第2話 初遭遇

いつから一緒だったのかははっきり覚えていない。


意識する暇もなく、彼は日常に溶け込んでしまったのだ。


晴が、転校してきて最初に隣の席に座ったその日から、ずーっと。


ふたりはどこまでも、一緒だった。






明治まで遡る歴史ある学校紹介の際には、必ず綺麗な海が自慢の、と称される小さな漁師町。


保育園から中学校まで殆ど入れ変わることなく同じメンバーで育っていく小さな世界に、突然

途中参加してきた晴は、それはもう一瞬にして生徒たちの注目を攫った。


余所者を拒む風習があるわけではないが、地元で生まれ育った者が、同じく地元の人間と結婚して、地元に住むことを繰り返して来た地域だ。


大きなマンションが建設されることも、再開発されることもなく、よく言えば昔ながらの、悪く言えば、時代の波に取り残された過疎化一歩手前のこの辺りは、ニューファミリーが好んで家を建てるような地域ではない。


買い物は古びた市場、もしくは地区内の商店がメインで、夫婦共働きの家は、週末に車で30分ほど先にある大型スーパーに行くのが普通。


便利とは言い難い立地なうえ、私鉄は20分に一本の各駅停車しか停まらない。


数年前に特急電車の停車駅付近の再開発が行われて以来、そちらに若い世代は移り住んでいき、結局昔からここに住む人間だけが残る結果になった。


そんな状態だったので、転入生は数年に一度あるかないかの大イベントである。


休み時間ごとに代わるがわる席を取り囲むクラスメイトからの質問攻めにされる晴は皆に打ち解けようと必死に頑張っていた。


二クラスしかない学年の教室と廊下には、高学年の生徒のほとんどが詰めかけていて、見かねた担任が、チャイムの後も、晴の自己紹介タイムとしてくれたおかげで、その日のうちに彼はクラス全員と、翌日には学年全員と顔見知りになった。


純朴で素直さだけが取り得の子供達は新入りを虐めることはなく、元来の人懐っこい性格も相まってか、晴はすんなりと新しい生活に馴染んでいった。





「早苗ー、土曜日いつもの週末探検いくぞー!大にはもう言ってるー」


ガンこと岩谷哲也いわたにてつやが、今日も今日とてぺったんこのランドセルを振り回す。


担任と副担任の浜、近コンビ《浜田・近藤》がせめて宿題ある教科の教科書くらいは持って帰れと毎回嘆いているが、学年一のゴンタ少年はその忠告に従ったことなんて一度もなかった。


そして彼はこうして毎週のように仲の良い幼馴染たちを引き連れて、地元の探検へと繰り出す。


「オッケー。あ、晴も誘ってあげて」


隣の席になってから、先輩風を吹かせて何かと晴に声を掛けて来た早苗である。


週末の探検に参加すれば、晴れて彼も、幼馴染グループの一員になれると踏んだのだ。


「いーぞー。晴、おまえ自転車持ってる?」


この頃の子供にとって、自転車は最大の武器であり、どこへでも行けるパスポートのような存在だった。


仲良しグループの中でも一番に自転車のコマを外すことに成功したガンは、あの日からこのグループの頼れるリーダーである。


「持ってるけど」


「じゃあ、明日朝10時に市場前な」


当然この頃スマートフォンなんて素晴らしいものはなくて、子供たちは誰かの家の庭先で声を張り上げて遊びに誘う、もしくはこうして待ち合わせ場所で落ち合うのが常だった。


万一誰かが寝坊しても、家の場所を知っているので問題ない。


「お茶とお菓子持って来いよ?」


山尾っちこと、全力で戦闘をひた走るガンの隣でニコニコとリーダーの舵取りをする、地元の内科医院の跡取り息子である山尾宗介やまおそうすけが、こちらはきちんと教科書が収められたランドセルを背負って言った。


探検は、朝から昼過ぎまで、遅ければ夕方まで掛かるので、水分と栄養補給は必須なのだ。


「うん」


素直に頷いた晴が、それ以上何も言わなかったので、堪らず早苗が声を上げた。


「ちょっと!ちゃんと何処行くとか説明しなってば!」


転入してきて間もない彼は、当然この辺りの地理に詳しくない。


まだグラウンドにも公園にも連れて行っていない彼が、探検と言われてもピンとくるはずもなかった。


「そんなん行ってからのお楽しみのが面白いだろ?」


いい意味でも悪い意味でもクラスを引っ張っていく2トップは笑いながら教室を出て行った。


後を追うように揃って教室を出て昇降口へ向かいながら、早苗はさっきのガンの言葉を改めて思い浮かべた。


うちらの探検、結構危ない道とかも通るし、海の突堤のほうまで行ったりもするけど、大丈夫だろうか?


