6. 素材採取に行こう!

 翌日からルナは1日中人間語教育の日々が続いた。

 一刻でも早く、俺と人間語で会話してみたいらしい。

 毎晩寝る前にどの程度できるようになったかも教えてくれるけど、その上達速度は本当にすごかった。

 これならあと1か月程度で日常会話ができるくらいに成長するかも知れない。


 あと、ふたりで寝るためにベッドも作り直した。

 本当は別々のベッドにした方のだけど、ルナがどうしても一緒に寝ると言って聞かないのでいまあるベッドのサイズを大きくしてふたりで寝てもまだ余裕があるくらいのサイズにしたのだ。

 結局真ん中で抱きしめられながら寝る日々が続いているから広さはあまり関係ないのだけれど、なにかあったとき落ちないようにするのは大切だからね。

 ルナは錬金術でベッドまで作れることに驚いていたが。


「む……」


 そんな日々が1週間ほど過ぎ、いよいよ街に向かう日が迫ってきた頃、コンテナの中からある素材がなくなっていることに気がついた。

 なくなっている素材はポーション系全般で使われる『補給の青草』と呼ばれる薬草だ。

 これがないとヒールポーションもマナポーションも作れない。

 さて、どうしたものか。


「おや、どうしましたか? こんな時間にリビングへ顔を出すとは」


「ああ、オパール」


 どうしようか悩んで歩いていたところ、リビングでオパールに遭遇した。

 というか、オパールはルナの人間語教育をしているはずでは?


「オパール、ルナはいいのか?」


「ルナちゃんでしたら分体がちゃんと指導していますよ。私は料理担当です」


「そうか……」


 オパールは妖精だ。

 ヒト族ではないのでヒト族の常識など通用しない。

 その最たる例がこの分身である。

 同じ意思を持ち、思考を共有できる分体をある程度の数作れるそうだ。

 作りすぎると存在が薄くなってしまい、危険なのだそうだがふたりや3人に分かれることは問題ないとのこと。

 まったく、便利な話だよ。


「それで、どうしたんですか? いまはまだ錬金術でアイテムを作っている時間ですよね? なにか問題でも?」


「ああ。補給の青草がなくなった。十分な数を確保してきたつもりだったんだけど……」


「それだけポーション類を作りすぎたのでは? いくら街の方が大変な時期だからと言って私たちには関係ありませんよ。十分に採ってきてあったものを使い切ったのですから、ほかのアイテムを作るなり、ルナちゃんと一緒に過ごしてあげるなり時間の使い方を考えましょう」


「いや、そうなんだけど……」


 いまのこの季節、街ではモンスターの一斉間引きが行われる。

 冬の間に増えてしまったモンスターを、歩きやすくなった春で一気に始末してしまおうというものだ。

 その際、大量に冒険者や街の衛兵が動員されるため、彼らに渡すヒールポーションやマナポーション、治癒の軟膏ヒールオイントメントを大量生産して渡しているのも毎年の風習なんだけどね。

 さて、確かに十分な在庫は確保したつもりだけど、これからどうしたものか。


「そんなに悩むのでしたら採取に行ってきてはどうです? ルナちゃんも連れて」


「ルナを連れて?」


「はい。ルナちゃんがやってきてから一度も外に出かけてませんよ? ルナちゃんだってそろそろ外に出かけたいはずです。よき旦那様としてデートついでの採取も悪くないでしょう」


 なるほど、確かにルナがやってきてから一度も採取に行ってないな。

 採取に行っていないということは家からも出ていないわけで……。

 ルナには申し訳ないことをしていたかも知れない。

 腹は決まったので昼食後、早速ルナを誘ったところものすごく乗り気の返事が返ってきた。


『行きたい! アークとお散歩行きたい!』


『散歩じゃなくて素材採取なんだが……ルナにはどっちでもいいことか』


『うん! 素材採取も手伝うよ! だから一緒に行く!』


『わかった。モンスターも出る可能性があるから、装備を調えて出かけよう』


 と、ここで不意にルナがきょとんとして疑問を投げかけてくる。

 ある意味、至極まっとうな疑問を。


『モンスターってこの付近に出るの?』


『あー、家を離れたところにはたまに出るぞ。ほとんどは青グミだから気にせず殴って終わりなんだけど』


 通称『青グミ』、正式名称『ブルージェル』。

 モンスターの中でも最下級モンスターであり、攻撃方法も体当たりとのしかかりくらい。

 体当たりは多少痛い程度だが、のしかかりは下手をすると骨折する可能性がある程度には危険。

 冒険者が訓練するのに狙う標的。

 以上。


 要するにザコ中のザコなのだ。

 この手の例に漏れず、繁殖力は高いのだけれど。


『うーん。それでも心配。モンスターが出たらあたしがしっかり守ってあげるからね!』


『頼りにさせてもらうよ。さて、それじゃあ着替えて出発するとするか』


『うん!』


 俺たちはそれぞれ外行きの服を身にまとって家を出た。

 外行きの服と言っても、俺は黒い厚手のコート、ルナは要所を守るレザーアーマーを身につけただけなんだけどさ。

 あと、それぞれの武器は、俺が杖、ルナは例の巨大手甲だ。

 ルナって何であんな巨大な手甲をつけているんだろう?

 手甲って言うことはスピードが命のはずなのに。

 採取地まで少し時間があるし、ちょっと聞いてみるか。


『ルナ、お前の手甲ってなんでそんなに大きいんだ?』


『え? どうして?』


『いや、手甲ってことは殴ることが戦いの基本だろう? ならそんな大きなものじゃなく、ある程度軽く扱えた方が便利じゃないかなと思って』


『ああ、それ。あたしの手甲って盾も兼ねているんだ。自分の身を守れるようにって』


『手甲使いが盾? 普通、身を守るよりかわすものじゃないのか?』


『うーん。うまく言えないけれど、かわしちゃうとほかの誰かに攻撃が当たっちゃうかも知れないよね。それを避けたいの。あたしがガードすればほかの誰かに攻撃が飛んでいくことはないから』


『……意外と立派な精神なんだな』


『機動性をそぎ落としているのは事実だから、あまり大きな顔はできないんだけどね』


 仲間を守る盾に、か。

 僕じゃ思い浮かばない発想だな。

 僕自身、あまり体力がないというのもあるけれど、仲間なんていたことがなかったから。

 そういう意味ではルナには仲間がいて、守るべき者たちもいたんだろうな。

 いまは僕が守るべき存在になってしまっているけれど、どうにかしてもっと頼りがいのある男にならないと。

 ひとまずは素材採取が先だし、アイテムの調合をしなくちゃいけない。

 街から帰ってきたらルナから杖術の訓練をつけてもらうのもいいかな?

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