再会 <2>

 マミド島から長距離の航行を経て、僕は再びアレクサンドラへと降り立った。具体的な日程を伝えていなかったためサルバトーレ氏の出迎えは無かったが、以前とは変わらない港町の景観が僕たちを出迎えてくれた。

 船に乗ってから目の輝きが止まらないサーシャの横で、僕は周囲を見渡して氏の邸宅を探した。覚えている通りを辿り、見覚えのある船のオブジェが置かれている大豪邸を発見した。門扉は固く閉ざされており、屈強な警備員が左右に立っている。

 僕は警備員に近づき、試しに名乗ってみた。

 「お、ハイベリー君だな。話は聞いてるよ。旦那は研究室に居るはずだ、大階段の裏手に回って、大きな扉を開けてくれ」

 僕の名前を聞くと、警備員はすんなりと門を開けてくれた。


 船のオブジェを見ながらぐるりと庭園を回り、屋敷のドアを開けて入る。内装をじっくりと見る機会はこれが初めてで、サーシャと共に感嘆の声を上げた。調度品に気を付けながらキャリーケースを引いて、言われた通りに階段の裏手に回り、大きな扉をノックした。

 「お久しぶりです、エドワード・ハイベリーです。手紙の通り、旧文明の調査に加わりたくお訪ねしました」

 するとドアがぐわっと開き、サルバトーレ氏が現れて僕をハグした。

 「素晴らしいM a r b e l o u s!やあやあ、待っていたよ、ハイベリー君!手紙もわざわざありがとう!さあ、お茶を出そう。こちらへ来てくれ!」

 応接室へ通され、僕らは荷物を置いて席に座った。僕は話を始める前に、サルバトーレ氏に卒業レポートと賞状を手渡した。氏はそれをじっくり眺めると、うんうんと頷いた。

 「そうか……、それで学会の目にも留まっていたのか。通りで君や盟友、親族以外からもあれこれと手紙が届くわけだ」

 「何かまずかったですか?」

 「いやいや。賛否は確かにあるが、このおかげで援助をしたいという話が方々から上がり始めてね。発掘調査も次のフェーズに進めそうなんだよ」

 曰く、サルバトーレ氏はこの勢いに乗って発掘・建設事業と手を組み、歴史解明と同時に街を復興・再現しようという計画を立てているそうで、しばらくは支援として作業に加わってくれる腕の良い発掘業者と街の砂を取り除きながら、手始めに出土した調度品や瓦礫などから生活様式を調査するとのことだった。

 「このままスピードを上げて調査するにあたって、僕の頭と彼の助言だけでは追い付かないと考えていたからね。本当に君が来てくれて嬉しく思うよ」

 それから、と氏はサーシャの方に目をやる。

 「彼女は?」

 ノヴァリスが帽子を置き、胸に手を当てて僕にサインを向ける。

 「ザリヴで出会った子でね、学問を学びたいということで僕らに付いてきたんだ。良い働き手にもなるだろうし、よかったらここで勉強させてやってくれないか」

 「さ、サーシャって言います!わからないことだらけだけど、頑張ります!」

 サーシャがぺこりと頭を下げるところを見、僕も合わせて頭を下げた。サルバトーレ氏は大きく笑い、拍手した。

 「立派Good!実に立派Goodだとも!ただ我が家は仕事は与えるし給与も出すが、寝食の面倒までは見きれない。厳しいことを言うようですまないが、ハイベリー君が面倒を見るなら、私も彼女に知恵を教えよう」

 「本当!?やったあ~!よろしくね、ハイベリーさん!あっ、でもこれから一緒だから、あだ名とかで呼んでも良い?」

 「良いけどそれは後でな」

 酒場への連絡は氏が現地へ出向いてするそうで、僕たちは一旦旅の疲れを休めることにした。

 僕は屋敷にほど近い、小さな空き住居を勧められ、サルバトーレ氏の援助で購入した。家賃は給与から天引きされる形で、サーシャとの暮らしが始まった。

 初日は荷物を置き、家の掃除をして食事を簡単に摂り、一日を終えた。その日の晩は、サーシャがザリヴの家庭料理の海鮮サラダを作ってくれた。


     * * *


 翌朝、僕はノヴァリスに呼び出されて発掘現場へ向かう列車が出る駅へと向かった。もちろんサーシャも一緒だった。砂塵が舞う砂丘の入り口を背に、ノヴァリスは僕たちを出迎えた。

