第3話 敗北からの友情

「いらないって言ってるのに!」


「でも、その足じゃチャリンコ焦げないだろ?」


「乗せてなんか頼んでないからね!」


「分かったから・・・」


もう何度目かのやり取りにうんざりしたように、晴がはいはいと頷いてペダルを漕ぐ。


そんな晴の背中をバシバシ叩いて喚き散らすのは早苗だ。


怪我には慣れっこの子供たちなので、ガンたちは友世ほど動揺はしていなかった。


ガンは、その昔、神社の能舞台からバク転し損ねて腕を骨折しても笑っていた兵なのである。


持ってきた水筒の水で早苗の足を洗い流してみたら、パックリ切れた傷口が露わになった。


怪我人が出た時点で、探検は強制終了となった。


責任を感じて泣きじゃくる華南を必死に慰めて送って行ったのは、ガンで、残った山尾が友世を、そして、最後まで一人で帰ると意地を張った早苗を晴が送ってくれることになった。


どうやら転んだ時に軽く足も捻ったようで、これでは自転車をこげそうにもない。


とはいえ、そんなことを口に出来るはずもなく、一人で帰れると豪語した早苗に、家近いから一緒に帰ろうと、晴は最後まで引かなかった。



一番見られたくないところを、一番見られたくない相手に見られてしまった。


晴が転入してきてから今日まで、早苗はずっと勝手に晴の兄貴分のようなつもりでいたのだ。


担任副担任の、浜、近コンビから、移動教室の案内役を任されたこともあって、校内にいる時はいつだって早苗が晴を先導して来た。


学校の帰り道で、市場のお肉屋さんのコロッケが美味しいこと、駄菓子屋は子供だけで行くとおまけをくれることを教えてやったし、住宅街の抜け道も一通り案内した。


全てにおいて、早苗優位で今日までやって来たのだ。


本当は、今日の探検で怖がった晴を早苗が庇って、田舎っ子の逞しさを見せつけて、彼から一目置かれる予定だったのに。


まさか、その彼に自転車の後ろに乗せて貰うことになるだなんて。


びゅんびゅん風を切って海岸沿いを走る晴が、振り向かないままで言った。


「泣かなかったな」


ポツリと聞こえた呟きに早苗は身を乗り出す。


これくらいの怪我でわんわん泣く女の子だとは思われたくなかったし、ガンたちとつるんでいると、悲しいかな小さな怪我は日常茶飯事なのだ。


華南や友世は、危ないから見ておくという場所も、早苗は果敢挑むので、どうしたって手足に傷は増えてしまう。


「こんなん大したことないし・・・あたしが痛がったりしたら華南が余計気にするしね」


早苗の踏ん張りがきいていたら、自分が怪我をすることも、華南が泣くこともなかったはずなのだ。


もしも、自分の場所に居たのがガンや山尾だったならば、きっと二人揃って転ぶような失態は冒していない。


「えらいじゃん」


「・・・煩いよ!」


嬉しかったけれど、素直に言えなくて、やっぱり足は痛くて。


早苗は悔しくて唇を噛んだ。


少しずつ低くなっていく綺麗な太陽を睨みながら。


空はどこまでも青とオレンジで、雲はゆっくり流れていって、汗もいつの間にか引いて、残ったのは心地よさだけ。


早苗の心とは裏腹に晴の側は居心地が良かった。


潮風が吹く静かな道を自転車が早速と走り抜けていく。






・・・・・






「こぉンの馬鹿娘がぁ!!!行き先言わずに出かけやがって!そのうえ転んだだぁ!?」


玄関に入るなり、娘の帰りを待ちわびていた父親からドデカイ拳骨を頭に食らった。


地元で遊ぶのは大いに結構。


ただし、どの辺りで遊ぶのかはちゃんと伝えて行きなさい、というのが藤野家の家訓である。


船着き場の端にある工場でかくれんぼをして、シャッターが開けられなくなって子供たちだけで閉じ込められて以来、この家訓が厳守とされてきたのだが、今朝は、母親がお隣さんと話し込んでいるうちに飛び出してしまったので、娘は行先不明になっていた。


