第9話 紗夜の夜明け

「おばあちゃぁぁぁぁん!!!」


話を聞き終えた紗夜は柄にもなく大号泣していた。


「み、皆さんの間にそんな、そんなお話が……」

「ふ……」


号泣する紗夜を暖かい目で見守るシラヌイ。

琥珀。見ているか。やはりお前はすごいな。

我らは半ば諦めていた。

しかし、紗夜はここへ来た!


「くくく、ふはは!」

「シラヌイさん?」

「ふふふ、いやなに、嬉しくてな。しかしここからは大変だぞ。紗夜はまだ世渡りの能力を上澄みしか使えていない。早くモノにせねばな」

「うん。頑張るよ」


シラヌイは同時にもう一つの琥珀の遺言を思い出していた。

琥珀は言っていた。

『この大侵攻は何かが妙だ。ただの偶然ではない……何か、邪悪な意志が働いている気がしてならん……』

そして。


『後を頼む』と。


シラヌイは改めて気を引き締める。これは全ての始まりだ。ここからが我らの戦いなのだ。


「さて、紗夜。それでは君の異能力についての説明、そして我々式神を扱うための鍛錬を始めよう。優しくはするが、甘くはないぞ」

「うん! よろしくお願いしますシラヌイさん」


紗夜はやる気満々と言った感じに頷いた。



「うー-ん……」



気づくと朝だった。

夢の中のことは良く覚えている。それだけに少し疲れた感じだった。

でもだらだら寝ているわけには行かない。紗夜は起き上がると父のいる本邸に向かった。


「話が、あるそうだな」


明雅は部屋を訪れた紗夜の顔を見て何かを察したのだろう。神妙な顔で紗夜を迎えた。


「はい。お父様。私は宵闇家のために、そしてこの世界のために。この力を使いたいと思います」


それを聞いた明雅は紗夜を肯定も否定もしなかった。ただ一言、尋ねた。


「お前の……紗夜の意思で決めたことなのだな?」

「はい」


そう頷く紗夜の顔を再びまじまじと眺めると、明雅は頷いた。


「分かった。それでは以後、私はお前を宵闇家の一員として扱おう。お前も困ったことがあれば私に言いなさい」

「分かりました」


表情は相変わらず感情の読めないものだったが、いつになく早口で明雅はそういった。


「それでは、手始めに……紗夜、まずはこれに参加しなさい」


明雅はそういうと、書類の山の中から一枚の紙を取り出した。

そこには妙にポップな字体で

『皆で一緒に強くなろう! 異能力者強化合宿!』

と書かれていた。


「これは今年から夏休みに開催するつもりのものでな。異能力者の卵たちを育てるための物だ。手始めにここで1番の成績を修めてきなさい。そうすれば最低でも3級能力者の資格が与えられる。国防軍に入るには2級以上の資格が必要だからな」


紗夜はまじまじと用紙を眺めた。

・衣食住保証!

・学校の外で新しい仲間を作ろう!

・異能力者として活躍したい人はまずはここから!

・優秀者には国防軍からヘッドハンティングもあるかも!?

などと、妙に可愛いキャラクターが説明をしている。


「……一つだけ、よろしいですか」

「どうした」


紗夜はどうしても気になったことを尋ねた。


「このチラシは、お父様が?」

「……良く、できているだろう?」

「勿論とてもよくできております」

「うむ」


なるほど。

紗夜は心の中で納得した。

意外と可愛いもの好きだったのね、お父様って。


「期待に応えられるように、頑張ります」


紗夜は頭を下げ、部屋を後にした。

覚悟は決まった。もう引き返せない。

良くか悪くか、確実に私の人生のルートは今日で変わったのだ。

少しドキドキしながら紗夜は別邸に戻った。


玄関の扉を開けると、そこには紗夜の母がいた。

「おかえりなさい」

母は紗夜を見て、小さな声で、そういった。


「お母さん……」


母は何かをこらえるような顔で紗夜を見つめていた。

何を言われるのだろうか。紗夜は少し身を固くした。


「すべて、聞きました」


母はポツリポツリと言葉を吐き出した。


「能力を、授かったのね」

「うん」


紗夜が答えると、母はよろよろと紗夜に近づいてきた。

そして、そのまま、ぎゅ……と紗夜を抱きしめた。


「良かった……良かった。ごめんね、紗夜……」

「お母さん……」


母は紗夜を抱きながら声を殺して涙を流した。

紗夜は何といえばいいのか分からず、母を抱き返した。

気づけばいつの間にか紗夜も涙を流していた。

二人はそうしてしばらく抱き合っていた。



そこからは早かった。

夜は式神たちと世渡りの訓練、お昼はいつも通り学校で勉強。

気づけばあっという間に合宿の日になっていた。


「忘れ物はないかしら……ごはん、ちゃんと食べるのよ?」

「うん、大丈夫。お母さん、私、頑張ってくるね」

「ええ、ええ。頑張っておいで。無理はしないようにね」


慌ただしく紗夜の身支度の確認を済ませると、母は紗夜を少し眩しそうに眺めた。


「髪、少し伸びたわね」


母はそう言うと、ポケットから一本の花の飾りがついた簪を取り出し、紗夜の髪をまとめた。


「うん、良く似合ってるわ」

「えへへ、ありがとう」


母は柔らかく微笑むと、紗夜に手を振った。


「行ってらっしゃい、紗夜」

「行ってきます。お母さん」


紗夜は元気よく家を出た。

外は雲一つない、青空であった。





~~第一章 完~~

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