17.ピュアな幼なじみ

『櫂斗くん。先月ぐらいからそっけなくてかなしいです。私が臆病で期待に応えられなかったことや、電話の件でイライラさせてしまって別れようと思わせちゃったんでしょうか? カッコいい櫂斗くんのことだから、他に彼女さんとかができちゃったんでしょうか、、、?』


 沙那のラインの送信欄に構えた核弾頭だ。沙那が「なんて送ればいいかわからなーい!」なんて言うもんだから、俺がサクサクっと打った文章。


「……我ながら良いんじゃないか? 桐龍を逆撫でしないようにちゃんと下から出てるし、自分の非を認めてる」


 ……もちろん全部真っ赤なウソだが。沙那が桐龍に対して負い目を感じる必要は一切ない。そっけなくて悲しいなんてこと、微塵も思ってない。


 ぜんぶぜーーーーんぶウソ。これは、桐龍の人間性と誠実さを測るために捏造されたリトマス紙でしかないんだよ~? 


「みっちーのほうがノリノリになってるじゃん。そんなニッタニタしちゃって」

「う……」

「せんせー……。ここに悪いことを考えてる不良さんがいま~す……」

「不良じゃない! ヒーローのつもり!」

「いやいやみっちーくんはホントに悪い子です……これはおしおきが必要ですね」


 マリ男カートの座席越しに、じれっと視線を突き刺してくる沙那。ただ声色でわかる。半笑いだ。

 だから俺は調子よくこんなことだって訊いてしまえる。


「別に送らなくてもいいんだよ?」


 ちょっと調子に乗った言い方になったが、沙那との関係だ。こんなの許容範囲内でしかない。案の定沙那はぷくーっと頬を膨らませ、観念したような声でこう言う。


「……みっちーがうじうじ自分を責めてた私に教えてくれた。『沙那は悪くないよ』って」

「うん」

「櫂斗くんがそもそも自分勝手でわがまますぎるし、それに応えられなかったからって落ち込むことはない……って」


 そうだ。恋愛なんて大げさに言えば、赤の他人が運命を共にしようとする狂気じみた行為。エスパーでもない限り相手の心は読めないし、クローンでもない限り相手と考え方はズレる。


 ……だってどこまでいっても他人だもん。じゃあ2人が結ばれて、共に幸せになるためには何が必要? 『すり合わせ』だ。相手のことがわからないなりにわかろうと努力をし、大好きな人だから許せるという寛大な心を持つべきだ。


 それを放棄して自分勝手を通そうとした桐龍は、ガキとしか言いようがない。


「いっぱいいっぱいみっちーに支えてもらった。おバカで能天気な私に、櫂斗くんがホントはおかしいんだってとこをたくさん教えてもらった」


 言うと、沙那の口角が突き上げられるように上を向く。そしてパン! と何かを断ち切るように手を叩いて、



「…………もう目が覚めたよ。もう遠慮なんてしてあげない」




 覚悟を決めたんだな。俺ばかりが前のめりになっていなくてよかった。俺は桐龍への敵対心で燃え盛っていたが、当の沙那を置いてけぼりにしたら何の意味もないわけだし。


「準備は、整ったね」


 すると沙那は、「なむなむ……」と天井を仰ぎ見る。


「か、かかかかかみさまっ……! 私、今からウソをつきます。ウソのラインを送りますっ! どうかお許しを、ぴょ!」

「ぴょ」

「バチをあてるのだけはやめてください、お願いしますお願いしますぅ~……」

「相変わらず沙那はピュアだなぁ……」

「ぴょ! そうかなっ⁈」

「またぴょ」


 自分に非がないとこれだけわかっているウソでもつくのに躊躇してしまう。こんなに純粋で汚れてない高校1年生はいないよ。もうね、沙那をスモールライトで小さくして手のひらの上でよしよししたくなります。それはキモいか了解。


「こんど、聖書を読みながら神社に向かって念仏を唱えますから……。あとお肉もしばらくはやめましゅ……!」

「そっちのがバチ当たりそうだけど⁈ 頼むからやめて⁈」


 いくらなんでも見境がなさすぎるだろ! 神様を穴兄弟みたいにすんな!


