第15話

 昼休み入ると、教室の、ひいては学校全体の空気が弛緩していく気がする。生徒たちにとっては退屈な授業から解放される楽しい時間、教師からすれば仕事の休憩時間、ゆったりとするにはこういう時間も必要不可欠だ。

 高校生ともなるとある程度に自由が許されるため、外で遊ぼうが、教室でゲームをしようが、図書室で静かに過ごそうが誰も咎めはしない。一人でいても何の問題もない。だから、俺は緩みまくったこの学校の昼休みが嫌いじゃない。


「はぁー面倒くさいなぁー。」

「私の前でそんなこと言わないでください。」


 昼休み、今日に限っては俺の自由がはく奪されていた。ノエルに付き合ってサンタクロース研究会の部室に顔を出さなければならないのだ。


「界人、さっきはノリノリで付き合うって言ってくれたじゃないですか、何で急にやる気無くしちゃうんですか。」

「いや、こういうのって約束するのは良いけど、いざ行くとなるとどんどん憂鬱になっていくんだよなぁ。」


 約束するまでは良いんだが、いざ予定が入るとどんどん憂鬱になっていく。バイトとかでもよくある現象だ。こうして数多のバックラーが生まれていくのだろう。


「とりあえず約束は約束ですからっ!一緒にカチコミますよっ!」

「サンタさんがカチコミなんて使うな…。」


 目的地の部室はいわゆる部室棟にあった。亜鷺高校は部活が決して盛んと言う訳ではなかったが、自由度のある校風で割と独特な部活や同好会が多くあるのが特徴だ。サンタクロース研究会もその部類に入るだろう。

 部室は部室棟の最奥の地、文化部の中でもかなり追いやられていることが良く分かる配置だ。昼休みは部室棟にいる人などほとんどおらず、シーンとした雰囲気が流れる。サンタクロース研究会の部室は教室の体を為しているが、傍から見てかなりボロいと言っても過言ではない。


「では、行きますか…。」


 ノエルが生唾をごくりと飲み込む。グイっと部室の扉を開けると古びた音が静かに鳴って部屋の中が見える。


「……。誰も、いないな。」


 呼び出しておいて不在かよ、ノエルを連れて教室に戻ろうとした瞬間、両脇からショボい破裂音が響いた。


「パァァン!」

「ん、なんです?」


 ショボい破裂音の後に、色とりどりのテープがふわりと落ちてきた。


「サンタクロース研究会にようこそ!」


 そこには安っぽいひげを生やして、赤い帽子をかぶった二人の女子生徒がクラッカーを片手に佇んでいた。


「……。」

「……わーい。クラッカーだー。」


 気を使ったのか、ノエルが全く心のこもっていない言葉を発する。

 それを見た片方の女子生徒がブルブルと肩を震わせている。


「…から…。」

「だから言ったじゃないですか!絶対滑るって!どうしてくれるんです?この恥の責任をどうとってくれるんです?部長!?」

「ま、まぁ彼女も喜んでくれてたじゃん。成功成功!」


 部長と呼ばれるその人物は顔を真っ赤にしている女子生徒を宥める。


「いや、あの表情はさすがに引いてた。もうダメ、部長を殺して私も死にます。」

「勝手に殺さないで!?私まだやり残したことがあるんだけど!」


 二人の世界が絶賛スタートしている。部室入ったらサンタの格好した女子がクラッカーぶっぱなしてケンカ始めるって…一体どういう状況?


「あの、お取込み中でしたか?」


 ノエルが心配そうに二人を見つめる。ヤバいよこの二人、あのノエルから憐みの目で見られるなんて。


「あー全然大丈夫!ごめんねお恥ずかしいところお見せしちゃって。」


 部長と呼ばれていた女子がひげを外して帽子を脱ぐ。するとその顔は先ほどの休み時間で見た顔だった。


「あなたは…。」

「うん、さっきはいきなり失礼したね!私がこのサンタクロース研究会の部長で二年生だ!」


 快活に話す彼女はやはりかなりの美少女。とても先ほどま髭をつけてクラッカーぶっぱなしてたとは思えない。


「そして隣のこの子が…。」

「一年の幸沙雪ゆきさゆきよ。よろしく。」


 幸、という少女の方はまともにこちらを見てくれない。それほどまでに先ほどの駄々滑りが恥ずかしかったのだろうか。


「真白ノエルですっ!こっちが界人です。」

「名執界人です。今日はノエルの付き添いで来ました。」


 雑なノエルの紹介を補完するように俺も簡単に名乗る。


「名執に真白!改めましてようこそサンタクロース研究会に!」


 両手を開いて歓迎してくれる部長。最初からそれでよかったのに。


「それで、このノエルをなんでここに勧誘したんですか?」


 単刀直入にそう尋ねる。部長は待ってましたと言わんばかりにノエルに再び掴みかかる。二人の顔の距離は近く、髪と髪が触れ合う距離まで近づいた。


「真白、それは君がサンタクロースにそっくりだからなんだよ。私の知っているサンタクロースにね。」


 その言葉に思わずドキッとしてしまった。

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