第8話 紗夜の決意

裏の世界から帰った夜、紗夜は色々なことを考えながら目を閉じた。


今日のこと。

今までのこと。

そして、これからのこと。


色々な考えを巡らせ、そして彼女は一つの決意を固めたのだった。



チリン……



気が付くと、今日はいつもの草原ではなく前回訪れたお屋敷の前だった。

ここに来たい、と思ったからだろうか。

詳しいことはまだ分からないが、偶然だとしても都合がいい。


紗夜は屋敷の中に足を踏み入れた。


「答えは出たようだな、紗夜」


屋敷に足を踏み入れると目の前には大きな狐さん、シラヌイがいた。


「はい」


紗夜は神妙な面持ちで答えた。

「よろしい」とシラヌイが頷き、紗夜の目をまっすぐ見た。


「あえて理由などは聞かぬ。決意があればそれでいい。力を、求めるのだな」

「はい」

「よろしい」


シラヌイは紗夜に謝辞を述べ、咆哮をあげた。

「皆の者! もう隠れる必要はない!」

その言葉が響き渡るや否や、お屋敷のいろいろな部屋からいろいろな動物たちが飛び出してきた。


「よお決断したのう紗夜!」とおおらかに笑う大きな狸。

「ふん貴様のような小娘が跡目とはな」とこちらを睨む大蛇。

「あらあらあらあらーカワイイじゃないのー」と嬉しそうな化け猫。

「こりゃーほんとによく似とるねぇ!」と驚く巨大な兎。


本当に様々な動物が大量に現れたのだ。

紗夜はあっけにとられてその動物たちを眺めた。


「え……っと」

「驚かせてすまぬな。しかし皆、ずっとこの時を待っていたのだ」


シラヌイはそう言って笑みを浮かべた。

「ありがとう、紗夜。いや、世渡りの巫女よ」

「世渡り……?」

「ああ、説明が先だな。改めて自己紹介をしよう。我々は式神と呼ばれるものだ。そして、今から話すのはそんな我々と、そして君の能力についての話なのだ」


シラヌイはそう言って話し始めた。

100年前の、物語を。




「この物語の主人公は宵闇琥珀。君の高祖母だ」

「え……?」




宵闇琥珀、彼女は紗夜と同じく能力を持たずして生まれ、そして大人になった。

宵闇家の無能力者を軽視する体制には大きな変化はなかったが、琥珀は精神的にも肉体的にも強い女で、文句を言う大人たちを片っ端から物理的な方法で黙らせていった。


そして、そんな琥珀が能力に目覚めたのは紗夜よりもずっと遅く、息子が一人立ちを終えてからだった。


『これは……』


突然、窓の外が異世界につながったのだ。

そこはシラヌイたちのいる世界。式神の住まう世界であった。


琥珀が窓の外を見ると、そこは明るく多くの式神の動物たちが駆け回っていた。

母としての役目も終え、自分には怪異と戦う力もない。

屈託していたのだろう、琥珀は気づいたときにはその世界に飛び出していた。


そしてこれこそが琥珀の異能力だった。

その名は『世渡り』自分の世界と他の世界を繋げることができる能力だ。


そして、その頃のシラヌイたちはというと……


『狐族を黙らせろ! そのうざったい尾を引きちぎっちゃるけぇのぉ!』

『馬鹿な狸はこれだから困りますねぇ。覇権を握るのはこの蛇族です』

『あらあらあらあらー弱いのに口先ばかりは強くて嫌ねぇ。潰すわよ』


戦争真っ盛りであった。

しばらく長を務めていた竜神族が引退を表明したことで、どの種族が次の長になるのか、その争いのまっ最中だったのだ。

しかしそれも琥珀からすればただのお祭り騒ぎのようなものだった。

琥珀は目をキラキラさせて言った。


『なんだなんだ!カワイイ動物たちがいっぱいじゃないか!私も混ぜろーー!!!』


そして琥珀は生身でありながらその動物大戦争に乱入した。生身とはいえ、異能力に覚醒したこともあって、その強さは異界の式神たちにも全く引けを取らないレベルである。

おまけに今日は狐の味方、明日は狸の味方と毎日のように違う種族の味方になる琥珀。戦場は突然大混乱に陥った。

そして、やがて戦争は種族間の戦いから姿を変えていったのだ。


『こ、琥珀だ!今度は鼠族の味方をしているぞ!』

『抑え込め!これ以上被害を出すと明日の戦いに響く!』

『猿族め、今日だけは力を貸してやるぞ!琥珀から一本取るぞ!』

『くそったれぇ!さっさと帰れ!琥珀!!』


『寂しいこと言うなよお前たち。ほらほらぁ! 私と遊ぼうぜぇぇ!!』


そう、琥珀と動物たちへの戦いへと……

そうして琥珀は気づいたころにはこの世界の動物全員と仲良しになってしまっていたのだ。


『がははは!琥珀は本当に強いのう!』

『でも琥珀ちゃんのおかげで私たちも他種族間で協力できるようになったわ』

『ああ、その点においては礼を言わねばな』

『ふん、貴様がいなければ我々が覇権を握れていたかもしれんのに』


『んがっはっは!お前たちも中々のもんだったぜぇ!まぁ昨日の敵は今日の友さ、今日からは皆で仲良く遊ぼうぜ!!』


しかし、そんな琥珀もいつまでもこの世界にいるわけにはいかなかった。

今度は現世で未曽有の怪異たちの大侵攻が始まったのだ。


『悪いな皆。私、行かなくちゃ。一応あっちにも大事な家族がいるんでな』


そんな琥珀を動物たちは引き留めた。


『まて琥珀!水臭いことを言うな!もちろんワシらも手を貸すぜ、ほら、現世までの道をつくってくれ!』

『おまえら……恩に着る。戦いが終わったらまた遊ぼうな!』


その時代はまだ国防軍がまだそこまで強力ではなかった時代。現世の勢力は怪異たちに押されに押されていた。

そんな中、怪異たちの前に大勢の動物と、それを引き連れる大柄な女性が現れる。


『さーあ怪物ども。好き勝手すんのはそこまでだ。次は私と遊ぼうぜぇぇぇ!!!』


結局琥珀はほとんど一人でその戦いを終息へと導いた。

しかし当の琥珀は、怪異を率いていた巨大な人型の化け物との戦いでその力を使いすぎて、命を落としてしまったのだ。


『私としたことが……年かねぇ。もう体力切れか』

『琥珀! すまない、我らが無理をさせたから』

『あっはっは。謝るなシラヌイ。私に悔いはねぇよ』

『琥珀……ありがとう』


動物たちはひどく落ち込んだ。

琥珀を失うことがとても哀しかった。それだけ皆、琥珀が大好きだった。


『泣くな馬鹿ども。大丈夫だ、きっと私の子孫がまたお前らに会いに来る。そん時はよぉ。優しくしてやってくれよな』

『ああ。ああ! 約束する……!』


琥珀はそう言って息を引き取った。

最後まで、一切の弱音を見せぬ女であった。

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