「大丈夫。神様は桐龍みたいな極悪人を倒すように味方してくれるって」

「そう……だよね……ぇ?」


 捨て犬みたいな目で俺を見たのち、


「じゃ、じゃあ、私の一番近くの味方さんも、勇気をくれるかなぁ……」


 と、シートに俺が壁ドンされる形で、膝に乗っかった沙那が体をつんのめらせてきた。


「お、おい。ちっか……」

「…………近いね」


 思わず顔を見合わせる。というか見合わせざるを得ない位置に顔がある。

 見慣れたはずの沙那の顔が、いつもよりさらに何倍も可愛く見えて心臓が破裂しそうなぐらい暴れ出す。


「……いいのかよ」

「どういうこと?」

「さっき、桐龍と女がひっついてるのを見てハレンチだとか言ってただろ……」

「私とみっちーは特別なんじゃない?」

「……理不尽じゃね?」


 俺がおずおずツッコむと、沙那の笑った吐息が頬を撫でる。あ、あったけぇ……。アウトレットの暖房も顔負けだぜこれ? 地球にやさしい再生利用ヒーター、いかがですか。


「だって……ちっちゃな子たちだったら、男女でも関係なく一緒にお着替がえとかするでしょ? 私からしたら、みっちーにひっつくのはそれと一緒ぐらいなんともないことなんだもん!」


 だから沙那と俺が一緒にいられるわけだ。だってあのピュアな沙那が、これだけ男子に距離を詰めるなんてありえない。

 正直、一人の男としてはちょっとモヤモヤするが、沙那はそういう次元の関係性じゃない。


「ま、簡単に家に来るわ『あーん』をするわ一緒のベッドで寝ようとか言うわ……そのぐらいの割り切りがないと出来ないよな」

「んだんだ! みっちーはれじぇんど枠だもんっ!」


 言うと沙那は、俺の背後のシートに手を当てぐいっと体を寄せてくる。


「だからね、最後に送信ボタンを押す勇気をわけてっ!!!」


 えっと、ちょっと強がりを言いましたがいくらなんでもその体勢は……ヤバいって! 

 だって!!!!

 ――背中はこんなに固いのに、お腹のほうは沙那の柔らかい天然クッションでぎゅうぎゅうに押されてるんだもん……っ!


「さ、沙那……」


 マズいマズい! 心臓が爆裂に跳ねて、沙那まで聴こえてしまいそうだ! 幼なじみとはいえ、沙那は立派な女の子の体をしている。これで反応するなってほうが無理! 俺が10代の青少年である限りなっ!!!!


「急に名前なんて呼んでどうしたの~?」

「うぷ」


 俺の口が咄嗟に沙那の名前を呼ぶ。無自覚に反応した沙那は、ついに俺の鎖骨あたりに、存在感のおっきなそれを押し当ててきた!


「…………っ」


 や、やらけぇ……。服が『おにゃのこモード』のままの沙那は、白いニットで完全に胸のたわわが強調されている。その見るだけでわかる圧に、文字通り押し潰されてしまいそうなんですっ!!!!


「あ」


 …………沙那のこの顔、完全に動揺がバレました。

 だが沙那はまるでビッチのように過度に煽ることもなく、かといって気まずい感じで取り乱すのでもなく――。


「…………柔らかい?」


 と、シンプルに訊いてきた。そういうのが一番刺さるんだよバカ!

 幼なじみ由来のちょうどいい距離感を保つな!! 反応に一番困るんだわ!


「……………………」

「あはは、ちょっとお鼻の下のびてるよ~! 図星じゃ~んっ!!」

「うううううう!!!!!!」

「みっちーはぴゅあぴゅあでかわいいんだから、もう~っ! そういうとこ、結構好きだけど~」

「あー、マジでムカつくっ!!!!!」


 その言葉、そのまま返したいが今の俺には説得力がない……! くそ、悔しいっ! 鬼のようにデレデレしちゃってる! 鼻の下が少し伸びてるぐらいで済んでるのが奇跡!


「それだけ俺にかまける勇気があったら、ラインぐらいすぐ送れるだろ!!」

「あは、たしかにっ!!!」


 てこ、と頭をこついた沙那は舌を出しながら笑って、


「じゃ、勝負だね。櫂斗くんっ」


 送信ボタンを迷いなく叩いた。


 分速で既読がつき、沙那のスマホが通知音を鳴らして揺れる。

 その、返事は――。








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