第6話 宵闇家の役目

筋肉痛に悩まされた次の日のことだ。

紗夜は父親から本邸に呼び出された。


本邸には、宵闇家の主要となる人物が出入りをする。家族の中では父と兄くらいしか立ち入らない場所だ。

紗夜と母親は少し離れた別邸で普段暮らしている。


「なんの用かな……」


紗夜は父親のことが少し苦手だった。

別に何か悪意を向けてくるわけではないのだが、幼い頃から距離を取られていたので、ほとんど他人のような気持ちなのだ。


時間の問題か、本邸にはほとんど人がおらずスムーズに紗夜は父の部屋に着くことができた。


「失礼致します」


紗夜は一礼してから部屋の中に入る。豪勢な見た目の本邸とは裏腹に殺風景な部屋だった。その中の大きな机に座って書類をしている男こそが紗夜の父親。

宵闇家の当主にして、国防軍の総隊長、宵闇明雅みょうがその人だ。


「来たか、紗夜」

「はい」


暫く沈黙が続く。明雅は何も言わずに紗夜のことを見つめていた。

それは観察しているような視線だった。


「異能を」


ようやく明雅が口を開いた。


「異能を使えるようになったようだな」

「は、はい」


学校から連絡が行ったのだろうか。

シラヌイさんに言われたことを考えていてそういえばまだ誰にも言っていなかったのを思い出した。


「私は、お前は一生異能を授からなければ良いと、思っていたのだがな」


明雅はそういった。

思わず背筋が伸びる。


「なぜ、ですか」


明雅は感情の読めない視線で紗夜を見ていた。


「お前は兄とは違う。お前は弱い」

「……」


紗夜は何も言えなかった。


「異能を得たお前を、宵闇家の稼業に加えるように国防軍に金を出している老人達が言っている。全く現金なものだ。が、私は今でも反対なのだ」


明雅はポツリポツリと話し続けた。


「それでも、私も宵闇家の当主として責任がある。今日は、お前に宵闇家の役割を教えるためにここへ呼んだのだ」


宵闇家の役割……紗夜もうっすらと聞いたことがあった。それは『国防』。

現代に現れる怪異などが人前に出ないように異能者達が人知れず戦っており、そのトップに君臨するのが宵闇家なのだと誰かが言っていた気がする。


それが上手く行っているからなのか、紗夜は今までに怪異に遭遇したことは一度もなかった。


「……ついてきなさい。今から全てを見せる」


明雅はそう言うと立ち上がり歩き出した。

紗夜も立ち上がり後を追う。向かっている先は本邸の裏門だった。

この辺りは日陰になっており、少し薄暗かった。


「外に、出るのですか?」


そう尋ねる紗夜を見つめると、明雅は一言こう言った。


「私から、決して離れないように」


そして明雅は裏門を開き、外へ出た。

紗夜はその先の景色を見て言葉を失った。


「こ、ここは……!?」


そこは確かに家の裏手ではあったが、明らかに景色が違った。

木々は色を失い、空は赫黎あかぐろく染まっていた。

それに、そこら中から嫌な気配を感じる。


「行くぞ」

「お父様!」


思わず呼び止める。


「こ、ここはなんなのですか」

「……我々の世界を表とするなら、ここは裏の世界。怪異の住まう世界だ」


それだけ答えると明雅は先々と歩き始めた。

慌てて追いかける。

二人はそのまま学校のある方へと進んでいった。


「……?」


ちょうど学校の裏路地あたりを通った時、街の電柱の場所に一人の女の子がしゃがみ込んでいるのが見えた。

僅かに肩が震えている、泣いているのだろうか。


「だ、大丈夫?」


思わず声をかける紗夜。

女の子はそんな紗夜のことを見上げると、にんまりと笑った。


「ツカマエタ」


そう言って紗夜の肩を強く掴む。

振り払って逃げようとするが、力が強くて離れない。


「キ、キラヌイッ!!!」


反射的にそう叫んでいた。

すると、頭の中に小狐の姿が現れる。


(はいはいーっと!)


そして紗夜の体の中に、力が沸いてきた。


「ごめんねっ!」


思いっきり女の子を振り解き、その体を蹴り飛ばす。女の子は壁にぶつかり、その身を震わせた。

よかった、上手く発動できた。


「あぁ、あぁ、あぁぁぁぁ」


しかし一方の女の子はもう明らかに普通ではない。

能力を発動させたとはいえ、その剣幕に思わず紗夜はたじろいだ。


「……離れるな、と言ったはずだが」


そんな二人の背後にいつのまに戻ってきたのか父親の姿が現れる。

そして……


「ピギャァァァァ!!!」


と女の子の悲鳴が響き渡り、女の子が半分に捩じ切れた。

あたりを血飛沫が舞う。

それを鬱陶しそうに払いながら明雅は紗夜を見た。


「それがお前の異能か」

「う、うん」


明雅は目を細め紗夜をじっくり観察すると頷いた。


「良い力だ。ここからはその状態のままついて来なさい。決して離れないように」


そう言って再び歩き始める。

紗夜は言われた通り、能力を維持させたままついていった。こんな状況もあってか、キラヌイとの繋がりを感じながらも、昨日のような異様な高揚感は消えていた。


(あれがパパ?)

「う、うん」

(うっひゃー!すっごいね。本当に人間?)

「た、多分?」


一方のキラヌイは父を見て大変驚いているようだった。

強い人とは聞いていたが、そこまで異常なのか。


紗夜は能力を使いながら、ということもあって先程までより楽に父について行くことができた。

それに気付いたからかどうかは分からないが、明雅は少しスピードを上げた。


相変わらず周りは薄暗く、人の気配はない。

その代わりに裏路地のような暗闇からは人ならざるものの気配をひしひしと感じた。


「少し休もう」


気付くとそこは紗夜達の学校だった。


「学校が目的地じゃないの?」

「あぁ、もう少し歩く」


学校を見てみると、そこはやはりいつもとは様相が違う。薄暗く、なんとも神秘的だ。


「学校には怪異はいない。ライフラインも生かしてあるから水が飲みたければ水道から飲みなさい」


明雅は淡々と言った。


「いや、別に大丈夫……」


そう言いかけて紗夜は気付く。

自分の汗の量に。


「っ!?」

「ただでさえ気を張る場所だ。少し休みなさい」


父は私を穏やかに見つめ、もう一度そう言った。


(確かに僕もちょっとばてちゃってるかも……)

「キラヌイも? 大丈夫?」

(まぁね、でもお水は飲もー)


キラヌイの言葉もあり、紗夜は運動場の外れにある水道に向かい、水を口に含んだ。

立地自体は本当にいつも通りの学校だ。

だが……


「ここは、どこなの」


水を飲んで少し落ち着いたのもあってか、明らかに現世とは違うこの場所に改めて紗夜は身震いを覚えた。


しかし、まだ紗夜はこの世界のことを殆ど分かっていなかったのだ。

ひと心地ついて顔を上げた時、彼女の目には信じられないものが目に入った。


「きゃっっっっ!!!」


それは学校の向こう側、はるか遠くに見える巨大な人型の影だった。









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