晴は見るからに都会育ちな雰囲気だったので、海が遊び場として育った自分たちの探検に付いて来られるだろうかと不安になる。


ガンたちにしてみれば、今回の探検は、日常の一部だろうが、果たして彼にとっても日常だろうか?


二人は当日のお楽しみと言っていたが、やっぱり心配になって、帰る道すがら自分たちの言う探検がどんなものかを大雑把に説明して聞かせた。


転入初日に彼の家が、海辺の古いログハウスを改装して、最近オープンしたばかりの喫茶店だと聞いてから、徒歩5分ほどの場所に住む早苗は、当然のように晴と一緒に下校していた。


「どうかな?大丈夫そう?」


早苗の気持ちを察したのか、晴はニコリと笑って頷いた。


ほっとしたのも束の間。


「それ、女子も行けるような道なんだろ?」


「・・・・・そうだけど」


この言葉が早苗のプライドにぐさりと刺さった。


田舎っ子の無茶っぷりを見て無いからそんな風に思うのだ。


早苗は馬鹿にされた気がしてそれ以上の忠告をやめた。


本当は、神社裏の土手を滑り降りたり、ちょっと高い崖を上って海に飛び込んだりと、都会っ子には考えられないような危険も伴っているのだが。


ちょっと痛い目見ればいい。


そして、女子という一括りに勝手に纏めた早苗のことを見直せばいいと、そう思った。







結果、痛い目を見たのは、早苗のほうだった。



前の学校でリトルリーグのチームに入っていた晴の運動神経は素晴らしく良かった。


早苗の期待を裏切って、岩場や崖もぴょんぴょん進んであっという間にガンたちと並んでしまう。


もっと物怖じすると思っていた都会っ子晴のイメージは、一瞬にして覆されてしまったのだ。


こんなはずじゃなかったのに。


ガンと山尾はむしろ、予想以上の晴の身軽さがいたく気に入ったようだった。


学年でもトップ3に入るガン、山尾っち、大こと窪塚大くぼつかだいに次ぐ運動神経の良さだ。


これで晴が学年の人気者になることが決定してしまった。


「早苗ー、なんか怒ってる?」


一緒に岩場を登りながら本田華南ほんだかながポケットからチョコを出してきた。


クラスで唯一、ガンを黙らせることが出来る活発な女子のリーダーから銀紙に包まれたそれを受け取る。


「ありがとー。怒ってないよ・・・べつに」


「ほんと?・・・それにしても男子は足速いなぁーもう向こうの岩場にいる」


「いーじゃん、うちらはのんびり行こうよー。どーせ騒いで待ってるって!」


幼馴染グループの中で一番大人しい友世こと川上友世かわかみともよがのんびり言った。


「そだね・・・」


「もうちょっとだし、いつもの岩場で休憩だから頑張ろー」


華南が拳を突き上げてぐんぐん進んでいく。


早苗と友世も頷いて後に続いた。


潮風を受けて走り回るのは、毎回とても楽しい。


多少危険な場所があっても、それを乗り越えるたび、より一層この町を好きになる。


ようやく先に到着した男子が休憩している岩場が目の前に迫ってきた。


これで晴が、疲れた顔していなかったら本当に完敗だ。


そう思ったとき。


「きゃあ!」


目の前の華南の体が揺れた。


岩に生えたコケで足を滑らせたのだ。


早苗に向かって傾いて来る華南の体をなんとか支えようと、必死に腕を伸ばす。


けれど、到底力は及ばない。


「華南!?さな・・!!」


悲鳴に近い友世の声を聞いた時にはすでに、早苗たちの体は岩場に叩きつけられていた。


右足に焼ける様な痛みが走る。


けれど、それ以上にお尻と背中を強かに打ちつけてそれどころじゃ無かった。


早苗の上に乗っかったままの華南が慌てて身軽に飛び起きて声を上げる。


「早苗、ごめんね!!大丈夫!?」


早苗を引っ張り起こそうと差し出された手を掴んで、上体を起こす。


「うん。だいじょー・・」


「早苗、足!!」


早苗の足を指さして、友世が真っ青になる。


痛みの原因はこれか。


転ぶ時に岩にぶつけて切れたらしい右足からは真っ赤な血が流れていた。


「あたし、ガンちゃんたち呼んでくる!!」


友世が一目散に駆け出していく。


結局・・・痛い目見ちゃったなぁ・・・・


泣きそうになる華南を慰めながら早苗は溜息を吐いた。

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