 「少しだけ時間旅行をしないか?」

 「何ですかそれ……」

 ノヴァリスはいいから、と開いた客車の扉へと案内する。僕たちは顔を見合わせ、客車へ乗り込んだ。


 列車が動き出すと、ノヴァリスは向かいに座って僕たちを見て語りだした。

 「——サルバトーレが居ないのは残念だけど……まあ、言葉通りのものさ。君たちがこれから僕たちの歴史を調べるのであれば、僕もいよいよ正体を明かさないとと思ってね」

 ノヴァリスの赤い瞳は、依然として僕たちを見つめた。僕はその瞳に飲み込まれそうになったが、サーシャの一言で目を覚ます。

 「えっ!急に真っ白になっちゃったよ!」

 車窓へ目をやると、そこに見えていたはずの砂原が、真っ白なで何も見えなくなっていた。不審に思ってノヴァリスに視線を戻すと、ノヴァリスはただ僕たちに笑みを返すだけだった。

 「……一体何が起きているんですか」

 「エドワード、君は言ったね。それが事実であれ創作であれ、そう語られた歴史があれば、それを記して残すのが筋だ、と。だから僕は、と思った次第だ」

 ノヴァリスは懐から古びた本を取り出し、序盤のページを開いて僕に見せた。いつか習った古代文字で書かれたそれは、淡い輝きを放っていた。

 「遥か昔、神によって“ノーヴァルシア”と名付けられたこの大陸は、何もない白紙の世界で初めて神が降り立ち、世界を作り上げた大地だった——」

 彼がそう語ると車窓の霧がうっすらと晴れ、未だ現代の列車が走るその大地には、あるはずのない草原が広がり始めた。

 彼は続けて詩歌を語るように、伝説を語り始めた。彼が語った言葉は、まるで映像のように車窓に映されていく——。

 


