢がカップに当たり、そしてテーブルの上に突き刺さったのだ。ちょっとでもズレていたら私に命中していた。


 さきほどまでの穏やかな時間が一変して、殺伐とした空気が辺りを支配した。


「何者だ! 隠れているのは分かっているぞ!」


 護衛騎士が姿を見せない敵に向かって叫ぶ。 

 中庭の花々や生け垣に隠れて潜んでいる、私の命を狙う何者か。明確な殺意は伝わってきた。


「レオーネ様、こちらに」


 騎士の背中に隠れていた私を更に守ろうとヨランダさんや侍女達が更に壁になろうとする。

 私を守ろうと、命を盾にしようとしてくれているのだ。


 ただ、占いで決められただけの、【王子の運命の相手】である平民のために職務を遂行しようとしている。

 その事実に私は心臓に針を幾重にも突き刺されたような胸の痛みを感じた。


 ぱきり、と細い木の枝を踏み付けたような音が聞こえてきたと思えば、隠れていた刺客達はあっさり姿を現した。

 現れたのは3人。こちらの護衛騎士と同じ人数である。


「貴様ら! どうやってここまで侵入してきた!」

「その服をどこで調達した!」


 刺客らは王宮騎士の服を身につけているけど、雰囲気は騎士のそれではない。影で生きている人間の空気をまとっているので、見る人によればすぐにわかる。

 目が、常人のそれじゃないのだ。

 人を殺すのにためらいを持たない。むしろ殺すことに楽しみを見出だしている程、人殺しをしてきた狂人の目をしていた。

 

 相対した騎士と刺客はお互いに武器を身構えて──ぶつかり合った。

 がつんがつんと鋼同士がぶつかり合う音が、花でいっぱいの中庭に響く。金属同士が鋭く擦れ合い、彼らの気合いの声が響き渡った。


「俺らはそこの娘を殺せと依頼を受けたんだ! その娘さえ始末すれば大金が貰えるんでな!」

「させん!」


 私は間近に迫った命の危機に怯えて震えていた。

 刺客らはなかなかの手練れで、騎士達も苦戦していた。敵の動きが素早く、急所ばかりを的確に狙って来るため、防戦で手いっぱいなのだろう。


「お前たちの剣は人を殺せない! 人殺しができて一人前なんだよ!」


 王宮を守る騎士達が押されているのを見て気分が良くなったのか、刺客の一人が怒鳴った。

 ひゅんっと風を斬る音の直後、「ぐぁぁっ!」と騎士の一人が悲鳴を上げた。死角から別の敵から小型のナイフを投げつけられてそれが肩に突き刺さったのだ。

 刺客は3人だけじゃなかった。もう1人いたんだ。


 剣を手放してしまった騎士が「しまった」と言った顔をしていた。

 それにニヤリと笑った敵側は隙を見逃さなかった。手に持った剣を握って、今まさに騎士の懐に入り込もうとしていたのだ。


「危ない!」


 このままじゃ騎士が殺されてしまう。私を守ろうとして人一人の命が失われてしまう!

 血の惨劇を想像するだけで全身の血液がざわりと騒いだ。


 なんで私が狙われなきゃならないんだ。私が何をしたっていうんだ。私はいつまで怯えていなきゃいけないんだ。いつまでおとなしく過ごさないといけないの!

 もういい加減にしてよ!


 目の前で人が傷つく姿を再び見せつけられるのはごめんだ。

 私だってやるときはやるんだ!


 私は咄嗟にテーブルに乗っていた紅茶ポットを掴むと、刺客の頭めがけて投げつけた。

 ふわぁと舞った紅茶ポットは中から紅茶を零しながら円を描き、がしゃんと音を立てて刺客の後頭部に当たった。


「がっ!?」

「レオーネ様!?」


 身構えていなかった刺客はポットが頭にぶつかった衝撃で動きを鈍らせていた。

 やった!

 私の行動に驚いたヨランダさんが目を白黒させて泡を食っていたが、こっちも必死なので、レディらしくない行動には目をつぶっていてほしい。


 これまた先程まで私が座っていた椅子(鉄錫製)を両手で持ち上げると、それを振り回しながら、劣勢の騎士と戦う刺客にぶち当てた。

 いい感じに椅子の足が敵の体にめり込んでくれたので、勢いを削ぐことに成功した。 


 私が反撃しないと思っていた彼らは、思わぬ位置からの攻撃を素直に受け止めてくれた。背中がお留守でしてよ!


「こ、この小娘ぇぇ!」

「騎士の相手は後だ! この場で娘をやっちまえ!」


 大の男が揃いに揃って私に殺気を送って来る。びりびりと皮膚に伝わって来る鋭い殺意。目をそらした瞬間命を落としていそうな空気感。


 しかし今の私は怯む気がなかった。

 そして、殺されてやる気もさらさらなかった。


「……ふざけないでよ、私はここで死にたくない。絶対に生きてやる!」


 お生憎様だが、私は貴族のお姫様じゃないんだ。

 ただおとなしく怯えて震えているだけと思ったら大間違いなんだからな!


 お城滞在の間に溜め込んでいた私の負の感情達。抑え込んでいた恐怖とか、理不尽なこととかいろんなもの。それを爆発させた私はおもいっきり椅子を振り回した。


「殺せるもんなら殺してみなさいよ! 私は絶対に死んでやらない!」


 庶民生まれ庶民育ちをナメるなよ。こんな椅子なら振り回せる程度の腕力を持ち合わせております!


「落ち着かれてください、レオーネ様!」

「お気持ちはわかりますがどうか!」


 ヨランダさんだけでなく、護衛騎士まで私を止めようと声掛けしてくる。

 だが、私はこれ以上自分のために誰かが怪我をするのを見たくないんだ!

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