23.緑保留
「ミイラとキョンシー、どっちの私のほうがかわいかったですかっ⁈」
鼻の穴を大きく広げた沙那に訊かれる。
「ミイラ」
「もうっ! そういうときはどっちもって言うんだよぅ! そういうとこ、恥ずかしがらないほうが女の子は喜ぶよ~?」
女の子心ってのはマジで難しい。正直に答えたらダメだったのかよ。
ピュアピュアで穢れなんかと無縁の沙那は、海外童話のプリンセス的なところがある。夢見がちな、恋に恋する女の子っぽいところがたまに見えて良い。
……幼なじみの俺の前では、あんまり見せてくれるものでもないし新鮮なんだ。
俺は、そんな風にちょっと浮かれた沙那と一緒に、校庭の露店群を巡っていた。
「ていうかウチの制服がけっこーかわいくなぁい?」
「それはそう。まあ、これまでも何回か見たことはあるけど」
「このピンクのリボンがかわいいんだ~、チョウチョさんみたいで!」
ひらひら、と胸元のリボンを揺らす沙那。ワイシャツの上に白いニットベスト。落ち着いた感じでとっても似合ってる。
「制服は着崩したりしないんだな?」
「なに、ちょっとお肌とかが見えたほうが嬉しかったとでも言いたいの? すけべみっちー」
「違うわ! ほら、他の生徒たちは校則とかガンガン無視してるだろ?」
周りの女子生徒を見回しても、スカートを膝より上にした人やシャツのボタンを2個ほど開けて胸の膨らみを見せてる人が多い。……男としてはテンションが上がる一方、変にマジメな市川道貴からすると「いいのか?」とはなるのだ。
「ああいうのは、したくならないのかって思っただけだよ」
「う~ん。見ててもかわいいな、とは思うけど……」
「けど?」
「やっぱり、るーるは守らないとだもんっ!!!」
さすがだな。周りに流されずにずっとピュアなところ。
「それにさ! 大切でもない人をむやみにゆーわく? してるみたいでヤだし!」
「ああいう格好をしてると、イヤでも男が寄ってきそうだもんな……」
「そうそう! 心から大切だって思える人以外には、あんまり自分を安売りしたくないのですっ!」
桐龍に心を完全に許しきってない状態で身体を求められたから、拒絶しちゃったんだもんな。でも、それでいいと思う。チヤホヤされたくて仕方ない、みたいな人はああいうことをしておけばいいと思うが。
校庭の真ん中ぐらいまで歩いてきた。人が多くなってきた。
「結構混むんだな、櫻木学院の文化祭は」
「ここらへんの高校じゃいちばん豪華だもん。みんな友達とかを連れて来てるんだよ」
「ちょっと気を抜いたらはぐれちゃいそうだな……」
どうするよ、これ。スマホもあるしすぐに再会はできるけど、沙那が桐龍のほうへ行くまで時間も限られてる。俺はこの貴重な幼なじみの遊びの時間をムダにしたくはない。
「手でも繋ぐか?」
「…………おてて?」
「うん。そっちのほうがはぐれないしいいと思う」
こないだのアウトレットデートのときだって、ずっと沙那に手を握られっぱなしだった。一般的な男女ならいざしらず、俺らの関係でこのぐらいなら問題ないだろ。
「そ、それじゃあお言葉に甘えちゃおっかな~……?」
「じゃあ、はいどうぞ」
「ぴゅ、ぴゅうっ!!!!! やっぱり無理かもっ!」
沙那の前に手を差し出す。握ってくれて構わないという合図。
……だが、今日は沙那の様子がちょっと変だ。歯切れも悪いし、なぜか顔を赤らめて視線を逸らされる。
「え、無理ってなにちょっと傷つくんだけど⁈」
らしくないぞ沙那。いっつもなら俺をからかうぐらいの勢いで、大胆に手なんて握ってくるのに。
「みっちーのおててね、にぎにぎするの……なんか、はずっかしい…………」
「な、なんでだよ……。今さら俺に恥ずかしいとかないだろ」
モジモジしながら足元を見つめる沙那。え、急に今までの男性経験値がオールリセットされた? 幼稚園のときの一番ピュアだった沙那を見ているみたいだ。
「わ、わかんない……でも、なんか今日は恥ずかしいんだよぅ……」
「なにそれ、よくわからん」
「お、おかしいな……。なんか心臓がどくどくしてりゅ……」
「もしかして体調とかが悪かったりする? さっきも頑張って働いてたし……」
「げんき、すっごく元気――」
すると沙那は俺の小指だけを自分の人差し指だけで触って、
「なんかね? 幼なじみのおててじゃなくて、男の子の手って感じがして緊張しちゃってるかも…………」
は、はあ…………っ⁈
今までずっと気なんて使わずにイケイケドンドンで絡んできたのに、急に緊張するだって? 沙那は幼なじみの俺のことを、『唯一気を遣わない特別な存在』と言ってくれていた。でもここにきて、変な気を起こしかけている。
それってさ。
それってまさかのまさかだけどさ…………!
「俺のことちょっと嫌いになった?!?!?!?!?!」
ヤバい、辛い。大切な幼なじみから、ちょっと距離をつくった普通の男にグレードダウンしたってこと……だよな?
さっき沙那は、大切な人以外に自分を安売りしたくないとも言ってたし……! 俺もその対象の仲間入りしてしまったとしか思えない。胸が痛い……。
「き、きらいになんかなるわけないよぅ!」
「でも手すら握れないってのは、そういうことなんじゃないの……? 沙那は、俺が唯一ぐらいそういうのを気にしないでいい異性って言ってくれてたじゃん!」
「ち、ちがっ……! みっちーのことは……前から変わらず、す、すk……」
「え?」
「うぅ……これもなんかどきどきして言えないよぅっ!! なんか変だよ私! 自分でも意味わかんなーいっ!」
俺から見ても変だ。嫌いじゃないと断言できるのに、これだけモジモジされてるのはなんでなんだ? 沙那の中で俺に対する気持ちがなにか変わったとしか思えない。
「とりあえず、ほんとーにキライになったわけじゃないからっ! もうっ! とりあえずクレープでも食べようっ!!!」
そして沙那は、腹いせのようにギュッと俺の手を掴んだ。
最終的にはいつものような距離感に戻ってきたわけだが……。
なんでだろう。沙那の手が、少し汗で湿っていた。
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