明確な殺意を感じます。私の好物に仕込まないでくれませんか?


「ステファン殿下よりお手紙が届いております」


 中庭を散歩した帰りに呼び止められたかと思えば、見知らぬ使用人からお盆に乗った手紙を差し出された私は違和感を抱いた。


 お城にはたくさんの使用人がいるが、それぞれ担当箇所が決まっており、全員の名前どころか顔を合わせたことのない人もいる。

 それに加えて、これまでに両親や伯父伯母からの手紙を届けられたことはあっても、だいたい執事長さんだったり、ヨランダさんのように信頼厚く地位の高い使用人が持ってきてくれていたので余計にだ。

 あの人は執事見習いの人なのだろうか。それにしては見たことのない顔だったけど。


 王子からの手紙にしても、同じ敷地内に滞在しているのにわざわざ手紙を送るかな。もしかして昨晩のキスのことについて謝罪文を送ってきたとか……?

 いや、でもあの王子は開き直りそうな気がする。手紙とかまどろっこしいことはしないと思うし……思い出すと、彼の唇の感触が蘇って来るようでなんだか恥ずかしくなってきた。


 親愛なるレオーネと書かれた宛名。くるりとひっくり返して見た私は眉をひそめた。

 王族とか貴族の人は手紙を差し替えたり、抜き取られるような不正が起きぬよう、その人独自の封蝋でしっかり封をすると習ったのだが、この手紙の封蝋は市井でも手に入りそうなシンプルな薔薇の形だった。ステファン王子の封蝋デザインではなかったのだ。


「ステファン殿下の封蝋ではございませんね。王族の方は皆どんな手紙にもご自分の封蝋スタンプで封をされますから……文字も殿下のものではなさそうですね」


 気になって王子の乳母であるヨランダさんに尋ねてみると、ヨランダさんもその手紙に違和感を覚えたようである。


「中身を改めさせていただいても?」

「あ、どうぞ」


 怪しさ満点だったからまだ目を通していないんだ。一人で読むの怖かったからヨランダさんが読んでくれて助かるよ。

 便箋を開いたヨランダさんは難しい顔で文字を追う。なんて書かれてあるんだろう。私は横から手紙の内容を確認しようとしたけど、ヨランダさんは私の目に映らぬようさっと手紙を隠してしまった。


「この件はこちらで預からせていただきます。確認して参りますので、お部屋から一歩も出られぬよう」


 ヨランダさんは私にそう厳命すると、部屋から出て行ってしまった。

 部屋に残された私は、思ったよりも事が深刻そうでなんだか怖くなった。


 確認して来るって、ヨランダさん一人で大丈夫なのかとオロオロしていると、部屋で一緒にいた侍女さんから「騎士も同行していますから大丈夫ですよ」となだめられた。



 それから小一時間くらい経過してからヨランダさんが私の部屋を訪ねてきた。


「確認してまいりましたが、やはり殿下からのお手紙ではありませんでした。手紙に書かれた指定の場所、時間に見張りを立たせて騎士に確認させたところ、誰も現れませんでした」


 えっ、なにそれ。

 手紙で誰かが私をおびき寄せようとしたってわけ? こわ……

 私に手紙を渡してきた使用人についても捜索されたけど、該当する者が現れず、なんともすっきりしない微妙な形で捜索が打ち切られた。

 あれは誰だったの? まさか刺客がすでにお城に入り込んでて私の命を狙っているとか?


 お城なら安全と思い込んでいたけど、全然そんなことなかった。危険は未だに潜んでいる。私は継続して命を狙われているんだと実感した。馬鹿正直に手紙を信じなくてよかった。


 だけど、私を人気のない場所におびき寄せようと画策したのは一体誰なんだろう。外部から城に侵入するのは苦難の技だ。あの怪しい使用人ぽい人を使ったということは、少なくとも内部に詳しい人、ある程度顔が利く人間が手引きしたのだろう。

