第13話 高高度滞空戦術3Dプリンタープラットフォーム【濫觴(らんしょう)】②

 無数の特攻ドローンを生み出す、超弩級の空飛ぶ3Dプリンター。

 戦いが長引けば長引くほどこちらが不利。

 一体あの無尽蔵に生み出す資材はどこから来ているのか。

 別のゲームだが、蛇と呼ばれた伝説の兵士が巻く、無限の文字が刺繍されたバンダナでも巻いてるんじゃないか。

 そんな事を嘆いても仕方がない。

 とりあえず、ここは団結して戦わないとヤバい。

 が。

 ここでお嬢様について思い出すアリア。

 設定ではお嬢様はこの世界最強の傭兵。

 学園はその多くを抱えるも、基本的には派遣と斡旋その他バックアップが重きに置かれ、時には相互扶助会的な役割も果たす。

 他の勢力のお嬢様も、勢力毎のバックアップを受けるも、基本的には依頼受注という形をとる。

 つまりお嬢様一人ひとりは個人事業主のようなもの。

 ということは、それぞれが少なからず自信プライドと独自の世界を持つわけで。

 そんなのが、しかも緊急的にわちゃーっと集まったらどうなるか。



『こちらシャネルズ所属【ウェーブセプター】。貴方がアリア=B=三千世界ヶ原。お噂はかねがね。確かにさっきの仕事は素晴らしいものでしたが……いい気にならないで』


『教会所属【アポカリプスⅣ-8】でございます。先程の踊り、貴方の握る銃の相性が良かっただけでございますから。偉そうにしないでいただきたいものですね』


『教会所属【ホーリービート】……アリア=B=三千世界ヶ原! 貴様、どの面下げて現れた! 相棒の仇、必ず取らせてもらう! 何、知らない? き、貴様……神の名の下に必ず天罰を下してやる!』


『アキバ所属【轟天八號ごうてんはちごう】だ。そこ、私怨で背中を撃つことはするな。我々はプロなんだぞ』

 

『こちらは学園所属【カラドリウス】。黙って聞いていれば。私は、お姉さまを侮辱する奴を絶対に許さない。次に無線にそれを載せたら躊躇わずに撃つ』

 

『こ、こちら学園所属【ジャンヌ・ダルク】です。モニカ、顔! すごいことになってる! 落ち着いて!』

 

『こっちはアキバ所属【ハートキャッチブレイズ】だよ~。ちょっと何でギスってんの? ウケるんだけどー! あ~でも、邪魔したら撃つから』



 この通りである。

 アリアは頭を抱えた。

 この辺りは、ゲームである程度知っていた。

 あまり詳細には描かれてはいなかったが、あのマンタ型3Dプリンターと戦っているときに飛び交う無線が全部喧嘩腰だったのだ。

 基本的にお嬢様同士はとても仲が悪い。

 実はこのゲーム、ストーリーを進めると他のお嬢様からのクソリプならぬクソお手紙メールがけっこう届く。

 詳細は省くがどれも「拝啓アリア=B=三千世界ヶ原様」と始まり、とても綺麗な言葉で


「調子こいてんじゃねーぞコラ」

「テメーの顔は覚えたかんな」

「次あったときはブチ殺したらァ」


 という趣旨の内容が書いてある。

 こんなのアリアの中の人の世界でやったら炎上モンである。

 ネットリテラシーどうなってんだ。

 そんな彼女たちが集まるのだ。この交戦領域ダンスホールは舞踏会どころか乱闘騒ぎになる。

 至る所で喧嘩が始まり、無人機ではなく互いの武装で散るお嬢様が多発。

 言い合いになっているところに無人機が突っ込みリタイア。

 一番槍を狙ってマンタに突撃したところを、抜け駆けするなとばかりに背中を撃たれる――などなど。

 とにかく足並みが揃わず、自滅しまくる。

 共通の敵がいるのに、バトルロワイヤルが始まるとか冗談ではない。


 そろいもそろって野蛮ちゃんなの?

 ここは終末ちほーアポカリプス・ナウってか。

 君たちはコロシアイが好きなフレンズなんだね!


 いやいや。

 なんなのバカなの死ぬの?