既に先に帰宅した華南の親から、早苗の怪我については連絡が入っていたらしい。


地元連絡網最強説は、やはり都市伝説ではない。


「ちょ!父ちゃん!あたし怪我人だってば!」


ほら見てよと血が出た足を指さすも。


「はードンくせぇなあ!ったくよー、お前のそーゆーとこは母ちゃんそっくりだな」


子供は怪我して育つもんだという考えが浸透しきっている藤野とうの家である。


しみじみ頷く父親の言葉に台所から母親が不機嫌そうな顔で出て来た。


「ちょっと失礼ね私じゃないわよ!それより、晴樹くんわざわざ送ってくれてありがとうね」


「あ・・・いえ・・・」


呆然とした表情の晴が、居心地悪げに頭を下げた。


大山家と藤野家の違いに愕然としているようだ。


この辺りの親は大体こんな感じなのだが、都会はもっと一人娘を丁重に扱うのだろう。


「せっかくだからちょっと上がっていって?」


「僕のことより、早苗ちゃんの怪我見てあげてください」


ぺこりと頭を下げて引き止める間もなく晴は踵を返して、玄関から出て行ってしまった。


結局、最後までありがとうは言えなかった。


こんちゃー!と縁側から泥だらけで上がり込んで来る子供たちばかり見慣れて来た両親が、晴の後ろ姿を眺めながらいやー、都会の子は違うわと呟く。


「えらく礼儀正しい子だなぁ・・・しっかし・・・・・まあ、友達庇ったんだから、名誉の負傷だな」


父親がどこか誇らしげに言って、早苗の脇の下に腕を回して小さい子供にするみたいに抱き上げた。


小学校低学年以降、親子のじゃれ合いは軽いプロレスごっこ位なのに、こんな風に抱っこされると恥ずかしくて堪らない。


「ぎゃー何すんのー!」


「お、おまえやっぱり重くなってるなぁ、ケツデカ女の仲間入りかあ?」


けらけら笑いながら早苗を抱えたまま歩き出す。


母親が無言で早苗の靴を脱がせて上り口に放った。


「お父さんによーく消毒してもらいなさい」





そしてその夜。


早苗が一階の和室で座布団枕にテレビを見ながらウトウトしていると玄関の引き戸を開ける音聞こえた。


この辺の住人は、インターホンを使うことは無い。


これも、早苗が晴に真っ先に教えたことである。


インターホン使うのはセールスマンだけ、オッケー?と神妙に伝えた早苗に、彼はポカンとしていたけれど、ちゃんと覚えていたらしい。


「ごめんくださーい」


台所で片づけをしていた母親が返事する声が聞こえる。


「なんだー?こんな時間に客かぁ・・・橋本さんトコか?あ、山尾先生か?」


飲み仲間の名前を言いながら、父親が襖を開けて出て行く。


その後いくつかの声が漏れ聞こえて来たけれど、早苗は眠気に負けて起き上がることも出来ず、そのまま熟睡してしまった。





・・・・・・・




「え!なんで起こしてくれなかったの!?」


「だって、あんた疲れて寝てたし、今日ちゃんとお礼言っておいてね」


「寝てても起こしてよぉ」


「気を使ってくださったのよ。優しい子ね、晴樹くん。仲良くすんのよ」


「わかってるよ」


朝ごはんを掻き込みながら、眉間に皺を寄せて返事する。


本当になにもかも完敗だ。


これから先きっと一生頭上がらない。


包帯を巻いた足をジト目で睨んで、家を出る。


玄関を出てすぐのガレージの隣。


家族の自転車に並んで、探検先で置いてきたはずの早苗の黄色い自転車が置かれていた。


「晴樹が、どうしても取りに行くっていうもんで・・・」


自転車を車で運んでくれた晴の父親が笑いながら言ったそうだ。


来たばかりの町で、暗くなってしまえば尚更道も分からなかっただろうに。


入り組んだ抜け道の先にある空き地に置いてきた自転車を探すのは殊更大変だっただろう。


きっと自分を家に送り届けた後で、すぐに取りに戻ってくれたのだ。


あたしは・・・これで晴が怖がればいいなんて、意地悪な事を思っていたのに。


ありがとうとごめんね。


いま一番言いにくい二つを彼に贈る事が本日の課題になって、重たい足取りのまま登校すれば、なんと晴は休みだった。


隣の席だったので、連絡プリントを担任から預けられてしまい、断り切れず重い足取りで晴の家に向かう。



海岸のすぐ側にある使われなくなったログハウスを改装した喫茶店。


そこが、彼の家だった。


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