第19話 パジャマパーティーにて

 情報を整理するときは、何事も書くことが大事である。

 とはいえこの世界は紙は貴重であり、何かを書き留めるのはすべて電子ペーパー用端末だけだ。

 アリアは下敷きみたいな薄い板に、タッチペンでスラスラと文字を書いていく。


 まず第一に、自分はどのような状態にいるのか。

 本来の希望としては、モニカにこの世界に訪れるだろう驚異に主人公らしく立ち向かってもらい、自分は後ろから見守る役となって生き残りたかった。

 ところがどっこい。

 そうなるであろうターニングポイントが予想よりも早く来て、ここから自分の役が見守る役から主人公の立場に変わっている。

 ターニングポイントというのはもちろん、あの巨大なエイのこと。

 高高度滞空戦術3Dプリンタープラットフォーム【濫觴らんしょう】のことだ。

 アリアが経験したストーリーでは、お嬢様たちが喧嘩しながら互いを攻撃しあって、その間に特攻ドローンが無尽蔵に飛んでくるというミッションだった。

 特攻ドローンは群れを成して襲ってくるのだが、一発当てると誘爆するのでなかなかに気持ちいい。しかし、あまりにも数が多いので嫌になるプレイヤーがほとんどだった。

 そして今回だが、始まりからしてミッションの性質が変わっていた。


「お姉さま、何を書いているんですか……ああいえ、お邪魔はしません。ごゆっくり……」


 んほ、背中に柔らかい感触がする。

 もとい。

 話を戻そう。

 ミッションがガラッと変わったのは、まず第一にサンディ=小鳥遊が僚機として自分についてきたことだ。

 殆どの場合、小鳥遊姉妹のミッションは【濫觴らんしょう】のミッションと別個で現れるもの。

 それが今回、時系列的にほぼ同じタイミングで現れたことで、そのままなし崩し的に仲間となって立ち向かうことができた。

 これは非常に大きかった。

 何が大きかったって、サンディのお陰で荒ぶるお嬢様たちが猫を被ってくれた。

 その後のサンディのいたずらめいた「アリアが音頭を取る」という発言によって、仮初めながらお嬢様御一行は一致団結。

 自分のざっくりとした指示が何故かうまく噛み合って、あの巨大な3D プリンターを撃破することができたのだ。


「え、キミみたいな素敵なAIが【カラドリウス】の管制握ってるんスか? いやー、そうとは知らず以前はウチの姐さんがとんだ失礼を。ところで来週あたり暇っスか? いい整備士知ってるんで、ちょっくら精密機器整備室カフェにでも行きません?」


 おい、そこ。

 ナンパすんな。

 てか、AIってナンパするんだ。

 もとい。

 ええと何だったか。

 こう紙じゃないとうまく書けなくてイラつくな……。

 ああもう首元からハァハァ息が聞こえる!


「あんお姉さま、大胆! その、パジャマ越しだと何ですから……脱ぎます?」


 まてや。

 顔をのけただけで何その反応。

 仕方ないのでてしてし、と膝を叩く。

 するとズザーっと頭が入り込んできた。

 サラサラとした青い髪。

 つい最近まで「お姉さまに無様な姿を晒した」と、暴れまわった挙げ句自室を廃墟のような有様にした女の子とは思えない。

 あの時はモニカの執事オペレーターに連れられて、サムとどえらい目にあったな。

 モニカは完全に獣みたいになって、本棚の上でうずくまっていた……。

 ああいや、違う。

 違うんだって。

 話を戻そう。

 自分が今、どんな状態にいるかだ。

 あの巨大なエイを沈めたあと、あのゴキブリ野郎、ブラックレディ・ファントムに襲われた。

 攻略法を知っていたからはねのけることができたが、そこで自分の本名――黒鳥有空を呼ばれて、愕然とした。

 その後はよく覚えていない。

 必死になって砲塔を払って、ガトリング砲を撃って、アリシア達が集まってきて、ヤツが逃げて、そしてドッと疲れた。

 休んでいる間に自分は問題児イリーガルから英雄ヒーローと呼ばれることになった。


「あのうアリア様、たこ焼きできましたけど。いかがですか?」


 え、マジでたこ焼き作ってくれたのか。

 集中していたから嘘かと思ったけれど……うわ、この世界にもたこ焼き器ってあるのか。

 ん~いい香り。

 あーんしてもら……うのはやめた。

 真下のモニカがすごい顔で見てる。

 アリシアも解っているようでちゃんと取り皿に移しているあたり、同期思いでいい子だ。


「ああもう、集中できませんわねもう!」


 電子ペーパーとペンを放って、はーっと伸びをするアリア。

 そこによじ登ってきそうなモニカの頭を抑えてペイっと横に放ると、アリシアから受け取ったたこ焼きをガッと頬張った。


「あら美味しい。アリシア、いい腕ですことね」

「えへへ……」

「お姉さま酷い」

「あなたね、最近スキあらば脱がそうとしたり密着しようとしてませんこと?」

「私と一緒にいてくれると言ってくれましたから……」


 ぽうっと赤くなる彼女にいちいち突っ込んでいては身が持たない。

 まったくもう。

 貞操の危機がすぐそこにあるパジャマパーティーとは何なのだろうか。


 さて、アリアが三大勢力が一時休戦して【アトランティス開拓委員会】を立ち上げ、そのセレモニーに出席してから数日が経った。

 三大勢力である【マグナムシャネルズ】、【波動砲協会】そして【アキバ・クーロン電脳商会】の各代表が手を取り合う姿は、この世界の住人に言わせるとありえない出来事であったらしい。