 そんなツッコミ所満載の大乱闘ゴチャマン

 ゲームの時は笑っていたが、今は全っっっ然笑えない。

 こんな敵味方いやほとんど敵が入り乱れる中、どうやって生き残ればいいのか。

 ゲームでの正解はとにかく僚機を囮にするだが、流石に今やったら外道というレベルではない。

 モニカをチラリと見ると、もう狂犬のような顔になっていた。

 こっわ。

 八重歯むき出しこっわ。

 ちなみにアリシアはというと、一人だけまともに


「みんなまとまろうようえーん」


 と泣いている。

 びゃあ可愛い。

 こういうのだよこういうの。

 これでいいんだよヒロインっつーのはよ。


【警告:友軍登録を一方的に破棄されました】

『アリア=B=三千世界ヶ原!』


 ハッとすると、正面に現れたのは教会所属の【ホーリービート】だ。

 ほっそりしたシルエットは波動砲教会製の独特なもの。

 全体的にエネルギー効率を重視した作りだ。

 曲線的なパーツが多く、今対峙しているGLもお嬢様というよりエイリアンのよう。

 持っているのはパルスライフル。

 光線ではなく、光の弾丸のようなものを発射する対GL用兵器だ。


『おいおい。洒落にならないな。こちらは【ダイナミックエントリー】の執事オペレーターだ。何かの間違いだと思いたいんだけど?』

『黙れドSメガネ。貴様らに討たれた【エンシェントレリック】、忘れたとは言わせないぞ!』


 何だっけそれ、とアリアは首を傾げる。

 煽っているのと勘違いしたのか、【ホーリービート】がパルスライフルの銃口を向けてくる。


『相棒をやったお前を許さない!』

「許す許さないは結構ですことよ。ですが。その戦いは、尋常な立ち会いだったはずですわ」


 いや、知らんけど。

 しれっとカマをかけてみた。

 

『くっ! だが! この神に縋っても洗われぬこの憤怒! 貴様を殺すためだけにわたしは!』


 尋常な立ち合いだったというのを否定していない。

 ということは、特にアリアが騙し討ちや裏切りをしたということではない。

 もしそうだったなら身体を借りてる身だ、穏便に詫びや花向けの言葉くらいは言おうと思っていたがやめた。

 というか呆れた。

 状況わかってんのかコイツは。

 死んじゃうんだぞマジで。

 画面に映ったのは、赤い瞳で吊り目のシスター服のお嬢様だった。

 教会所属らしい姿だ。

 ちょっとエッチい。

 と、思うのは多分追い詰められて現実逃避したいのだろう。

 ただ、彼女目には本当に燃え上がるような怒り。こわい。

 

「今、そのような事を言っている場合でして? もうすぐ第二陣が来ますわ。わたくしたちしか、あの船たちの生き残りを救えないのですことよ? いえ、あの無人機が貴方の故郷に向かうとしたら。それこそ、神の嘆くことではございませんこと?」

『う、し、知るか! それとこれとは――』


 あーーーーーーーーーーーーーー!

 めんどくせーーーーーーーーーー!

 こいつマジでーーーーーーーーー!

 ちょっと揺れてんのがマジでも~!

 もう、撃っちまおうかな。

 なぁぁぁにがアーメンだよブァァァカ。

 こちとら信じるものは豚骨醤油ラーメンだよ!

 アリアがそんな風に考えた矢先、


『やめて』


 ガチャリ、と音。

 モニカの機体がレーザーマシンガンを【ホーリービート】に向けていた。

 真っ黒なカラーリングは相変わらずだが、機体構成が【ダイナミックエントリー】とほぼ一致している。


『邪魔するな!』

『今すぐそれを下ろして。さもなければ本当に撃つ』

『なるほど。貴様、噂のモニカだな? 聞いているぞ。このハイランカーの腰巾着だと!』

『その方が嬉しい』

『何!?』


 その場の全お嬢様が「ヒェッ」と小さな悲鳴を上げた。

 モニカの目が漆黒に満ち満ちていたからだ。


『私はできるなら、お姉さまのモノでありたい。すぐそばにいられれば、道具でも構わない』

『ひっ! そ、揃いも揃ってイカれているのか!?』

『もう一度言います。お姉さまを傷つける者は、撃つ――お姉さま?』

「ぴゃい!」

『ただ一言。掃除せよと言ってくだされば、どうでしょう。あんなエイの化け物は、私とお姉様で十分です』


 ひええ!

 こんな時に!

 なんちゅう事を!

 言い出すんだこの子は!

 案の定無線から


『あ?』

『上等だ』

『何か異教徒が五月蝿いですわね』

『サムいんですけどー殺されたいの?』

『びゃああモニカが壊れたぁあああ』


 とピリッピリ。一名マジ泣きである。

 思わずサムを見るも、彼は早々に諦めて席を立ち、コーヒー豆を挽いていた。

 まるっと薄情ものであるが、既にこの事態、交渉の領域から外れている。

 彼の出る幕は確かに無いといえばない。

 そもそもバイトの執事オペレーターだから仕方がない。

 それどころか背中から怒気が立ち上っているような。

 コレはあれだな。

 子供の癇癪かんしゃくにキレそうになって我慢してる奴だ。

 気持ちはわかるが戦いの前に殺されそうになってんだぞ。助けれ。

 頼りになるAIはどうかというと、メインモニターの隅っこに


【こわい】


 と、ログが残されていた。

 こっちはビビり散らかしている。

 わかる。

 正直めっちゃこわい。

 いや助けろ。

 メインモニタを見る。

 奥には特攻ドローンを次々と生み出している【濫觴らんしょう】の姿。

 こちらの戦力をしっかり把握しているのか、さっきよりもさらに多く生み出している。

 子エイも意気揚々とばかりに集まりブンブン飛び回っている。

 先ほどのアリアの活躍に警戒しているのか、十分に数が集まってから飛びかかる腹づもりらしい。

 そろそろ第2ラウンドが近い。

 なのに銃口を突きつけあっている。

 他の連中は笑ってみているもの、それを無視して一番に飛んでいこうと機を待っているもの、それを牽制しているもの、呆れ返っているもの、なーんも考えてないもの、そしてギャン泣きするアリシアたんは可愛い。

 これは、ひどい。

 流石のアリアも焦り始める。

 この辺りは、ゲームで最初に見るもスキップされる類のやり取りだ。


 つーか。

 知らねーよこんな展開!


