第6話 悪魔・ウィンキサンダ

 

 二月十五日。夜の闇。

 俺はグラウンドに立っている。


 悪夢のバレンタインデーから、日にちは変わっていた。

 腐った血反吐の臭いのなか、チョコの匂いがしたような気がして懐かしく感じる。


 ヨロコビの存在は……消えた……。


 不思議な事に、俺の千切れた身体は治癒している。


 祭と呼ばれた気がした。

 あぁ……聞こえるのは、奈津美の泣き声か。


 ……俺の幼馴染……。

 ……俺の、恋人……。




 でも涙溢れる瞳で今見えるのは、半分崩れかけているウィンキサンダだ……。

 俺は聖剣を投げ捨て、ウィンキサンダに駆け寄り座り込む。


「……悲願が……達成したな……祭…………」


「あぁ……さぁ、この魂をお前にやる」


 そういう約束だ。

 契約だ。

 さようなら、奈津美……。

 奈津美……でも後悔はないよ。


 座り込んだ俺の耳に笑い声が聴こえてきた。


「ふふふふ、ははははは」


「……な、何を笑っている」


 今までで一番愉快そうな、悪魔の笑いだった。


「塵になるのは、俺の方なのだよ……契約は、俺が満了したのだ」


「何を言っている?」


 わかっているだろう? というような顔をする。


「お前のいつかの前世……聖女クシャナーディア様は俺のために闇堕ちしたのだ……。あのヨロコビに殺されかけた俺を救うために……闇魔法に手を染めた……」


 半分はもちろんわかっていた。

 過去に何があったか、あの時に見えたから。


 でも最初に俺を助けたのは、お前だったろう……?


「……ウィン……」


「このループは、全ての俺の力を使った祭壇だ。


 聖女様が、悲願を討つための。


 何世紀にも渡って……力を貯め……ぐ……」


 吐いた血が俺にかかる。


「……ウィンキサンダ……」


 蘇る、このループで過ごした日々を。

 最悪なクソのような血塗られた時間。


 無能と言われ、蹴られ……それでも、俺は……いつの間にか、いい相棒だと思ってた。

 笑って、職員室で珈琲飲んだの覚えてるか?


 何も言っていないのに、ウィンキサンダも微笑んだ。 


「……愛していたんだ……


 お前なんかじゃあ、ない……


 あの時のあの、聖女様を……あれは……俺だけの……」


 泣いてはいけない、そう思った。

 俺の哀しさ、寂しさで汚してはいけない。


 この悪魔――この男の、愛を。 


「あぁ」


 でも俺は堪えきれなかった。

 

「う……ウィンキサンダ……」


 耐えきれない、こんな最期。

 

「……あぁ……せい……じょさ……」


 ウィンキサンダには、俺がその日の聖女に見えているのだろうか。

 伸ばしてきた千切れた腕を掴む。


「ウィンキサンダ!!!」


「……しあ……せに……」


 俺の涙がウィンキサンダの頬に垂れると、ジュウっと焼け堕ちていく……。


「ウィキ……ぐっ……ウィキサン……あぁ……」

 

 想いが溢れて、息ができない。 


「ウィンキサンダーーーーーー!!!」



 太陽に照らされ、

 ウィンキサンダは塵となり消えていった。


 最期の笑顔を残して。

 

 俺の嗚咽が響いて、



 夜が終わる。


 夜が、終わる。



 薄い光に照らされ、

 突っ伏して泥に顔を擦り付け泣き喚き泣き喚き……


 散々泣いて泣いて、また俺は立ち上がる。


 あの男に、俺の相棒に、顔向けできるように、


 朝が来る――。


 

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