 誰もがその歴史的瞬間を見ようと固唾を呑んでテレビを見たことから、視聴率もまたエゲつない数字になっていたとのこと。

 ちなみに嫌々ながらも参加したアリアはやはり英雄扱いをされ、【アトランティス開拓委員会】から【黒いお嬢様ブラックレディ】の称号を得ることになった。

 ハッキリ言えば、ありがた迷惑であった。

 こんな看板を掲げてしまったならば、下手なことができない上に、絶対にやばい案件を回されるにきまっているからだ。

 アリアは死にたくないから、あらゆる死亡フラグを避けるために念入りに依頼を吟味して安全そうなものを選び、ストーリーに関わるものはしっかりと抑えるように頑張っていた。

 なのに、この仰々しい肩書で今までの努力はパァである。

 やってらんねえ。

 と、そんな感情はおくびにも出さず、テレビカメラが向けられた時は実に淑女然として微笑んでいた。人のこと言えないじゃん、と言われたら甘んじて受け止めようと、そうアリアは思った。


 で、そんな事をしているうちにストレスがピークに達した。


 こりゃー女子会、いやお泊まり会するっきゃねーなと思い立ち――若干の貞操の危機を感じつつも、とりあえずはモニカと、そしてアリシアを自室に誘ったのである。

 アリアの部屋はハイランカーらしく、とにかく広い。

 ベッドルームはキングサイズのものがデーンと置かれていて、敷かれている絨毯も上質。その上に座ってお菓子を広げ、テキトーに駄弁ったりこうやって考えをまとめるつもりであった。

 ついでに二人に自分が転生者であるのを隠しつつ、それとなく今後どうすればいいかなぁ、みたいに相談したかったのだが……うまくはいかないものである。

 モニカは案の定、自分にべったりであった。

 少しボディタッチが多いのが気になる。

 が、柔らかい肌の感触がたまらない。

 最初はシースルーネグリジェでほとんど18歳未満お断りみたいなのを着てきた。

 流石に叱って、今はニットワンピースを着ている。黙っていれば可愛いのに。何でこう色々と激しいのだろうか。

 一方アリシアは自分たちがデキていると勘違いしているようで、自分たちのために色々と用意してくれていた。

 小さいツインテールがピコピコとかわいい彼女は、モニカとおそろいのニットワンピースを身にまとっている。

 思わずギュッとしたくなるところだが、そのケを出すとモニカがすごい目で見てくる。とても怖い。


「アリア様?」

「何でもないのアリシア。というか様はやめて頂きたいですわ」

「い、いやで、でも。アリア様は、その、自分なんか話しかけれないほど雲の上の存在ですから……」

「そんな事ありませんわ。ねえモニカ」

「ええ。アリシアは本当に気が利くし、戦いでもそう。もっと自信を持ってほしいんですけど、どうも恥ずかしがりで……」


 アリシアの事を話すときだけまともになるな、とアリアは思った。

 それほどまでに二人は死線をくぐり抜けてきたということなのだろうか。

 ゲームではそんな描写は無かったが……確かにアリシアは、最後まで僚機として一緒にいてくれるキャラクターの一人だった。多分これからもモニカの相棒として一緒にいるのだろう。

