5. 狼少女と錬金釜

 昼食を食べ終わったらいよいよルナの錬金術見学だ。

 その前に……。


『オパール、ルナの人間語教育ってどの程度まで進んだ?』


『そうですね……多少の聞き取りと、はい、いいえの返し。くらいでしょうか』


『あたし頑張ったよ! 褒めて、アーク!』


 確かに初日の午前中だけでこれだけ覚えられるのはすごいな。

 きちんと褒めてあげないと。


『よくできたぞ、ルナ。今後もこの調子で頑張れば人間語での会話もすぐにできるようになる。その日を目指して頑張ろうな』


『うん! 頑張る!』


 ルナって結構単純なところがある。

 ちょっと心配ではあるが、こういうときは素直で微笑ましいのでいいことだ。


『ところで、アーク。どこに向かっているの?』


『俺のアトリエ。つまり作業部屋だな。錬金術が見たいんだろう? そこに行かないと見せられないからね』


『わ、そうなんだ』


『正確には簡易的な錬金術は見せられるんだけど、それだと面白みに欠けるだろう? きちんと本格的なものを見せてあげるよ』


『やったー! アーク、愛してる!』


『はいはい。俺のアトリエはこの部屋だな。普段は施錠してあるから勝手に入らないように。あと、俺がいるときでもノックをして俺が許可を出すまで入室は避けてくれ。錬金術の作業は繊細でね。場合によってはタイミングがずれただけでも失敗するから』


『わかった。気を付けます』


『よろしい。では、開けるぞ』


 俺は部屋の鍵を外し、扉を開ける。

 すると中から独特の匂いが立ちこめてくるわけだけど……ルナは平気かな?


『アーク、この臭い、なに?』


『錬金術で使う薬品や素材なんかの匂いだな。きつかったら我慢しなくてもいいぞ』


『ううん、我慢する。……けど、髪とかに匂いが付いちゃいそう』


 ああ、そっか。

 まだ臭い消しのことを教えていなかったか。


『この部屋の中に臭い消しも置いてある。それを使えば匂いは付かないぞ』


『本当?』


『実際、俺には匂いが付いていなかっただろう?』


『そう言えば……アークはお日様の匂いだった』


『そういうわけだ。とりあえず中に入るぞ』


 俺のアトリエは、直射日光で素材がダメにならないように日が差し込まないよう切開されているので薄暗い。

 入り口にある魔導灯のスイッチを入れて、部屋の中を明るく照らし出した。

 するとそこには俺にとって見慣れたアトリエ、ルナには初めて見るアトリエが姿を現したのだ。


『すごいすごい! これがアトリエなんだ! 本がいっぱいある! それにおっきな箱も! あと、こっちの大きな窯はなにかな? 中身がなにも入っていないよ?』


 ルナは好奇心の赴くままにアトリエ内をはしゃいで歩き回るけれど、保護者として付いてきたオパールの目は冷たくなってきた。

 ……最近、整理をしていなかったからなぁ。


「アーク、次にあなたが街に行っている間にアトリエ内の大掃除をしておきますね」


「そうしてくれるか?」


「言われなくともやりますよ。まったく、好き放題散らかして。ヒールポーションやマナポーションを作るくらい朝飯前でしょう? いちいち参考書を持ち出す必要があるんですか?」


「万全を期したいからな」


「その志は認めます。認めますが、使ったあとは本棚に戻してください」


「……はい」


 こういうときのオパールには絶対に勝てない。

 いや、俺が一方的に悪いのだから仕方がないのだろうけれど。

 一方、この話をしている間もルナはずっと錬金釜の中を覗き込んでいた。


『アーク。この窯ってなにに使うの? 見た限りお湯を沸かすためのものじゃなさそうだし、飾り?』


『飾りじゃないぞ。その窯は〝錬金釜〟と言って錬金術士が錬金術を行使する際に使う大切な道具なんだ。もっとも、流派によっては使わないところもあるらしいけどね』


『りゅうは?』


『錬金術にも様々なやり方があるんだよ。僕みたく窯で材料を溶かし込むやり方や錬金術用の石板を使って材料を合成する方法、あとはなにも使わず魔力だけで融合する方法なんかもあるらしい。どれも話に聞くだけで実際に見たことはないけどね』


『へぇー。アークはこの窯で煮込むんだね』


『煮込むわけじゃないんだけど……まあ、似たようなものか』


『ねえねえ、早く錬金術を見せて!』


『わかった。じゃあ、一番基本となる錬金術の薬、治癒の軟膏ヒールオイントメントを作ってみせよう』


治癒の軟膏ヒールオイントメント?』


『ヒールポーションの軟膏版と思ってくれればいいよ。傷口に直接塗り込むことで怪我を癒すものなんだ』


『そうなんだ。早く作ってみせて!』


『はいはい。まずは材料からだな』


 僕はコンテナの中から手早く材料を集める。

 治癒の軟膏ヒールオイントメントの素材は、治癒の緑草と植物系統の素材、それから水系統の素材だ。

 植物系統は面倒だから治癒の緑草で揃えてしまうけどね。


『わふ。それが治癒の軟膏ヒールオイントメントの素材? その緑色の草は知っているよ。すりつぶして傷薬にするの!』


『ああ、そっか。治癒の緑草はそれそのものに薬効成分があるんだっけ。錬金術ではその力を何倍にも引き上げて薬にするんだよ』


『そうなんだ。早く見せて!』


『ちょっと待って。まずは錬金釜を使えるようにするから』


 僕は錬金釜に魔力を通して錬金釜を使用可能な状態にする。

 すると、午前中と同じように錬金釜の内部が輝きを放ち、金色の輝きが生まれた。

 その様子に尻尾を立てるほど驚いているのはルナだ。


『わ、わわ! 錬金釜が光ってる! ピカピカだ!』


『錬金釜は魔力を通すとこういう風に使用待機状態になるんだ。これから材料を入れて行くんだよ』


『材料……その葉っぱとか?』


『そういうこと。その前に錬成図を開かなくちゃ』


『錬成図?』


『錬金術で調合を行う際に道具の効果を高められる図面のことかな。よく見てるといい』


『うん! よく見る!』


 ルナは錬金釜の縁につかまり、窯の中をしっかりと覗き込んでいる。

 錬金釜は吹きこぼれや吹き出しの心配はないからいいか。

 僕は錬成図に従い素材を投入する。

 今回も最高級品ができる予定だ。


『ルナ。これから調合を始めるぞ』


『うん!』


 材料の投入も終わり、魔力をあらためて流すと釜の内部は虹色の輝きを帯びて煮え始めた。

 僕はときどきそれを軽く攪拌しながら時間が過ぎるのを待ち、1時間後、釜の光が凝縮しながらテーブルの上へと移動し、テーブルの上にひとつの容器入り軟膏が現れた。

 うん、治癒の軟膏ヒールオイントメントの完成だ。


『終わった!? それが完成した道具なの!?』


『ああ。これが治癒の軟膏ヒールオイントメント、癒しの軟膏だよ』


『うわあ。早速これを試していい?』


『試すもなにも、怪我をしていないだろう?』


『じゃあ、怪我をしてくる!』


『ダメだ。これはプレゼントするから、なにかあったときに使え』


『本当! くれるの!?』


『ああ、プレゼントするよ』


『やったー! アーク、大好き!』


 ルナはいきなり飛びついてくると、僕の顔に自分の顔をこすりつけてきた。

 これが狼族の愛情表現なのかな?

 なにはともあれ、喜んでもらえたようでなによりだ。

 ものがものだけに、使う機会がない方がいいんだけどね。

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