 初めてこの大地に降り立った二柱の神は、その補佐となる神を3人『選定』した。

 大地を作りしは、鉄器と炎と力を司る竜鬼の娘。

 大海を作りしは、博愛と水と縁を司る海月の娘。

 大空を作りしは、知恵と風と命を司る大鷲の娘。

 彼らは力を合わせて世界を作り上げ、そこに物語の紡ぎ手となる生命を作り上げた。

 生命は生み出された直後、何をしていいかわからなかった。

 そこで5人の神は、それぞれ物語を1本ずつ綴り、生命に授けた。

 これが生命が自ら意志を持ち、『人』となった始まりと伝えられる。


 人は神々が紡いだ物語のように生を紡いだ。人と人を愛し、時として強大な敵と戦い、手を合わせて鉄を打ち、花を育て、歌を歌った。

 やがて人は自らの手で戦う力を手に入れると、初めに降り立った女神を捕らえて犯し、殺した。

 神は自らの身に危険を覚え、エディーネ大洋に浮かぶ島——エデンへ逃れた。人は神殺しに躍起になりエデンへと船を出したが、その船は海月の娘の涙で海に沈められた。

 死後も腐ることが無かった女神の遺体は聖櫃に収められ、権力の象徴になった。人はそれを巡り、かつて共に育てた花を踏み、争いを始めるようになった。


 降り立った5人の神はそれぞれ名を付けられ、悪魔として畏れられ人に語り継がれていった。

 それは炎と鋭気を司る悪魔「リリト」。

 それは水と博愛を司る悪魔「ラヴレス」。

 それは風と英知を司る悪魔「ルシフィム」。

 それは光と繁栄を司る悪魔「レモナ」。

 それは闇と復讐を司る悪魔「ローエンド」。

 やがてエデンと呼ばれる島が地図より忘れられ、神の存在と寵愛の歴史を忘れた人は、争いと悪魔への畏怖と共に繁栄と衰退とを繰り返していった。



 ——気が付けば、車窓から見える景色は元の砂丘に戻っていた。卓上に置かれた本は、パラパラと音を立ててひとりでに閉じられる。

 僕は唖然としながらノヴァリスを見ると、彼は光らなくなった本を手に取って懐に戻した。

 「——続きは、街に着いてから」

 「……すっご……、今の見た……?よね?」

 サーシャに呼びかけられ、僕は放心したまま頷いた。


 ノートにまとめる暇も無く神代の話を聞き終えた僕は、今ノートを取り出して記憶を整理し始める。その様子をノヴァリスは笑いながら見て、ゆっくりとおさらいしながら手助けをしてくれた。食事は度々サーシャに持ってきてもらっていたため、なんとか空腹で倒れることは避けられた。

 ペンを止めることには日が落ちており、ノートは気が付いたら聞いたことと質問と考察とでびっしり2ページも埋まっていた。我ながらその記述量に驚きながら、ノヴァリスに再度目を向ける。

 「あの……馬鹿げた質問なんですけど……まさかとは思いますけど、今のって『魔法』ですか?」

 ノヴァリスは思わず僕の質問に噴き出す。

 「ははは!やっぱり面白いな君は。どうしてそう思う?」

 「いえ、馬鹿げたとは言っても、当然といえば当然です。本は光る、車窓の景色は変わる。何もかもが現代の技術ではあり得ません。それにあなたが先日言った『夢物語を信じるか』の問答——伏線と思えば『魔法』と着地できるのも難しくないかと」

 「そうか……。うん、そうだね。まあ、正解だ。今のは魔法だよ」

 ノヴァリスがそう言うと、僕たちは二人で驚いた。御伽話でしか語られない魔法の使用者に、僕は恐る恐る質問する。

 「……あなたは一体何者なんですか。それとも、フィルミアの人々はあなたのように幻を見せるような魔法を使えるんですか」

 「それは正解のようで不正解。例えば現代の列車の技術っていうのは昔とは違うけど、歴史を紐解けばそこには『魔導回路マナグラフ』というものが絡んでいる。フィルミアの人々はその『魔導回路』の原点を知る人たちだ。僕の言う魔法とはちょっと違うね」

 言い切ると、ノヴァリスは再び古びた本を取り出す。その表紙には古代文字で「ノーヴァルシア・サーガ」と綴られているように見えた。

 「あとは……僕のことだな。僕はこの大地と共に生き、歴史を記すを負った者、だ」

 途方もない回答を受けて思考が止まるが、僕は臆せずに首を振り、ノートに記していく。サーシャは横からノートに記されていく文をひたすら目で追って読んでいた。

 「……今のは魔導回路が生み出した魔法ではないということですか」

 「正解」

 「ではあなたは独自の『魔法』が使える……特別な使命を負った人、なんですね」

 「そうだね。言うなればそんな感じだ」

 ふと僕は、先日何気なく質問した年齢の話を思い出す。

 「——まさかとは思いますけど、ノヴァリスさんって何千年もこのドラグナシアと生きているんですか」

 「どうしてそう思う?」

 「……誰も知らない歴史を知っていて、誰も使えないような魔法が使えて……それに先日あなたは『だいぶ歳を重ねている』って言ってましたよね。それだけ重い罰を課せられて、これだけの知識を蓄えていて、そんな言い方ができるフィルミア出身の『魔法使い』なんて言われたら、こうとしか考えられません」

 彼は僕の主張を聞くと、帽子で顔を隠しながら鼻で笑った。

 「……うん。大体合ってるよ。概ねそんな感じだ」

 車窓に映る星空を見ながら、ノヴァリスはペンを動かす僕の手に手を置く。

 「今日はここまでにしよう。明日に響くだろうしさ。あまり詰めても頭が追い付かないだろ」

 僕はノヴァリスを見るが、ノヴァリスは隣のサーシャを指さした。サーシャはすっかり眠そうな顔で目を擦っていた。

 言われるがままにペンとノートをしまい、寝台へ寝転がった。ミアリの街では何が待ち受けているのか、期待と不安で胸をいっぱいにしながら僕は目を閉じた。浅い眠りの中で、列車の航行音だけが聴覚を支配していた。

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