 話によると、残りの花嫁候補である令嬢達には被害報告は出ていないそうだ。


 ──邪魔なのは私だけ。

 他のふたりではなく、私だけを狙ってきている。私が蹴落とされることで一番得をするのは……と考えて一瞬浮かんだが、私はその考えを否定した。

 証拠も何もない。滅多なことを言うもんじゃない。


 とにかく、今は守られている立場だ。余計な行動をして更に迷惑をかけないようにしよう。犯人捜索なんかしていたら私なんか簡単に影で始末されちゃうだけだろうし。

 私はこれまで以上に引きこもるようになったのである。



◇◆◇



「レオーネ様! こちらブロムステッド領で人気のお菓子だそうですよ。殿下が買ってきてくださいました!」


 お皿に載せられたそれは確かにそのお菓子だった。

 私の国では庶民の贅沢なおやつとして愛されているそれだが、この国ではブロムステッド男爵領の一店舗しか取り扱っていない珍しいもの。

 久々に見たそれに懐かしくなった私はうれしくなってしまった。早速いただこうとお皿に手を伸ばすと、横から掻っ攫われてしまった。


「あ……」

「毒味をせねばなりません。心苦しいですが、これもレオーネ様をお守りするため」


 毒味役を任されている侍女はそれらしいことを言っているが、私は知っている。毒味と称してただ食べたいだけだろうなって。

 でもそれが彼女のお仕事だから仕方ない。

 私はしばしのお預けを喰らったが、彼女から合格をもらうまで食べられない。私は命を狙われている。いつどこで毒を仕込まれるかわかったもんじゃないからだ。


 ──それにしても、毒味の域を超えて食べすぎじゃないだろうか。

 美味しそうにもぐもぐ食べている侍女をジト目で眺めていると、頬を緩ませていた彼女の顔色が変わった。

 口元を手で抑え、その手を一旦離した彼女は自分の手の平を見て信じられないと言わんばかりの表情を浮かべていた。

 なに? どうかした? と私が彼女の手の平を覗き込むとそこには血が付着した、尖ったガラス片のようなものが乗っていた。


「血!? 口の中を怪我したんですか!?」

「飲み込まないで! 吐き出しなさい!」


 それには私だけでなく、室内にいたヨランダさん達も大騒ぎになった。

 おやつにと用意されたお菓子にはガラス片が混入されていた。わからないように仕込まれていたようだ。

 それを毒味役の彼女が口にして、舌と喉付近を傷つけてしまったのだ。ガラス片を飲み込まなかったのは幸いである。飲んでいたら更にひどいことになっていたかもしれない。


 王子が買ってきたお菓子にガラス片。

 ガラス混入の知らせを聞き付けたステファン王子が烈火の如く怒って、お茶の席に提供するまでに関わった人間全員を取り調べ、減給降格という厳しい沙汰を下したのだと聞かされた。

 どんどん話が大きくなっていくことに恐ろしくなったが、それがもしも王族に向けられた悪意だったらと考えると、私からはなにも言えなかった。


 折角買ってきてもらったお菓子なのに食べられず仕舞い。

 しかもガラス片混入とか明確な殺意を感じる……

 喉を傷つけたら声に異常を来たすだろうし、飲み込んだら食道や胃に刺さって出血して最悪の場合死に至るだろう。


 ──自分一人が傷つくだけならまだよかった。

 毒味役の侍女は危険を理解した上で、高い危険手当が含まれた賃金で雇われている立場。“任務とはいえ、レオーネ様をお守りできてよかった”と筆談で告げた彼女が、療養のためにお城を去っていく姿を見送っていた私は申し訳なくて仕方なかった。


 朝から曇り空だった空からぱらぱらと雨が降り出し始める。まるで今の私の気持ちに共鳴しているようにも思えた。


 私がここにいなければ彼女が傷つく必要はなかったのに。

 果たして、私は守られる価値がある人間なんだろうか。


「レオーネ様、そろそろ」


 雨が体を冷やす。侍女に促されて私は小さく頷いた。

 もうすっかり歩き慣れてしまった城内の通路を気分沈み気味に歩いていると、前から彼女が歩いて来るのが見えた。

 また、睨まれるか悪態つかれるのかな、やだなと思いつつ、廊下の端に寄って頭を下げると、私の前でぴたりと歩みを止めたもう一人の獅子の名を持つ女性。


「──しぶとい小虫ですこと」


 押し殺したようなその声は、本降りになりはじめた雨にかき消されて、私にしか聞こえていなかったようだ。

 ……それは、私のことを言っているのだろうか?


 フンッと鼻を鳴らした彼女は偉そうに侍女達を従えて廊下を闊歩して行った。


 私は悪意と殺意を直接浴びせられ、寒気に襲われた。

 私が消えたら誰が一番喜ぶか、得するかを考えたら、とても恐ろしい気持ちになった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る