空が青いのはレイリー散乱

笹 慎

君が赤いのは何散乱?

 晴天。せいてん。天晴。あっぱれ。

 空が青いのはレイリー散乱。


 教室の窓から校庭の木々を眺める。葉の隙間から零れ落ちる日差しがキラキラチカチカと網膜を刺激する。


 太陽が燃えて燃えて、いつか爆発する頃、いま私を構成している物質たちは宇宙のどこにいるのだろうか。


「はい。じゃあこの問題、石黒さん」


「空が青いのはレイリー散乱です」


「石黒さん、いまは数学の時間ですよ」


 教室に笑いが起こる。


 また、やってしまった……。


 慌てて黒板を見る。


「2√13です」


 13


 素数だな。13番目の素数は、41。41番目の素数は、179。179番目の素数は……


 幼い頃から一度疑問に思ってしまうと、ずっとそのことについて考えてしまって、周りの色んなものが見えなく聞こえなくなってしまう。

 いろんな検査をされたけど、ギリ「普通」とのこと。

 生きづらさは多少あるけど、周りの人たちは皆この少しポンコツな私を許容してくれている。


「クロちゃーん、聞こえてるー?」


 特段イジメられることもなく現在に至る。

 あだ名も石黒なので、「クロちゃん」。

 普通でありがたいと思う。


「これはクロちゃんはいつも聞こえてないでしょ」

 後ろで私の髪の毛で遊ぶミミちゃん。

 聞こえてはいるけど、特に言うこともないので、そのままの私。


「Norton? 」

 前の席で私の読んでる雑誌の表紙を覗き込む鈴ちゃん。



「ん? この火星の風景マジ? 」



 私の上から知らない声が降りそそいだ。


 見上げると名前をまだ覚えてない男の子。


 頭の中が酷く混乱する。煙がでそう。古いSF映画のロボットみたいに。


「本物です。火星から送られてきてます」


 本当に古いロボットみたいに話してしまった。


「マジか、すげぇ。ってかこの雑誌なに?」

「科学雑誌です。読んでみますか?」

「え?いいの?まだ読んでる途中じゃないの?」

「他にも読みたい本あるので先に読んでいいです」


 カバンから別の本を取り出すと、その男の子は目を丸くした。


「石黒さん、めっちゃかしこげ! ありがとう! 読んでみる! 」


 笑顔で目がチカチカする。太陽フレアのような人だ。恐ろしい。


「爽やかすぎんか」とミミちゃん

「爽やかだね、ほんと」と鈴ちゃん

「あれ、誰?」と言った私


 顔を見合わせる二人。そして、驚愕の声をあげた。


「えええええ??? クロちゃんが他人に興味を示した!! 」



 帰宅後、自宅のベッドに横になって天井を見つめる。


 ミミちゃんと鈴ちゃんが彼の名前を教えてくれた。


 前田 しのぶ 君


 しのぶ…火星の探索車のパーサヴィアランス(忍耐)と同じ名前


 その日、読もうと思った本は全然頭に入らなかった。



 翌日。

 休み時間に彼は雑誌を返しに席までやってきた。


「めっちゃ面白かったー!一気に全部読んじゃったわ」

「早いですね」


「前田ー、サッカーいこーよ」彼の友達の声がする。

「あーうん、ちょっと待って!」


「石黒さん、感想今度言うね!」


 教室を前田くんが出て行ってしまう。


 思わず彼のワイシャツの袖を掴んでしまった。

 なんてことをしてしまったのだと思ったが、時すでに遅し。

 いや時間の流れがエントロピーによる物質の広がりとするならば、エントロピーを減少することで時間もまた逆回転できるはずだが、今の私はこの時空の流れに逆行するだけの質量もエネルギーもなく。


「この本は、もう少し詳しく特集されてます」


 壊れた機械となった私は、またロボットみたいな口調になってしまった。

 さしずめ本差出しロボット。


「え? マジ? さらに貸してくれるの? ありがとう! でもサッカーから帰ってきてからでもいい? 」


 前田君は優しい。

 私が頷くのを見てから彼は教室から校庭へ駆け出していった。


「爽やかすぎんか」とミミちゃん

「爽やかだね、ほんと」と鈴ちゃん


「また本を押し付けてしまいました。負担でしたでしょうか…」と私


 友人2人の驚愕2度目


 サッカーから戻ってきた彼に本を差し出す。


 彼の表情からは嫌な感情のシグナルはなかったからホッとした。

 人の感情を慮ることは苦手だ。

 眉や頬など感情のシグナルを読み解くようにしてる。

 怒ってる理由はわからなくても怒ってる人には謝るようにしている。

 だって私は空気が読めない。



 数日後。

 トイレから教室に戻ろうとすると、教室から男子たちの声がする

「前田、これ押し付けられた本じゃん」

「石黒さん、不思議ちゃんすぎるわぁ」


 かわるがわるクラスメイト達が私のことを評論している。

 『不思議ちゃん』よく言われるけど、悪口なのかよくわからない。


「まぁ不思議ではあるけど…」

 

 前田君の声がした。

 前田君に『不思議』って言われたら、急に胸の奥が痛くなった。


「確かに電波系w」


 そう。私はやはり人の感情の機微がわからない。

 申し訳ないことをした。


 目の前が暗くなる。


 気がついたら校門に足が向いていた。


 空はいい天気だし、空が青いのはレイリー散乱。


 ミミちゃんと鈴ちゃんが2階の教室からそれを見つける。


「え?クロちゃんなんで外いるの!?」

「帰ろうしてる?具合悪いとか?」


 ビックリした前田君が慌てて校門まで追いかけてきた。


「石黒さん! ちょっと! どうしたの? 」


「空が青いのはレイリー散乱です」


「…いや? え? は? 」


「…ごめんなさい。本、迷惑でしたよね」


「いや全然! そんなことないし! むしろめちゃくちゃ面白くて…あ、えっと…パーセ…ヴァス…」


「パーサヴィアランスですか?」


「それ!名前の由来 忍耐ってなんか俺の名前の『しのぶ』っぽいし、なんか自分が火星探査してる気持ちになった!」


「……空が青いのはレイリー散乱なんです…」


 火照った顔を見られたくなくて、うつむいたまま校門に向かって歩こうとしたら腕を掴まれる。


「いやそれさっきも聞いたし授業中も聞いたし!」


 彼は笑ってそういった。

 相変わらず太陽フレアのような笑顔で私を見る。私には刺激が強い。


 顔がさらにほてる


 私の顔が赤いのは何散乱?


「石黒さん、もっと火星の話したいから、今日一緒に帰りませんか?」


 私の中の宇宙に煌めきが見えた。


 バチバチバチバチ…


 気がつくと彼は私の手をとっていた。



「とりあえず教室に戻ろうよ」


「はい」


 俯いて返事するのが精一杯だった。


 晴天。せいてん。天晴。あっぱれ。

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空が青いのはレイリー散乱 笹 慎 @sasa_makoto_2022

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