 これ、どうすればいいのか。

 マジのマジで、隙を見て撃てばいいのだろうか。

 そんな事したらモニカがデストロイ・ゼム・オールかまわん全部ブチ殺せと勘違いして殺し合いになりそう。

 やべえよやべえよ。

 時間もねーよ。

 第二陣がもうすぐ完成しそうだよ!

 後ろ! 後ろ!

 アリアの脳裏に「死」の一文字が浮かんできた、その時だった。


『ギャッハッハッハ! 銃向けられてやんの!』


 他には聞こえないローカル通信が入る。

 見るとあのサンディ=小鳥遊が指を指して笑っていた。


『僚機設定でカメラ共有してたらさぁ! ざまぁ! その顔スクショしたろギャハハハ』


 甲高く笑う彼女にイラッとするアリア。

 お前もこんな時に逞しいな。

 そりゃ配信者として成功するよね――


 ――ふと。


 アリアの脳裏に、いいアイディアが浮かんできた。

 アリアはすぐ音声を切り替えて、サンディだけに声が聞こえるようにする。


「サンディ、貴方このやり取りに参加して、一部始終動画にしませんこと?」

『はぁ? 猛獣の檻に好き好んで裸で入るバカいると思う?』

「これは人類の危機みたいなものですわ。その中で争うお嬢様たち。貴方はソレを止めに入るんですの」

『バカ言うな。なーんでアタシがそんな事しなきゃならないんだよ。撃たれて死ね! おっ死ね問題児イリーガル!』

「このハイランカー、アリア=B=三千世界ヶ原が協力を申し出てるのに相手が銃を突き出している。よーく見てみなさい。この状況、

『ぐっ……た、確かに……』


 確かによく見たならば、これ以上の修羅場かつ撮れ高のいい映像はないだろう。

 珍しく共同戦線を張る三大勢力に、集結するお嬢様。

 相対するは【アトランティス】の無慈悲なる無人兵器。

 それを迎えうつはずのお嬢様が揉めまくり、あの問題児イリーガルと名高いアリアが珍しく皆で戦おうと言うのだ。

 史上稀に見る混沌カオス

 そして問題児イリーガルと名高いアリアのギャップに視聴者も釘付けになるだろう。

 事態を瞬時に理解したサンディ。

 彼女は姉を倒したアリアが大大大大っ嫌いである。

 だが、配信者として「こんなチャンス滅多にない!」と魂で納得している。

 揺れてはいるが。

 多分彼女は折れるだろう。

 カメラが入ったと知ったら、おそらく教会の連中は襟を正して背筋を伸ばさねばならない。

 武力でその他全てを捩じ伏せたとしても、そこは波動砲教会。

 彼女たちはお嬢様であると同時に、宗教家として人を終末から導く役目がある。

 ようはイメージが大事。

 銃を握っているのに今更感はあるが、それでもだ。

 今は放置されているが、衆目が入った途端に司祭オペレーターからストップがかかるはず。

 流石にそれを無視したならば異端者として追われることになる。

 加えて。

 何故なら【ホーリービート】のお嬢様は、アリアと相棒が尋常な立ち合いをしたと、ある程度納得した上で怒っている、という自分を客観的に見ることができている。

 しかもアリアが言い返したらちょっとだけ動揺した。

 自分のやってることがタブーであることを理解している。

 ならば、一瞬でも我にかえれば損得計算はできるはずだ。


「先の慰謝料、半額免除でどうでございましょう? 撮影依頼金ですわ」

『いぎぎぎぎぎぎ……あーくそ! 執事が「是非ともオナシャス」って手を揉んでやがる! クソが!』

「決まりですわね。そうそう、貴方はモニカが嫉妬しない程度に懐いている設定でよろしくお願いしますわね。さっき一緒に踊って仲良くなった、でいいでしょう」

『注文が多い!』


 だが一番大事だ。

 モニカは今狂犬のようになっている。

 下手したらこの策もおじゃんになる。

 キャラ立ちは何でも、しっかり立てていた方がいい。


「上手くいったなら、今後のコラボもやぶさかではございませんことよ? 私もモニカも、撮れ高が高いからあなた達は襲いかかってきた。違いまして?」

『クソがクソがクソが! ええいやってやる! 配信者舐めんなし!』


 ククク。オチたな。ちょろい。

 アリアはニチャァと、オタク特有の笑みを浮かべた。

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