 美少女二人が寄り添い合って、このろくでもない世界に抗っている。

 あぁ~あ尊ぇ。

 本当はそれをずーっと眺めているつもりだったのになぁ、と思うとまた泣けてくる。

 アリアはちょいちょい、とモニカを手で呼ぶと、すぐ横に座ったモニカの膝に頭をこてん、と乗せた。

 うむ、柔らかい。

 百点満点中六億点。

 守りたいこのふともも。

 サイコー。


「はぁ……お姉さまが私の膝に……これは抱いてもらうってことでいいですか?」

「アリシア何とかいってやって」

「モニカは本当にアリア様の事好きですから」

「私も、モニカと同じくらい貴方が気に入っているのですわ、アリシア」

「もったいない言葉です。ひん、ちょっ、ちょっと嬉しいです、けど。その、モニカが焼いちゃうので」

「お姉さま。私だけを見て」

「ちゃんと構ってあげますけれど、ヤンデレは大概にしなさいね?」

「意地悪。ヤンデレじゃないです。愛です」

「はいはい」

「でもアリシアなら、まぁ百歩譲ってお姉さまの側にいても許します」

「許された。なら私も、その、失礼します」


 モニカの横に来るアリシア。

 二人の美少女に顔を覗かれることなんて、生前無かった。

 あぁ~~~~癒やされる。

 かわいいは正義。大正義と知った。

 やっぱりパジャマパーティーっつーもんはええもんですな。

 後輩二人を誘ってキャッキャウフフってサイコーじゃないか。


「姐さんも盛り上がってますねえ」

「あらD.E.ディー・イー。貴方も楽しそうね?」

「定期的に開いてほしいッスね。こうやって他のAIと顔を突き合わせる機会もあんまりないっスから」


 ねー、と後ろを向くと、是、という意味でぴょんこら跳ねる二つのボール。これはモニカと、アリシアの機体の総合管制AIであった。

 D.E.ディー・イーは最近、ずっと自分の側にくっついてくる。何でも格納庫に一人でいるのは寂しいらしい。今回もパジャマパーティーを開くと聞くや、何が何でも一緒にいたいと言いだした。

 それならばと誘った二人のAIも呼んでみたら、この通りはしゃいでいるというわけである。


「お姉さまはAIにも優しいのですね」

「そうかしら? こんなものではありませんこと?」

「もっと道具みたいに扱う人も多いですよ。むしろ、道具みたいに使ってほしいと言ってくるAIも多いとか。私のは……そう、友達になってほしい? みたいな」

「うちの【ジャンヌ・ダルク】のは道具扱いしてほしいって言ってました。情が移ると別れが怖いとか言って。でもそんなのヤダから、私もアリア様のマネして、名前つけちゃった」


 何だこの子は天使か。

 思わずアリシアの頭を撫でる。最初はピクリと驚いていたが、次第にえへへとニヤケ顔になる。

 当然そのままだとモニカが嫉妬するので、彼女は猫のように顎下をゴロゴロとしてあげたら満足していた。


「……この子たちですらそうですものね。あの島の無人機たちも、もしかしたら人格に似たものを持っているのかしらね」


 当然、持っているのだろうなと思える。

 ブラックレディ・ファントムはアリアのことを、彼らの言う運命核ディスティニー・コアだと知った途端に狂喜乱舞していた。そして破壊しようと躍起になっていた。

 にもかかわらず、アリア自信を崇拝している個体もいるのだという。

 しかもブラックレディ・ファントムから出会う前からそうだというのが、信号のログを辿ってわかったようだ。


「あの、アリア様。そのあたり……風の噂で聞いたのですが。その、あの島の無人機は、アリア様の事を既に知っていたって」

「あらあら。人の噂に戸は立てられませんことね。そう、何故かわたくしの事を知っていたんですって」


 のそのそと起き上がり、キャビネットまで這っていって、極秘と書かれたファイルを取り出す。

 二人に自分のプリントアウトされた画像を見せると、二人共顔が強張っていた。


「これは……」

「無人機同士のデータ送信を傍受したら、これがあったそうですわ。分析では崇拝しているようだと」

「崇拝!? 神様仏様~って感じのアレですか?」

「そうですわよアリシア。いろんな言語学者とか、とにかく頭のいい人たちがいろんな角度から検証して出した結論ですから。まず間違いないと」

「機械たちも崇拝する。納得ですよお姉さま。お姉さまは世界一ですから」


 いや、そこまで言われると少し怖い。

 なんだかモニカの盲信じみた好意も、無機質に襲いかかってくる特攻ドローンの一途さに似ているような気がする。


「ログを見たら数ヶ月前から突然、ですって。嫌ですわもう。わたくし、その頃何か【アトランティス】で仕事した覚えはありませんことよ」



「え? 仕事なさっていましたよね?」



 急に、キョトンとするモニカ。

 何言っているのだろう、という顔だ

 嫌な予感がするアリア。

 正直、少しばかり気になってはいた。

 サムも言っていた、

 それはアリアが異世界転生を果たして、この『ギガンティック・レディ』の世界に迷い込み、三日間ベッドから離れなかったあの時期にちょうど符合するのである。

 このあたりを調べたら、もしかしたら何か解るのかもしれないと、そんな気にはなっていた。

 しかし、怖くて調べられなかった。

 さらなる混沌に巻き込まれる。

 そんな気がしてならないのだ。

 アーアー聞こえない聞こえないと耳を塞いでいたのに、まさかモニカが切り出してくるとは思わなかった。

 もしかしてこの子は、自分のことが好きなあまり戦歴から何から調べられるところをすべて調べて、暗記しているのではないか。

 え、なにそれ怖い。

 それこそ崇拝に近いんじゃないの?

 順調にアブノーマル道まっしぐらなモニカに、アリアは目眩を覚えた。


「お姉さま。【ホーリービート】のあのシスターの事、覚えていますか? お姉さまにあろうことか銃を向けたクソビッチですこんど会ったら撃ちます」

「え、ええ。覚えていますわ。確かシスター・ロレッタと。目つきの恐ろしいシスターでしたわね」

「その相棒である【エンシェントレリック】ですが……お姉さまは【アトランティス】に近い海域でそれと交戦、勝利を果たしています――

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